第224話 商人の見栄

「くそ、こんな真似をするのはカーネの奴しかいない!!あいつめ、俺に競売に参加させて恥を掻かせる気か!!」

「恥?別に身に覚えがないのなら参加しなきゃ良い話じゃないのか?」

「そういう訳にいかないんだよ……新聞に記載されたという事は、俺の競売の参加は他の人間にも知れ渡ったという事だ。という事はここで俺が競売に参加しないなんて言い出せば色々と問題がある」



商会主であるダリルが競売の参加が新聞に記載された以上、これを読んだ者達はダリルもヒヒイロカネを欲して競売に参加したと判断する。しかし、仮にダリルが競売に参加しない場合、彼は多くの物を失う。


商人にとって大事なのは「信頼」であり、客も取引相手も信頼する相手であればあるほど仕事も捗る。しかし、同時に商人には「見栄」というのも必要不可欠な物であり、ここでダリルが競売に参加しないとなると彼は競売に参加する資産さえも持ち合わせていないのかと疑われてしまう。



「商人にとって見栄を張るというのはかなり重要な事なんだよ……見栄を張ってでも相手から見て自分が頼りになりそうな存在だと思わせないといけない。この新聞を見た人間は俺がヒヒイロカネを購入するだけの資産を所有していると思いこむだろう。それなのに土壇場で競売の参加を拒否したら俺がやっぱりヒヒイロカネを購入できる資産なんて持ち合わせていないと認めるようなもんだ」

「でも、実際に金なんて持ってないんだろ?なら、仕方ないじゃん」

「コネコ、そういうわけにはいかないんだよ。商人は見栄を張る事も出来なければ客からも取引相手からも見放されてしまう。だからせめて競売に参加して自分の見栄を通さなければダリルさんは恥を掻くだけじゃなくて他の人間からも信頼を失う事になるんだよ」

「なんか、商人というのも面倒なんだな……けど、金がないなら参加できないんだろ?」

「いや、そうとも言い切れない。どうせヒヒイロカネはカーネの奴か、あるいは貴族が買い取る事になるはずだ。なら、俺が競売に参加した所でどうせヒヒイロカネは手に入らない」

「なら、問題ないんですか?」

「そういう訳にはいかない。基本的に競売を行う場合、品物が一つだけのはずがない。きっと、競売に最後に出されるのがヒヒイロカネのネックレスなのは間違いないけど、その前に他にも色々な代物が出品されるはず」



シノの予想では大勢の人間を呼び寄せて競売が行われるのならば品物が1つだけでは成り立たず、必ずヒヒイロカネのネックレス以外にも多くの代物が出品されるという。


殆どの参加者はヒヒイロカネのネックレスを狙うだろうが、その前に出品される品物に関しても無視はできない。


恐らくはヒヒイロカネには見劣りするだろうが、それ相応の価値のある代物が出品される事は間違いなく、その品物さえも手にする事が出来なければ商人としての格が落ちてしまう。



「ヒヒイロカネは無理だとしても、せめてその前に出品される品物だけは何としても手に入れないと商人として意地が通せない……だが、金貨10枚だけじゃ話にならない。くそ、どうすればいいんだ……」

「じゃあ、ダリルさんも出品すればいいんじゃないですか?」

「……何だって?」



レナの言葉にダリルは呆気に取られ、参加しても競りに参加できなくとも出品者として品物を用意すれば面目を保てるのではないかと提案する。



「ダリルさんは参加者であると同時に出品者になればいいんですよ。物凄い価値のある代物を用意すれば他の人達にも一目置かれるし、お金の方だって競り出されれば凄く集まると思いますし……」

「あ、そうか!!レナ君、頭良い!!」

「……良案かもしれない」

「流石は兄ちゃんだな!!」

「いや、でもそんな上手く行くのか?」



金が足りなければ自分も出品し、逆に競売に参加した人間から金を集めるというレナの提案にミナ達は賛同するが、デブリとダリルは難しい表情を浮かべた。



「確かに悪くない案だとは思うが……そもそも、俺の場合は何を出品すればいいんだ?」

「そんなのあれだろ、いつも通りに兄ちゃんが回収したミスリル鉱石でも出品すればいいんじゃないのか?何だったら加工済みのミスリルでも出品すればいいじゃん」

「う~ん……だがな、ミスリル鉱石をうちが独占していた頃ならともかく、今はカーネ商会もレナのミスリル鉱石を取り扱うようになったからな。そもそも競売に参加するのは大半は貴族だ、ミスリルなんて欲しがる奴がいるかな……」



王都では人気の高いミスリルではあるが、それはあくまでも武器などの素材として利用されるためであり、ヒヒイロカネのように宝石の如く価値があるとは言えない。しかも競売に参加するのは大半は貴族のため、彼等がミスリルに興味を抱いてくれるかは分からない。


他の商会主がミスリルを購入しようとする事も考えられるが、この王都の商会の殆どはカーネの傘下に入っており、今現在はレナを通してカーネ商会からミスリル鉱石を受け取っている。そのためにミスリルの価値も低下しており、仮に出品したとしても買い取ってくれる商会主が現れるとは限らない。


そもそも自分よりも上の立場のカーネが開催した競売で、カーネと対立する商会の出品したミスリルを購入しようとする商会主が現れる可能性は低く、ミスリルを出品したとしても買い取ってくれる人間がいるとは思えなかった。

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