第219話 ゴマンとカーネ

――同時刻、カーネ商会の元には怒り心頭のゴマンが訪れ、アポも取らずに彼に合わせるように抗議を行う。普通は追い返すところだが、相手が腐っても伯爵家という事もあり、結局はカーネが相手をすることになった。


カーネは自分の部屋に訪れ、図々しくも酒を要求してくるゴマンに対して内心怒りを抱きながらも表面上は穏やかに接する。相手は腐っても貴族のため、普段のような横暴な態度を取る事は出来ない。



「酒だ、酒を持ってこい!!くそぉっ……あの小僧め、調子に乗りおって!!」

「まあまあ、ゴマン伯爵……落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか!!」



酔っぱらいながらもゴマンはレナに対する不満を爆発させ、カーネに文句を告げる。実はゴマンはカーネとは昔から付き合いがあり、まだカーネ商会が創設される前からカーネとは知り合っていた。


カーネがまだ只の商人だった頃、彼は伯爵家であるゴマンに目を付けて自分を売り込み、彼に他の貴族を紹介して貰って人脈を築き、ついでに商会を立ち上げる際に資金も援助してもらった。なのでカーネにとってはゴマンはカーネ商会の立ち上げに協力して貰った人物でもあり、無下には扱う事は出来ない。



(この男、相変わらずだな……面倒な奴だ)



しかし、実際の所はカーネとゴマンの立場は既に逆転しており、王都の商業を取り仕切っているカーネは既に大抵の貴族は頭が上がらない存在と化している。それでもカーネがゴマンの機嫌を伺うのには理由があり、彼が所有している世界で最も希少な宝石を狙っているからである。



(こいつはいずれ破産する、そうなれば奴はきっと儂に助けを求めるだろう。その時にこいつが所有するあの宝石を手に入れるまでは我慢だ……あれさえ手に入れればお前など不要だ。ゴミクズのように捨ててやる)



ゴマンに対してカーネは一切の親愛の情は抱いておらず、彼が求める宝石さえ所有していなければカーネにとってゴマンは不要な存在にしか過ぎない。


しかし、彼が宝石を手放すまでは丁重に接する必要があり、カーネはゴマンの愚痴に付き合ってやった。



「おい、カーネ!!お前がここまで偉くなったのは誰のお陰だと思ってる?僕ちんのお陰だろうが!!」

「はいはい、それは分かっていますよ。ゴマン伯爵、今日はもう随分と酔いが回っているようなのでお帰りになった方が……」

「うるさい、酒を持ってこい……シデの奴も口を聞いてくれないし、あんな小僧に舐められるなど……屈辱だ!!」

「はあ……分かりました。すぐに用意させましょう」



自分からレナを呼び出して理不尽な要求を行い、それを拒否されたからといって不満をだらだらと告げるゴマンにカーネは額に青筋を浮かべる。


彼としては商会の稼ぎ頭(カーネ商会に所属はしていないが)であるレナをゴマンが伯爵家に取り入れようとした時点で裏切りに等しい行為だが、どうにか我慢してカーネは使用人を呼び出すベルを鳴らす。


しかし、いつもはベルが鳴ればすぐに誰かが駆けつけるのだが、いくら鳴らしても誰も来ない事に疑問を抱いたカーネは席を立ちあがる。



「おかしいですな、誰も来ないとは……ちょっと様子を見てきます」

「カーネ、何処へ行く……僕ちんの酌をせんか」

「……すぐに戻りますので」



ゴマンの相手をする事が面倒になったカーネはこの機会を利用して部屋を退出し、残されたゴマンは空の酒瓶を片手にソファに座り込む。カーネが酒を戻ってくるまで待とうとした時、ゴマンはカーネの机の上に置いてある黒色のベルに気付く。


先ほどカーネが使用人を呼び出そうとした時に利用したベルとは異なる事に気付き、不思議に思ったゴマンはベルを取り上げる。何時まで立ってもカーネも誰も戻ってこないので彼は苛立ちげに黒色のベルを鳴らす。



「おい、早く誰か来い……うおっ!?」



ベルを鳴らした瞬間、唐突に壁際に存在する本棚が動き出し、隠し扉が出現した。それを見たゴマンは呆気に取られ、恐る恐る扉の前に近付く。


本棚に隠された隠し部屋の中にゴマンは入ると、そこは机と椅子だけが置かれた殺風景な部屋であり、彼は中に入る。窓の類は存在せず、完全に密封された状態だった。



「何なんだこの部屋は……?」

「何者だ?」

「ひいっ!?」



背後から声を掛けられたゴマンは悲鳴をあげて床に倒れ込むと、そこには全身を黒装束で統率し、顔の部分は鉄仮面で覆い隠した男が立っていた。随分と小柄であり、身長は150センチ程度で声音も若さを感じられた。


唐突に現れた男、というよりは少年を見てゴマンは後ずさり、いったい何処から現れたのかと焦る。一方で少年の方もカーネではなく、ゴマンが隠し部屋に存在する事に疑問を抱いて話しかける。



「何者だと聞いているんです。早く答えなさい」

「だ、誰だお前は……いや、その前に儂を誰だと思っている!!ゴマン伯爵だぞ!!」



ゴマンが名乗りを上げると少年は首を傾げ、彼が所持している黒色のベルの存在に気付き、全てを悟ったように頷く。

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