第270話 七影〈ゴエモン〉
「ならばこのままダリル商会を放置する気か?競売が始まった時、恥を掻くのはお前だぞ?」
「ぬぬぬっ……いや、待て!!あるぞ、たった一つだけダリルの鼻を明かす方法がっ!!」
「な、何だ?」
興奮気味に立ち上がったカーネにジャックは戸惑い、かなり酒が回っているのか普段ならばジャックの威圧に押されるカーネではあるが、今のカーネは臆した様子も見せずにジャックに提案を申し込む。
「ゴエモンだ!!奴にオリハル水晶をダリルから盗み出させればいいのだ!!」
「……正気か?」
ジャックはカーネの言葉に心底呆れ、彼が語る「ゴエモン」という男は七影の一人である。七影の中でも特に異端の存在であり、盗賊ギルドに所属しながらも自由奔放な男で普段は盗み以外の仕事は決して行わない。
実力は確かなのは間違いなく、ゴエモンが盗難を失敗した事は一度もない。過去に王城に保管されている宝物庫に侵入を果たし、何も盗まずに自分の存在を証明するためだけに落書きを残して去った事もある。だが、決して暗殺関係の仕事は行わない。
盗みの腕だけで七影に就いたゴエモンはジャックもリッパーもあまり快くは思っておらず、そもそも連絡を取るだけでも難しい相手である。普段のゴエモンは娼館で女達と共に暮らしているが、気まぐれに王都の外へ出向いては何カ月も戻ってこない事もあった。
「確かに奴ならばダリル商会からオリハル水晶を盗み出すのは容易いだろう。だが、忘れたのか?奴に依頼する場合は直接本人を呼び出し、交渉を行わなければならない。前にお前はゴエモンを雇った時にいくら取られた?」
「むむむっ……しかし、このままではあのダリルに舐められてしまう!!競売で奴が出品する代物よりも貧相な物を出せばカーネ商会の威厳が保てん!!」
「まあ、気持ちは分かるが……分かった。一応はゴエモンに連絡を取ってみる。だが、約束は出来んぞ」
「おおっ!!頼んだぞ、ジャック殿!!ささ、今日は飲むぞ!!」
「まだ飲むつもりか……」
ジャックの言葉を聞いてカーネは機嫌を直し、彼に酒を注ぐ。そんなカーネに対してジャックは相当に追い詰められていると判断し、仕方なくゴエモンと連絡を取る手段を考える。
別にジャックとしてはカーネの機嫌を取るつもりはないが、彼が経営するカーネ商会が他の人間から侮られるのは盗賊ギルドとしても避けたい。盗賊ギルドとカーネ商会はコインと表と裏であり、カーネ商会がもしも衰退すれば盗賊ギルドの維持も難しい。
(あの男が動くかどうか……万が一の場合を考え、奴にも声を掛けておくか)
もしもゴエモンが不在だった場合、用心のためにジャックは七影の中でも「武力」に優れた男を呼び出す事を決める。暗殺者という点ではリッパーを超える七影は存在しないが、単純な戦闘力という点ではリッパーを上回る男が存在した――
――同時刻、王都の「一般区」に存在する宿屋の一室にて裸で横たわる男性が存在した。男性は豪快な寝言を立てていたが、寝相が悪いのかベッドから転げ落ちて頭から床に倒れ込む。
「ふがっ!?あ~……なんだよ、もう」
頭を抑えながら男は起き上がると、ベッドに視線を向けて男は寝ぼけ眼で首を傾げ、すぐに何かに気付いた様に振り向く。
「あれ!?サキちゃん!?何処行ったの!?」
自分が眠る前まで確かに部屋の中に存在した連れの女性がいなくなっている事に気付き、慌てて男は机の上に無造作に放り出された自分の荷物に視線を向ける。そして中身を確かめると財布と金目の物が丸ごとなくなっている事に気付いた。
「かあっ……やられた!!サキちゃんじゃなくて詐欺ちゃんだったかぁっ……まあっ、いっか。それなりに楽しませてもらったしな」
男は自分を誘って宿屋に泊まった女性の目的が自分の金銭だと知り、まんまと自分が寝た後に財布と持ち物を盗まれたにも関わらずに気落ちした様子もなく窓の外の様子を眺める。
既に時刻は深夜を迎え、男は部屋の隅にあるごみ箱に入っている新聞紙に気付く。どうやら前の客が捨てた新聞のようだが、その内容を見て男は興味を抱く。
「ん、なんだ?競売?へえっ……そんなのが行われるのか。という事は久々に怪盗ゴエモン様の出番かな?」
この男こそが七影の一角である「ゴエモン」その人であり、あまりにも彼にとっては都合良い時期に王都に戻って来てしまう。ゴエモンは新聞に記載されているゴマン伯爵が開催するという競売に強い興味を示す。
ちなみにゴエモンが今まで何処に居たのかというと、前回に盗んだ金を使って王都を離れ、自由気ままに観光を楽しんでいた。勿論、盗賊ギルドが彼の勝手な行動を許すはずがなく、規律に厳しいリッパーが生存していたならば真っ先に彼を殺そうとしただろう。
しかし、それでも盗賊ギルドがゴエモンを始末しない最大の理由は彼を「捕まえられない」からであり、今までにどんな問題を起こそうとゴエモンが本気で逃げ出せば誰も捕まえることが出来なかったからである――
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