第305話 ナノの正体
「ドリスの姉ちゃんは先に来てたんだ」
「ええ、うちの家系の教訓として商売の際は時間の余裕を持って行動する事ですから!!」
「その点はダリルさんも見習うべき」
「う、うるさいな!!うちの教訓は時間きっちりなんだよ!!」
どうやら招待客の中で一番最後に訪れたのはダリルらしく、既に屋敷の中には大勢の人間が待ち構えていた。大半は貴族のようだが、中にはダリルやドリスのような商人も存在し、他にも冒険者らしき姿をした人間もいた。
招待客全員が護衛を引き連れており、どうやらダリルが兵士に言われた言葉は嘘だった事が判明する。また、護衛の数が多いのは先日にカーネの屋敷で騒動が起きた事が原因でもあると考えられ、他にもゴエモンが戻って来たという噂が流れているせいだろう。
先日のジオの屋敷にゴエモンが忍び込んだという一件は噂となっており、既に城下町中に知れ渡っている。しかし、今回のゴエモンは何も盗まずに立ち去った事はジオ将軍から伝えられ、ダリル商会が「オリハルコンのイヤリング」を盗まれたという事実は伏せている。
「そういえばダリルさんは出品物を届けられましたか?」
「いえ、まだですが……」
「それはまずいですね、もうすぐ競売が開催されます。すぐに手続きをした方がいいでしょう」
「えっ!?まだ時間があるんじゃ……」
「招待客の要望により、競売の開催時刻が早まったんです。急いで向かわれた方が良いですよ」
「そ、そうなんですか!!ありがとうございます、すぐに行きます!!」
「護衛は私がする。二人はここに残っていい」
ダリルは慌てて手続きを行うために駆け出すと、シノが彼の後に続く。レナ達も同行するべきかと考えたが、コネコがドレスを掴んで早く着替えたい事を告げる。
「なあなあ、いい加減にこの恰好も嫌になんだけど……何処か着替えられる所ないのかよ?」
「あら、コネコさんはドレスが嫌いなんですの?お似合いですわよ?」
「あたしはこういうひらひらとした服が嫌いなんだよ……それに普通の恰好している奴等もいるじゃんか、これならわざわざ着替える必要なんてないだろ。おい、そこのメイドの姉ちゃん!!ここって着替える場所はないの?」
「えっ……あ、はい。更衣室ならありますが、ご案内しましょうか?」
「頼むわ、じゃあ兄ちゃんはここで待っててくれよ。すぐに戻ってくるから」
コネコは屋敷の中に存在する冒険者達に視線を向け、確かに彼等は正装しておらず、動きやすい恰好をしていた。これならばコネコが着替えたとしても護衛と言い張れば咎められることはないだろう。
ドレスが嫌になったのかコネコは屋敷の中に更衣室がないのかを尋ね、使用人の案内の元で着替えに向かう。残されたレナはアリスとドリスの背中に隠れているチャイナドレスを着込んだ女性に視線を向ける。
「あれ、もしかしてそこにいるのって……ナノさんでしたっけ?」
「っ!?」
「あ、レナさん……その娘は」
「ナノ?いえ、ここにいるのはナオという名前の私達の護衛ですが……」
「え?ナオ?」
「わあっ!!わああっ!!」
「な、何ですかナオ?急に叫ぶなんて……みっともない真似は止めなさい」
先日のアルト王子の誕生会にて会った「ナノ」を見てレナは声を掛けると、アリスが不思議そうに彼女の名前の訂正を行う。ナオという名前を聞いてレナはナノを改めて見直すと、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らす。
ここでレナはやっとナノの正体がナオである事に気付き、体つきから彼女が男性ではなく、女性である事に気付く。前々から少し気になってはいたが、まさか本当にナオが女の子である事に驚く。
「えっ……もしかして、やっぱりナオ君?」
「ううっ……見ないで下さい。恥ずかしくて死にそうです」
「何を言うのですかナオ、恥ずかしがることはありません。ちゃんと似合ってますわよ、その恰好」
「護衛として雇ってはいますが、貴女も女の子なのです。偶にはそのような恰好もしても良いではないですか」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「驚いた……ナオ君がこんなに可愛い女の子だったなんて」
「か、可愛い!?い、いきなり何をいいだすんですか……えへへっ」
レナの言葉にナオは慌てふためき、別にレナは世辞を言っているわけではなく、普段のナオからかけ離れた可愛らしい恰好の彼女を見て驚きを隠せない。それと同時にナオがアリス商会の護衛役として雇われている事を知る。
「ナオ君以外に護衛はいないんですか?そういえばデブリ君も護衛として雇ったんじゃ……」
「いえ、デブリさんも先ほどまでは一緒だったんですが……」
事前にアリス商会にてデブリも護衛として同行するという話は聞いていたが、肝心のデブリの姿が見えない事にレナは不思議に思うと、ドリスは呆れた表情を浮かべながら屋敷の窓を指差す。
「デブリさんなら庭の方のビュッフェに夢中ですわ。さっきから護衛をほったらかしにして食べまくっています」
「ドリスも中々に愉快な友達が出来ましたね。ですが、護衛の仕事を放置するのは関心しません……給料は半額にします」
「何やってるのデブリ君……」
レナは窓越しに護衛の任務を放棄し、屋敷の敷地内に並べられている机の料理にかじりつくデブリの姿を捉えて呆れる。
既に大量の料理を食い尽くしたらしく、彼の傍には大量の皿が並べられていた。いくら無料とはいえ、食べすぎではないかと思うがデブリの勢いは止まらない。
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