第218話 マドウの謝罪

――ゴマン伯爵の屋敷を後にすると、レナ達はどうにか魔法学園に遅刻する前に辿り着く。その後、授業の合間の休み時間にてレナは学園長室に立ち寄り、丁度良く魔法学園に戻っていたマドウに報告を行う。



「何と……儂等と別れた後にそんな事が起きていたのか!?すまない、もっとちゃんとした手配をしておくべきだった!!」

「いえ、別に何とかなったのでそこまで謝らないでください」



頭を下げてきたマドウに対してレナは慌てて顔を上げるように促し、マドウの方もゴマン伯爵が息子のためとはいえ、今回のような愚行を行うとは思わなかった。


シノから受け取った念書をレナは大魔導士に手渡し、これがある限りはゴマンは手出しが出来ない事を告げる。大魔導士も念書の内容を確認し、問題がない事を確かめる。



「この念書がある限り、襲われる心配はないと言われたんですけど、大丈夫ですか?」

「うむ、確かにこの内容ならばゴマン伯爵がお主に手を出す事はないだろう。だが、この念書がある限りの話じゃ。用心のため、これは儂が預かっておこう。それにしてもゴマンめ……息子よりも厄介な男じゃな」

「あの人、どういう人なんですか?」

「そうじゃな……分かりやすく説明すれば名ばかり貴族、という言葉が相応しいかのう」

「名ばかり……?」



マドウは深々とため息を吐きながらゴマンがヒトノ国の間ではどのような存在なのかを語る。侯爵家と言ってもゴマンは領地を持たず、王都で暮らす貴族であり、正に「名ばかり貴族」だという。


実は彼の「ゴマン」という名前は苗字であり、彼の本名は「オバヤカ」という。ゴマン家は5代前まではただの一般市民だったが、ゴマン家の先祖が戦にて功績を上げて将軍職に就き、晴れて貴族の位を与えられる。その後、生まれてきた子孫も戦場で功績を上げ続けて遂に伯爵家の位まで与えられた。


しかし、オバヤカの両親、つまりは先代当主の時代からヒトノ国は他国と同盟を結び、長らくの間は大きぼな戦は発生していない。貴族の位を与えられているとはいえ、ゴマン伯爵家が所有しているのは屋敷とせいぜい先祖が残した財産だけであり、領地の経営を任されてはいない。



「元々、ゴマン伯爵家も領地を所有していた時代はあった。だが、先代当主の時代に大地震が起きて建物は崩壊、更に地震に刺激されて魔物達が暴れ出し、領民は他の地方へ逃げるしかなかった。結果として事態を収拾できなかった先代当主はヒトノ国へ呼び出され、病によって死亡した事でオバヤカが後を継いで今に至る」

「えっ……じゃあ、ゴマン伯爵はどうやって生活してるんですか?」

「先祖の残した財産を食いつぶして生活を送っておる。屋敷の方も元々はいくつか所有していたが、金に困ったのかそれらを売却して現在は先祖が一番最初に購入した屋敷で暮らしておると聞いているな」

「ああ、なるほど……」



レナは伯爵家という割には他の富豪区の貴族の屋敷と見比べると、敷地と屋敷の規模も小さかった理由を知る。現在のゴマン伯爵家は貴族の位に縋りつくだけの存在と化しており、正に名ばかり貴族という表現が正しい。


それでも伯爵という立場である以上、レナが貴族に逆らったという事実は変わりはない。念書を抑えているとはいえ、ゴマンが今後はレナに何かを仕掛ける可能性も否定できず、マドウは注意を行う。



「ゴマン伯爵が直接手を出す事はもうないだろうが、今後は気を付けて行動した方が良い。伯爵家の位と奴の人脈だけは馬鹿に出来ん、これからはより一層に用心するといい」

「はい、分かりました」

「今回の件はお主の配慮が足りなかった儂の責任でもある。儂の方もゴマン伯爵の動きは見張っておくが、一応は注意してくれ」

「お願いします。じゃあ、授業があるので今日はこれで……」

「うむ、本当に苦労を掛けるのう」



マドウと話を終えた後、レナが部屋を退出すると残されたマドウは念書に視線を向け、ため息を吐き出す。ゴマンの愚かさは知っていたが、まさかここまでの愚行を犯すなど予想も出来なかった。



「全く、ゴマンの奴め……こちらは盗賊ギルドの相手をしているだけで手一杯という状況の時に余計な騒ぎを起こしおって」



念書を机の引き出しに収めた後、マドウは別の引き出しから資料を取り出し、先に殺されたリッパーと、その後釜として七影を率いているジャックを除いた残りの七影の資料を用意する。


5枚の資料の中には正確な容姿が判明されている者も存在し、既に居場所も突き止めているのだが、マドウでさえも下手に手を出せない相手も存在した。そして七影の協力者としてカーネの資料も入っており、さらに「もう一人」の協力者の資料も存在した。



「やはり、次に狙うとすればこの男か」



レナとアルトがリッパーを殺した事で今まで保たれていたヒトノ国と盗賊ギルドの間に存在した均衡は崩れ去り、マドウはこの期を逃さずに七影の討伐と盗賊ギルドの殲滅を決意する。そして彼が次に狙う七影はレナも知る人物だった――

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