第132話 処刑人リッパー

「……この借りは必ず返すぞ」

「あ、逃げたっ!?待ちやがれ!!」

「駄目だコネコ、追うな!!」



屋根を飛び移って逃走を開始した男にコネコは追いかけようとしたが、レナは彼女を止める。下手に追撃すれば逆にやられてしまう恐れがあり、ここは諦めるしかなかった。


それよりもレナは先に刺されたカマセの方に視線を向けると、まだ事切れてはいなかったのか涙を流しながらも口元を動かし、何もない空間に必死に手を伸ばしていた。



「い、いでぇっ……だずけてぇっ……!?」

「お、おい!!この男、まだ生きてるぞ!?」

「えっ!?マジで!?」

「けど……この傷だと、もう助からないよ」



地面に倒れたカマセは呻き声を上げ、彼の元へレナは近寄ると、カマセは涙を流しながら必死に腕を伸ばす。傷は深く、もうどんな治療を施しても手遅れである事は間違いないが、レナはせめて彼の手を掴んで安心させる。



「もう大丈夫。あいつは逃げた、もう怖がる必要はない……」

「ああっ……」



レナの言葉を聞いてカマセは恐怖から解放されたように安らかな表情を浮かべ、自分の手を握り締めるレナの温かさを感じとる。そして自分が死ぬ前にレナに先ほどの男の正体を話す。



「しょ、けいにん……りっぱぁっ……きを、つけろ」

「えっ……」

「…………」



最期にそれだけを答えるとカマセは動かなくなり、力尽きたのかレナの掌から腕が零れ落ちる。そんな彼の姿を見て全員が顔を逸らす――





――その後、結局は警備兵を呼び出してレナ達はカマセの遺体と彼の下っ端4人組を任せる。事情聴取が終わると、警備兵はレナが最後にカマセが告げた「処刑人」の事を伝えると非常に動揺した。



「ほ、本当か?この男が最後にその名前を口にしたのか!?」

「はい。確かに「処刑人リッパー」と言ってました」

「そうか……リッパーが関わっているのか」



リッパーという名前を耳にした途端に警備兵の顔色が変わり、全員が険しい表情を浮かべる。そんな彼等の反応にレナは気にかかり、一体何者なのかを問う。



「あの……処刑人って、どういう意味ですか?」

「……処刑人というのはリッパーの仇名だ。この男は30年近くも盗賊ギルドの幹部を務めている男だ」

「盗賊ギルドの幹部?」

「ああ、奴は盗賊ギルドの中で最も恐ろしい男だ。盗賊ギルドの人間は組織の内部情報を漏らしてはいけないという掟があるそうだが、奴は掟を破った人間は決して許さず、どんな方法を用いても始末する。しかも掟を犯した人間だけではなく、その家族や友人さえも調べ上げて殺害を実行する男だ」

「あいつ、そんな危険な奴だったのか!?」



警備兵の言葉にコネコは身体を震わせ、それほど恐ろしい男だとは思わず、もしもレナが追跡を止めていなかったら自分もどんな目に遭わされていたのかと考えると身体の震えが止まらない。


リッパーという男は警備兵の間だけではなく、一般市民の間でも有名な存在らしく、この街で「処刑人」という仇名を持つ人物はリッパー以外に有り得ないという。



「君たち、これからは気を付けるんだ。リッパーは執念深い男だ、自分の仕事の邪魔をする人間には容赦しない……しばらくの間はこの王都を離れた方が良い」

「ちょ、ちょっと待てよ!?あんた達、警備兵だろ!?僕達を守ってくれないのか!?」

「我々も長年の間、リッパーを追い続けている!!だが、奴は盗賊ギルドの幹部だ……そう易々と捕まる相手じゃない」

「何だよ情けないな……そういえばカマセの奴も盗賊ギルドのお陰で釈放されたとか言ってたな。おい、おっさん!!なんであんたらは盗賊ギルドなんかを放置してるんだよ!!」



コネコの最もな文句にレナ達も気にかかり、警備兵たちの反応を伺うと、彼等は罰が悪そうな表情を浮かべて顔を逸らす。その態度からどうやら城下町を守るはずの警備兵でさえも盗賊ギルドの存在を恐れている事が伺えた。



「……我々も出来る事なら、盗賊ギルドの連中など捕まえてやりたいと思っている!!だが、奴等には下手に手を出せないんだ……!!」

「どうして!?相手は犯罪者集団なんですよ!?」

「分かっている!!それは分かっているんだが……!!」



警備兵たちも口には出来ない事情があるらしく、子供であるレナ達の言葉を受けても何も言い返す事は出来ず、悔し気な表情を浮かべる。


そんな彼等を見て警備兵が盗賊ギルドが手出し出来ない理由があると知り、レナ達もこれ以上は何も言わずに今日の所は立ち去る事にした――




――結局、この日は本来の目的である「5人目」の決闘の選手の勧誘は出来ず、ミナとデブリは自分の家に戻り、レナはコネコと共にダリルの屋敷へ戻る。



「あ~あ……何か釈然としないな」

「うん……俺もだよ」



先ほどの警備兵の反応を思い出すだけでレナとコネコは言いようがない感情を抱き、彼等にも何か事情があるのは分かるが、それでも警備兵が盗賊ギルドを放置している事に変わりはない。


警備兵と盗賊ギルドの関係がどうなっているのか気になった二人は屋敷へ戻る途中、色々と思考を巡らせる。だが、どれほど考えようと犯罪者集団である盗賊ギルドを王都の治安を管理するはずの警備兵が放置する理由が思いつかない。



「兄ちゃんは警備兵の奴等が盗賊ギルドを捕まえられない理由が何だか分かるか?」

「いや、全然……けど、あの人達も辛い表情を浮かべていた。とても演技とは思えないし、警備兵の人達も盗賊ギルドを放置している事は悔しい思いをしていると思う。つまり、警備兵と盗賊ギルドが裏で繋がっていて協力関係を結んでいる、という感じはしないかな」

「そっか……やっぱり、そうだよな」



レナの言葉にコネコは納得した表情を浮かべるが、結局は警備兵が盗賊ギルドを捕まえない理由までは分からない。だが、考えても仕方ないので二人はダリルの待つ屋敷へ戻ろうとすると、屋敷の前で誰かが騒いでいる事に気付く。

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