第212話 襲撃犯の正体

「――大魔導士が手配した馬車の御者に連れ去られそうになった!?いったいどういう事だ!?」

「ちょっ……耳元で怒鳴らないで、まだ頭が痛いんですけど」

「あ、すまん……か、身体は大丈夫か?」

「だいぶ楽になりました」

「よしよし……」



レナは薬の影響で頭痛を引き起こし、ソファに寝そべった状態でシノに膝枕してもらう。その様子を見てダリルは大丈夫なのかと心配するが、薬学にも精通しているシノの診断よると特に問題はないらしい。



「症状を見る限り、眠り薬で意識を奪おうとしたみたい。多分、睡眠薬を作る素材として利用されている「睡眠花」という香草で間違いない」

「や、やばい薬なのか?」

「大丈夫、睡眠作用を引き起こすだけで身体に大きな害はない。しばらくすれば薬の効果は抜け切る」

「良かった……」

「たくっ、いったい誰が兄ちゃんを攫おうとしたんだよ。あの爺さん、何を考えてんだ?」



危うくレナが攫われそうになったと聞いてコネコが憤り、ダリルの方も頭を悩ませる。まさか大魔導士が用意させた馬車の御者がレナを連れ去ろうとするなど思わず、もしもレナが馬車の異変に気付かなければ大変な事になっていた。


最初にレナは自分を攫おうとする存在がいるとすれば「盗賊ギルド」や「カーネ商会」の事を頭に浮かべる。しかし、盗賊ギルドの場合はレナがカーネ商会の仕事を引き受ける事を条件に命を狙うのを辞めさせるようにカーネが交渉したはずであり、カーネ商会の方もわざわざレナを無理やり連れて行く理由がない。


マドウが用意した馬車の御者が何者なのかは不明だが、レナが挨拶を行ったときに不愛想な態度を取った事、そして事前に馬車に仕掛けが施されていた事を考えても最初からレナを誘拐する準備を整えていた事になる。この事を踏まえると当然ながら相手はヒトノ国の関係者である。



(いったい何者なんだ……くそ、こんな事なら逃げずに捕まえるべきだったか?)



レナは御者の事を思い出し、今更ながらに顔をよく覚えていない事に気付く。声音は男性だったと思うが年齢の方はそれほど若くはないと思い、まずは自分を何処へ連れ去ろうとしていたのかを推理する。


最も薬のせいで碌に身体がも動けない状態だったため、下手に交戦していたら逆に捕まっていた可能性もあるため、退散した事は最良の判断だっただろう。



「コネコ、この王都の地図を持ってきてくれる?」

「地図?そんな物、どうするんだよ?」

「いいから早く……」

「わ、分かったよ」



コネコがすぐに王都全域が記された地図を用意すると、レナは王城の位置と馬車が移動の際に利用した街道を確認し、方角的に北東に向かっていた事を知る。


そして北東の区画の別名は「富豪区」と呼ばれ、多くの貴族や豪族が暮らしている区画である事に気付く。



「ここ、俺はここで馬車から抜け出して逃げ出す事に成功した」

「ここって……富豪区か?どうしてこんな場所に馬車が……」

「え?確か、盗賊ギルドの奴等の根城は裏街区だよな。じゃあ、今回の相手は盗賊ギルドじゃないの?」

「裏街区は南西の方角、つまり全くの逆方向。行先が反対方向」



地図を確認する限りではレナを連れ去ろうとした馬車は富豪区に入る直前でレナに逃げられたことになり、ますます謎が深まった。相手が盗賊ギルドだとした場合、彼等の拠点の裏町区に向かうはずだと思われるが、どうして反対方向の富豪区に馬車が向かおうとしたのかが分からない。


ちなみに富豪区と裏町区が反対方向に存在するのは偶然ではなく、富豪区の人間からすれば裏街区と隣り合わせの区画に住みたくないという理由で北東の方角に築かれたという理由があった。



「じゃあ、レナを連れ去ろうとした人間は富豪区の人間なのか?という事は、相手は貴族か!?」

「決めつけは出来ない、単純に富豪区に運んで馬車を捨てて別の場所へレナを運ぶ可能性もある。だけど、盗賊ギルドの仕業だとしたらこんな回りくどい方法は取らないと思う」

「そうだよな、わざわざ馬車を捨てるぐらいなら別に富豪区に向かう必要なんてないし……というか、そもそも学園長の爺さんは何してんだよ!!自分の用意させた馬車で兄ちゃんが誘拐されそうになったの知ってんのか?」

「連絡を取ろうにも相手は大魔導士だぞ?俺たちがそんな簡単に会える相手じゃないぞ……一応、レナの名前で手紙をしたためて王城に運ばせているが、呼んでくれるかどうか……」



ダリルはすぐにマドウに連絡を取ろうとしたが、既に時刻は深夜を迎えようとしており、今の時間帯に王城に戻ったとしても門前払いを喰らう可能性が高い。一応は手紙を渡す様に兵士に話は通しているが、マドウが手紙を読んでいるのかは分からない。


今の時点ではレナが連れ去ろうとした存在の正体を確かめるのは難しく、現時点ではマドウからの連絡を待つしかない。まだ本調子ではないという理由もあってレナも今日の所は身体を休ませたかった。



「とりあえず、明日魔法学園に行ってみよう。仕事も丁度ひと段落付いたところだし、学園長が来ていたら話をしてみよう」



レナの提案に他の者達は頷き、現状ではこれ以上に手立てはなく、明日に備えてレナ達は休む事にした――






――翌日の早朝、用心のためにレナは今回はスケボを使わず、ダリルが用意した馬車で魔法学園へ向かう。


ダリルは仕事があるので参加は出来なかったが、護衛役としてコネコとシノも同行し、事前に連絡を送って早朝から駆けつけてきてくれたミナも同行する。



「レナ君が襲われた!?だ、大丈夫なの?」

「平気だよ、ちょっと眠り薬を嗅がされただけだから……今はもう大丈夫、体調も完全に復活したよ」

「そ、そっか……良かったぁっ」

「たく、こんな事ならあたしも一緒に行けば良かったよ。そうすれば兄ちゃんを誘拐なんかさせなかったのに……」

「私もレナの傍を離れるべきじゃなかった……反省」



レナが襲われたと知って女性陣は非常に心配し、もう安全にも関わらずに狭い馬車の中でレナは両隣にミナとシノ、膝の上にコネコを抱えた状態で座ることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る