第220話 少年

「なるほど、貴方が有名な名ばかり貴族か……そういえば先ほど屋敷に尋ねていると言ってましたね。大方、酒に酔っぱらって間違ってそのベルを鳴らしたというところですか。全く……ちゃんと管理しておけとあれほど言っていたのに学習能力のない人だ」

「き、貴様……いったい誰だ!?」



自分の正体を知っても物怖じしない少年に対してゴマンは呆気に取られ、恰好と態度を見ても屋敷の使用人とは思えず、不気味に感じる。そんなゴマンに対して少年は手を差し出すと、その手にはゴマンが所持していたはずのベルが握りしめられていた。


ゴマンの自分の手元にあったベルがまるで瞬間移動したかのように少年に奪われた事に驚くが、実際の所は超高速でゴマンからベルを奪い取ったのではなく、会話の最中に少年は既にゴマンからベルを奪い取っていたという表現が正しい。



「これは返してもらいますよ。大切な物なんでね」

「あっ!?な、何をするか……ぐえっ!?」

「貴族だからと調子に乗らない方がいい、仮に貴方が伯爵だろうと公爵であろうと関係ない。その臭い口を閉じなければ殺します」

「ふぐぐっ……!?」



子供とは思えない腕力でゴマンの口を塞いだ少年はそのまま彼を片手で持ち上げ、壁際に押し込む。その異様な腕力から只者ではないと察したゴマンは必死に暴れもがく。そんな彼を見て少年は懐から短剣を取り出し、首元に近づけて囁く。



「貴方を生かすか殺すかはこちらの気分次第です……生き残りたければ態度を改めなさい」

「むううっ!?」

「誰かに助けを求めようとした瞬間にその頭を真っ二つに切り裂く。分かりましたか?」

「っ……!!」



口元を抑えられながらも必死にゴマンは頷くと、少年はやっと手を離した。ゴマンは息を荒げながらも怯えた表情で少年を見上げ、先ほどの異様な腕力を思い出して彼が「称号」を持つ人間だと察する。


普通の人間よりも肥満体系であるゴマンを片手で持ち上げるなど有り得ず、少年が特別に身体を鍛えている様子は見られない。だからこそ尋常ではない腕力を持つ少年に対してゴマンは戦闘系統の職業の称号を持っているのかと考えた。



「お、お前は……いや、貴方はいったい何者なのですか?」

「盗賊ギルド、といえば分かりますか?」

「ひいっ!?あの悪名高いっ!?」

「随分と失礼な方ですね。まあ、別に他の人間に何と呼ばれようとこちらは構いませんが……」



盗賊ギルドの名前が出た途端にゴマンは先ほどまでの態度は一変して恐れおののき、慌てて逃げるように少年から距離を取る。そんな彼の怯えた表情を見て少年は気を直したように笑い、鉄仮面越しにゴマンを睨みつけた。



「僕はこのカーネ商会の監視役を任されています。それと同時に連絡係の役割も与えられているんですが……この部屋の秘密と俺の存在を知った以上、お前は生かしてはおけないな」

「そ、そんな!?頼む、どうか命だけは……」

「まあ、そう焦らないで。ここで貴方を殺せばあの方も色々と不味い事になりますから安心してください」



仮にも貴族でしかも伯爵の位を持つゴマンを殺害すれば問題は多く、仮にゴマンをここで殺せばカーネ商会に大きな迷惑が掛かる。ゴマンの死体を隠蔽し、内密に処理したとしてもゴマンが戻らなければ彼は行方不明の扱いとなり、自然と調査はゴマンの関係者であるカーネの元へも訪れるだろう。


ゴマンが最後に訪れた場所がカーネの屋敷となれば更に疑いが強まり、ゴマンの殺害容疑を掛けられる可能性もあった。そんな事態に陥ればカーネは周囲の信用を一気に失い、信用を失うというのは商人にとっては致命的な問題である。


しかし、カーネが盗賊ギルドと繋がっているという秘密を知られた以上はゴマンを放置するわけにはいかず、少年はゴマンに対して告げた。



「貴方がどうしても生き残りたいというのならば条件付きで見逃してもいいですよ。一つ目は今日の出来事は絶対に他人に話さないと誓う事、もう一つは盗賊ギルドが派遣した人材を傍に控えさせる事、この二つを守れるというのなら命だけは見逃しましょう」

「ほ、本当か!?」

「ですが、この選択を選ぶ場合は貴方は死ぬまで盗賊ギルドの監視下で生活してもらいます。一切の自由は与えず、貴方の大切な家族も人質として管理しますよ」

「そんなっ!?む、息子だけは許してくれ!!どうか、頼む……!!」



家族を人質にするという言葉にゴマンは息子のシデだけは巻き込まないようにと頼み込むと、そんな彼に少年は笑みを浮かべ、悪徳貴族であろうと子供が大事なことを知る。


どうやら息子に対する愛情だけは本当に持っている事を知った少年は少しだけ考え込み、何故か苦笑いを行う。そんな少年の態度にゴマンは疑問を抱くが、彼に対して少年は条件を告げた



「息子の命が大事というのであれば、今後は盗賊ギルドの指示に全て従ってもらいましょうか。それを約束するというのならば息子には手を出さないと誓いましょう」

「分かった、何でもする!!何をすればいいんだ!?」

「……実は盗賊ギルドは現在、ある少年の動向を調査しているようです。その少年に関して我々は表立って調べる事が出来ない状況でしてね。ですけど、貴方が個人的にその少年の調査を行い、我々に情報を提供するというのなら助かります」

「しょ、少年……?」



ゴマンは嫌な予感を覚え、盗賊ギルドが嗅ぎまわるような相手を自分が調べるなど御免被りたいところだが、断れる雰囲気ではない。念のためにゴマンはその少年の特徴を尋ねた。



「そ、その少年とはいったい誰の事でしょうか……?」

「レナ、という名前の魔法学園の生徒です。ミスリル狩りと呼ばれる冒険者の噂ぐらいは知っているでしょう?」

「あ、あの小僧を!?」

「ほう、どうやら知らない仲ではないようですね。では今から一週間以内にレナの近況を調べ上げ、彼と繋がっている人物を見つけ出して下さい。これは命令です、もしも破れば貴方の息子の命はないと思った方がいいですよ」

「は、はい……!!」



ゴマンは少年の言葉に逆らえずにひれ伏し、自分がとんでもない相手に目を付けられた事を自覚した――

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