第166話 一触即発

学園長の説明が終わると、生徒達は対抗戦が開始されるまでは自由時間となり、大半の生徒は対抗戦が行われる前に食堂へ移動して昼食を取っていた。


食堂に赴いた生徒の中には対抗戦に出場する選手の姿も存在し、殆どの人間が試合中に影響がでない程度の食事で済ませているのに対してデブリは普段通りに大量の食べ物を飲み込む。



「がつがつ、むしゃむしゃ、ばくばく、れろれろれろれろっ……!!」

「おい、デブリの兄ちゃん……いくら何でも食べ過ぎじゃないのか?」

「そんなに食べたら試合中にお腹を壊すかも知れないよ?」

「うぷっ……だいひょうぶだ!!りきひのいのしょうかりょくをなへるなっ!!」

「まずは口の中に入っている物を全部食べてから話しなよ……」



デブリ曰く、力士である彼は胃の消化力も高いらしく、戦闘の前でも大量の食事を取っても問題ないらしい。ちなみに彼が1日に消費する食事量はボア1頭分は存在するらしい。


魔法学園の食堂はメニューも多く、一般庶民に人気のある料理は全て取り揃えている。しかも食事代は無料のため、利用する生徒は多い。レナ達も基本的には昼はここで食事を行い、偶に早朝へ着た時は朝食を取る事もあった。



「デブリ君は本当によく食べるな……それにしてもなんでおじやと梅干しとバナナをばっかり食べているの?」

「僕もよく分からないけど、この食事が試合を行う前に食べると身体の調子がいいんだ。これを食べ続ければいつか地下格闘家の王者にもなれそうな気分になる!!」

「何だよ地下格闘家って……」

「ふん、試合前に騒がしい奴等だな!!」



レナ達の食事の際中に別の席に座っていた生徒が声を上げ、どうやら魔法科の生徒が近くの席に座っていたらしく、呑気に食事を行うレナ達に対して挑発を行う。



「騎士科の生徒様は随分と余裕があるようだな、試合前にバカ騒ぎする辺り、余程魔法科の生徒を舐めているようだな……せいぜい腹を壊さないように気を付けるんだな」

「何だと……!!」

「相手にしちゃ駄目だよデブリ君、こんなの気にしなくていいよ」

「そうそう、偉そうに言ってるけどあいつ対抗戦の選手にも選ばれなかったような奴の挑発なんて気にする事ねえよ」

「な、何だと!?この小娘、僕達に喧嘩を売っているのか!?」

「こら、コネコ!!こっちが挑発してどうするの!!」



コネコに図星を突かれた魔法科の生徒は怒りを露わにして懐に収めていた杖を取り出そうとしたが、それを見たシノは椅子の上から飛び上がり、杖を取り出そうとした生徒の首筋にクナイを構える。



「それ以上は止めた方が良い、取り返しのつかない事になる」

「ぐっ……こ、こいつ!?」

「そこまでだ!!」



クナイを押し付けられた魔法科の生徒は悔し気な表情を浮かべてシノを睨みつけるが、騒いでいる間に食堂にゴロウが訪れ、状況を把握した彼は生徒達に注意する。



「対抗戦が開始されるというのに騒ぎを起こすな!!これ以上に騒ぐ生徒がいるようならば指導室へ連れて行くぞ!!」

「……ちっ」

「すいません」



ゴロウの言葉に魔法科の生徒は苛立ちを隠そうともせずに舌を鳴らし、シノは素直に謝罪して自分の席へ戻る。そんな彼等を見てゴロウはため息を吐き出し、試合前だというのに騎士科と魔法科の生徒達の間には険悪な雰囲気が漂っていた。


結局、その後は特に何事も起きなかったが、レナは自分達に絡んできた魔法科の生徒がちらちらと様子を伺っている事に気付く。それを敢えて無視してレナ達は対抗戦の集中するために準備を整えた――





――対抗戦の開始時刻から10分前を迎え、殆どの生徒達が闘技台の元へ向かう中、対抗戦の出場者たちは事前に教師の引率の元、闘技台の傍に設置された特設の観客席に座り込む。


観客席には教師と学園長の姿も存在し、騎士科の生徒の担当教師であるゴロウと、魔法科の生徒の担当教師も存在した。


こちらはゴロウと同年代の男性であり、元々はムノーと同じくヒトノ国の魔導士を務めていたが、ある理由で右腕を失い、右足も義足となったので現在は教員として学生の指導を行っている。



「ゴロウ先生、本日はよろしくお願いします」

「……こちらこそ」

「ふっ、相変わらず不愛想ですね。だが、今回の勝負が終わった後もその無表情を保てるのか見物ですね」

「…………」



魔法科の担当教師の名前は「イヒド」と呼ばれ、彼は若い頃は優秀な魔術師として有名だった。実際にマドウの弟子の一人で若い頃から彼に面倒を見て貰い、一時期はマドウの後継者になるのではないかと囁かれていた。


しかし、不慮の事故で彼は右腕と右足を失ってから立場は一変し、魔導士としての職務を果たす事も難しくなり、現役の引退を言い渡される。だが、それを不憫に思ったマドウは彼を魔法学園の教師として勧誘し、現在は若く将来のある生徒達の指導を任せられている。


元々は優秀な魔導士でもあったイヒドの指導は優れており、既に魔法科の生徒の中には彼の指導のお陰で魔法の腕が上達し、対抗戦に出場が決まった5人の生徒も前々から授業以外でも彼の指導を受けていた。しかし、彼は騎士科の生徒と担当教師であるゴロウを嫌っている事も有名だった。


レナはゴロウに絡むイビトを見て眉をしかめるが、試合に集中するために視線を外し、闘技台の様子を伺う。

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