第147話 勧誘

「俺も魔法学園の騎士科の生徒です」

「騎士科……?事前に聞いていた情報だと、貴方は魔術師だと聞いている」

「色々とあって騎士科に入りました。一から説明すると小説1冊分ぐらいの長い話になりますけど……」

「そこまで言われるとちょっと気になるけど、今は仕事を果たす方が先」

「いてててっ!?」



少女は性懲りもなく鎖を引っ張り出してレナを連れて行こうとするが、単純な力はレナの方が分があるらしく、お互いに綱引きを行うかの様に引っ張り合う。


付与魔法を使えば拘束から逃れるのは容易いが、そんな隙を少女は見逃すはずがなく、このままでは連れていかれると判断したレナはどうにか少女に交渉を行おうとした。



「お、俺の名前はレナです!!そっちの名前は?」

「シノビ……家族や友達からはシノと呼ばれてる」

「ならシノビさん!!どうか俺の話を聞いて下さい!!悪い話じゃないですから!!」

「……分かった」



レナの言葉を聞いてやっとシノビと名乗る少女は鎖を引っ張る力を弱めると、手首を痛めてしまったがレナは安心して彼女に取引を持ちかけた。



「シノビさん、貴方はカーネ商会に雇われていると言ってましたね?そして俺を捕まえたら金貨が10枚貰える、そう言いましたよね?」

「そう、私はどうしてもお金をたくさん稼がないといけない。だから貴方を連れて行く」

「なら、俺を見逃せば金貨20枚支払うといったらどうですか!?」

「……20枚?本当に?」



予想外のレナの言葉にシノビは考え込み、しばらくは思い悩んだ表情を浮かべるが、やがて首を振って拒否を示す。



「でも、駄目。金貨20枚は惜しいけど、私が仕事に失敗すればカーネ商会に解雇されるかもしれない。そうなったらもう給料は貰えない」

「なら、給料はいくらぐらい貰ってるんですか?」

「月に金貨2、3枚……?」

「だったら、うちの商会に移籍してくれたら毎月金貨5枚支払います!!」

「5枚も……!?」



シノビはレナの言葉を聞いて驚愕の表情を浮かべ、それだけお金を貰えれば学園側の補助金を足せば彼女が冒険者を行っていた時よりもお金を稼げる。しかし、それでも彼女は即断できなかった。


どうやら依頼主からレナの外見は知らされていても詳しい彼の詳細は知らないらしく、彼がダリル商会で最も稼ぎ頭である事も知らされていない様子だった。



「……貴方にそれだけのお金を払えるの?」

「嘘じゃありません!!絶対に騙したりしませんから、信じて下さい!!」

「確かに……貴方の言葉からは「嘘」は感じない」

「感じない……?」



レナはシノビの言い方に疑問を抱くが、彼女は長い時間考え込み、やがて決心したようにレナを拘束していた鎖を取り外す。自分を見逃してくれるのかとレナは思ったが、シノビはレナの腕を掴んで引き寄せる。



「貴方の話を信じる、だけどカーネ商会の人に話を通さないといけない。場合によっては契約を反故する事になるから違約金を支払わないといけない」

「違約金?」

「冒険者は商会に契約を結んだ場合、何らかの理由でどちらかが契約を破棄する場合は違約金を支払う義務がある。今回の場合、私が契約を破棄する事になるから私が違約金を支払わないといけない。そのお金を貸して欲しい」

「ちなみに……いくらぐらいですか?」

「金貨10枚……今日中に用意してくれるというのであれば私は貴方を信じる。さっきの話が本当なら、それぐらいのお金は用意出来るはず」

「な、なるほど……」



契約破棄の違約金をレナが支払えばシノビはダリル商会と新たな契約を交わすという言葉にレナは納得し、ダリルの元に戻ってどうにかお金を工面させてもらうかを考える。


シノの実力は間違いなく、もしもダリル商会で働いてくれるようならば用心棒として役立ちそうだった。


一応はダリル商会にはイチノから連れてきた傭兵もいるが、商会の規模が大きくなればなるほど人手も必要になり、何よりも称号持ちの人間が用心棒になるのならば心強い。そのように考えたレナはシノの提案を受け入れようとしたとき、路地の方角から声が響く。



「居たぞ!!あそこだ!!」

「こっちだ!!捕まえろっ!!」

「むうっ……見つかった。ここは退いた方が良い」

「くそ、しつこいな……」



撒いたと思っていた警備兵が再び現れてレナとシノビはその場を離れるために駆け出し、警備兵から距離を取ろうとした。だが、街道の方にも別の警備兵の集団が現れ、二人の行く手を遮る。



「おい、あいつだ!!」

「やっと見つけたぞ!!」

「止まれ!!止まらなければ撃つぞ!!」

「こっちにも!?」

「……面倒」



街道にてレナ達は偽物の警備兵の集団に取り囲まれ、逃げ場を失う。レナとシノビは背中を合わせ、この状況を切り抜ける方法を考える。


警備兵の数は30人は存在し、中には大盾や弓を構える人間も複数人存在した。下手な魔術師よりも弓を持つ相手の方が厄介であり、もしも同時に矢を射抜かれたら身を守る術がないレナが危険に晒される。



(流石にこの数を相手にするのはきついな……どうにか逃げ出せないかな)



レナは周囲の状況に視線を向け、誰かに助けを求めようにも敵は警備兵の恰好をしているのが問題だった。警備兵が二人を取り囲む状況を一般人が見ても大半の人間は警備兵が何らかの犯罪を犯した人間を捕まえようとしているようにしか見えず、仮にレナが助けを求めて応じない可能性が高い。


だからといって戦闘に陥ればレナも手加減は出来ず、最悪の場合は人間を相手に魔銃を使用する機会が訪れるかもしれない。もしもそうなった場合、下手したら死人が出てしまう。いくら相手が盗賊ギルドに派遣された人間だとしても、出来ればレナは人を殺したくはなかった。

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