第184話 七影

「七影とは盗賊ギルドの七人の幹部の名前を示す異名だ。そして先日、君の命を狙ったリッパーという男が七影の一角だった」

「えっ……」

「この数十年の間、七影が代替わりする事は何度もあった。しかし、リッパーという男は七影の中核を務めていたといっても過言ではない。その男が死んだ事によって盗賊ギルドという存在に大きな波紋が広がっている」

「ど、どういう意味ですか?」



マドウの言葉にレナは彼が何を言いたいのかを問い質すと、マドウは椅子から立ち上がり、窓の外の光景を眺めながら答えた。



「……盗賊ギルドはもうヒトノ国に手に余る組織へと変わり果てた。100年前、ヒトノ国を陰から支えた王族もそれに従った義賊たちも全員が死んでしまった。そして残ったのは国の膿へとなり果て、落ちぶれた犯罪者が集まった組織のみ……だからこそヒトノ国は盗賊ギルドの殲滅を決意した」

「盗賊ギルドの……殲滅!?」

「この情報を知っているのはヒトノ国の中でも一部の大臣と将軍、そしてアルト王子のみだ。アルト王子がリッパーを殺した事で盗賊ギルドの壊滅の発端が始まった。後は我々が盗賊ギルドに完全に止めを刺すためには、盗賊ギルドの幹部である七影の打倒は避けられん」

「七影の打倒……」

「レナ君といったな、君には感謝している。君のお陰でアルト王子はリッパーを追い詰めることが出来た。だが、盗賊ギルドに狙われている以上、君もヒトノ国と盗賊ギルドの抗争に無関係ではいられまい」



窓から視線を外すとマドウは机の引き出しから用紙を取り出し、その上に何事かを書き込むとレナに手渡す。不思議に思ったレナは差しだされた書状の内容を確認すると、そこに記されている内容に目を見開く。




――レナの受け取った書状には大魔導士の権限として現在一時剥奪中の冒険者の資格を返却するという旨が記されており、これを冒険者ギルドに提出すればレナは冒険者として復帰できる。


しかし、どうして自分にこれを渡したのかとレナはマドウに視線を向けると、彼は笑みを浮かべてレナの肩を掴む。




「その書状を冒険者ギルドへ持ち込めば君は冒険者として復帰することができる。つまり、この魔法学園を立ち去って自分の街へ戻ることができるだろう。そうなれば君を狙う盗賊ギルドから命を狙われることはなくなり、なんならば王国が君を無事に暮らしていた街へ送り込もう」

「学園長……」

「しかし……」



レナの肩を離したマドウは表情を引き締めると、今度は机から手紙を取り出す。そちらの方はレナに渡さずに受取人の名前だけを示す。その手紙を見てレナは呆気に取られ、マドウは手紙を机の上に置く。


机の上に置かれた手紙の受取人の名前は「カーネ商会会長 カーネ様」と書かれており、送り主の名前はマドウのフルネームが記されていた。



「もしも君が我々に協力してくれるというのであれば、魔法学園の卒業後に冒険者ギルドに取りあい、君を無条件で「金級冒険者」へ昇格させよう。また、他に望みの物があるのならば叶えられる範囲の物ならば用意しよう」

「協力、ですか?」

「儂がどうしてカーネという小悪党の悪事を見逃し、繋がりを持ってきた理由が分かるか?それはあの男が商会を立ち上げた頃から盗賊ギルドと繋がり、奴等の支援を行っていたからだ。奴は気付いていないようだが、既に我々はカーネが盗賊ギルドの幹部と連絡を取り合う仲だとは見抜いている」

「なら、どうして捕まえないんですか?」



カーネ商会が盗賊ギルドと関係を持っている事を知りながらヒトノ国が動かない事にレナは疑問を抱いたレナは尋ねると、マドウは首を振って説明を拒否した。



「残念ながらここから先の話はただの一般生徒には話す事は出来ん。しかし、君が我々に協力し、共に盗賊ギルドの壊滅を手伝うというのであれば話せる範囲の説明を行おう」

「…………」

「日が暮れる前に答えを教えてくれ」



既に時刻は夕方を迎え、太陽は間もなく隠れようとしていた。その窓の光景を見てレナは自分が渡された書状と机の上の手紙に視線を向け、思い悩む。


盗賊ギルドの刺客から身を守るためにマドウに相談に赴いたレナだが、まさか彼の方から盗賊ギルドの壊滅の手伝いを求められるとは思わず、考え込む。


正直にいえば命が惜しければ書状の方を受け取り、早急に王都を立ち去った方が安全だろう。あくまでも盗賊ギルドの拠点は王都であり、わざわざ辺境の街にまで逃げ帰ったレナを狙う可能性は限りなく低い。


しかし、ここでマドウの要求を受け入れるのならばヒトノ国側から金級冒険者への無条件の昇格か、あるいは多大な恩賞の機会を得られる。しかし、別にレナが冒険者を志したのはあくまでも強くなるためであり、階級には拘ってはいない。金銭の類も現状では不自由していない。普通に考えれば書状を受け取る方が妥当だろう。




――だが、レナは無意識に書状を机の上に置き、マドウにある望みを告げる。




「学園長、俺の望みは――」





この日、レナは盗賊ギルドから逃げるのではなく、ヒトノ国と協力して共に殲滅する事を誓う。盗賊ギルドの討伐を果たしたとき、レナは自分の最も望む報酬が得られると確信し、王都へ残ることを決意した。

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