第239話 世界樹製の訓練人形

「直撃しましたわ!!」

「けど……」

「…………」



チョウの放った雷属性の砲撃魔法は見事に左端の木造人形に衝突したが、人形の全体に電流が迸る程度で焼け崩れる様子はなく、それどころか少し焦げた程度だった。普段の訓練に使用される人形ならば確実に破壊していただろうが、世界樹製の人形の場合は魔法耐性が高いという話は本当だったらしく、壊すどころか焦がすのが限界だった。


自分の砲撃魔法が直撃しても破壊する事が出来なかった人形にチョウは唖然とした表情を浮かべ、全力で放った自分の魔法が通じなかったという事実に茫然としてしまう。



「どうしました?まだ2回、残ってますよ」

「くっ……まだまだ!!」



諦めずにチョウは今度は残りの2体に視線を向け、当初の目的通りに後の二人のために少しでも木造人形に負荷を与えるために魔法を発動させる。


今度は先ほどの魔法よりも威力は大きく、その分に精度は低くなるが彼が現時点で扱える最高の魔法を放つ。



「ライトニング!!」



チョウが杖を構えた瞬間、先ほど発動した砲撃魔法よりも大きな魔法陣が展開され、規模も威力も上昇した電撃を放つ。ボルトの上位互換である中級の砲撃魔法であり、この学園の生徒の中では彼しか扱えない魔法だった。


ボルトの場合は電流が拡散するのに対してライトニングは雷を想像させる電撃であり、盾を構えた木造人形に衝突した瞬間に強烈な衝撃と電流を流し込む。しかし、魔法耐性が高いミスリル製の盾に直撃した事で仇となり、電流は拡散されてしまう。



「くっ……!!」

「その年齢でライトニングまで扱えるとは……ですが、精度はお粗末にも高いとは言えませんね。まだ貴方にはこの魔法は早すぎるようですね」

「ううっ……ま、まだだ」



イルミナはチョウが雷属性の中級魔法まで覚えていた事には感心するが、彼女の目から見れば彼の魔法は精度が低く、現時点では完全に使いこなしていない事を指摘する。


チョウはイルミナの指摘に言い返す事が出来ず、本人もそれは理解していたようだが、それでも最後の人形に向けて魔法を発動させようとした。しかし、先ほどのライトニングの魔法の負担が大きかったのか彼は魔法を発動する前に膝を地面に付いてしまう。



「チョウさん、これ以上は無理ですわ!!試験を危険してください!!」

「だ、駄目だ……あと、1つは……」

「いえ、そこまでです。これ以上は認められません、そんな状態で魔法を使えば命に関わります」



意地でも試験を続行しようとするチョウに対してイルミナは中断を宣言すると、彼の元に訪れてゆっくりと立たせる。チョウは悔し気な表情を浮かべながらもレナとドリスに視線を向け、軽く頭を下げた。


最後まで自分達のために人形に負荷を与える事に専念したチョウにドリスは心の中で感謝を行い、一方でレナはチョウの身を案じる。砲撃魔法は魔力の消耗が激しく、しかもチョウのように若い魔術師は熟練の魔術師と比べて魔力が少ない。



(俺達に気を遣わず、一つの人形に狙いを定めれば合格できたかもしれないのに……)



チョウは人形を左側と中央に狙いを定めたのは後に試験を受けるレナ達のため、1つでも多くの人形に負荷を与えようとした。だが、もしも彼が最後の中級の砲撃魔法を左側の武装していない木造人形に衝突させていれば破壊できた可能性はあった。


ミスリル製の盾を装備した人形に運悪く電撃は盾に衝突して威力が拡散されたが、もしも盾を身に着けていない人形の方に当たっていれば結果は違ったかもしれない。



(チョウさん……貴方の心遣いは無駄にしませんわ)



改めてドリスは木造人形と向かい合うと、イルミナはチョウの時よりも距離を詰めて彼女の様子を伺う。どうやら初級魔術師のドリスがどのような手段で攻撃を行うのか興味があるらしく、そんな彼女の視線に気付きながらもドリスは意識を集中させる。



「ふうっ……ドリス、参りますわ!!」

「頑張ってドリスさん!!」

「ドリスさん、あんたなら大丈夫だべ!!」



レナとチョウの声援を受けてドリスは微笑み、彼女は両手を伸ばしてお互いの掌を向かい合わせると、最初に右手に火属性の初級魔法を発動させた。



「火球!!」



右手に火属性の魔力で構成された炎の球体が誕生すると、そのまま掌の中で滞空させた状態でドリスは左手に視線を向ける。



「風圧!!」



続けて風属性の初級魔法を発動させると、彼女の左手に風の魔力で構成された「渦巻」が発生し、その様子を見ていたイルミナは目を見開く。レナとチョウも彼女が何をする気なのかとみていると、ドリスは両手を近づけさせて「火球」と「渦巻」を組み合わせる。


それはまるで小さな火が風に煽られて火力を強めるかの如く、火属性と風属性の魔力で構成された魔法同士が合わさり、やがて彼女の両手には「火炎」を想像させる炎が発生した。そして両手に生み出した火炎に対してドリスはまずは一番負荷が大きい人形に向けて掌を構えた。



「火炎槍!!」

「これは……!?」



ドリスの掌から放たれた火炎がまるで投擲された槍のような形状に変化し、木造人形の胸元に衝突した。その火力と威力はすさまじく、人形の胸元を貫通するばかりか、全体に炎が燃え広がる。


しばらく経過すると人形は全体が黒焦げと化し、やがて形を耐え切れなくなったように崩れ去る。その光景を見て額に汗を滲ませながらもドリスは笑みを浮かべ、チョウとレナも歓声を上げた。イルミナもドリスの魔法を見て感心した様に頷き、彼女に声を掛けた。

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