第124話 お断りします

「カーネ会長、申し訳ありませんがこの契約は出来ません」

「何!?何か条件に不満があるのかね?それともダリル商会に義理立てするつもりか?」



レナの言葉にカーネは目を見開き、まさかこれほどの好条件の契約にも関わらずに断られるとは思わなかったのだ。そんな彼に対してレナは契約を受け容れられない理由を告げる。



「ダリル商会と交わした契約上、俺は1年の間は他の商会とは契約を出来ない事になってます。なのでもしも俺にミスリル鉱石の回収を依頼したい場合はダリル商会の方に問い合わせてください」

「ぬうっ……なるほど、先手を打たれていたというわけか」



ダリル商会が自分よりも先にレナに他の商会との契約を行えないように仕組んでいたという話にカーネは眉をしかめるが、このような事態も予測していたようにカーネはレナを説得する。



「レナ君、冒険者が専属契約を行う場合、確かに依頼人の指定した条件は引き受けなければならない。しかし、それはあくまでも君が冒険者である間だけだ」

「どういう意味ですか?」

「つまり、君が冒険者を辞めてしまえば契約は破棄され、君は自由の身になれるのだよ。勿論、契約破棄の罰金を支払う義務があるだろうが、君がカーネ商会と改めて契約を結んでくれるというのならば支払おう。勿論、先ほどの条件で君を雇わせてもらう」

「……それは冒険者を辞めろという事ですか?」

「安心したまえ、この王都の冒険者ギルドとは私も懇意の仲でね。君が冒険者を辞めたとしても、すぐに再手続を行い、冒険者に戻れるようにしよう。等級に関してもすぐに元の等級まで昇格させるように手配しよう。当然、昇格試験も受けずに済むように取り計らう」



カーネは笑みを浮かべながらレナに冒険者を辞めさせてダリル商会との専属契約を切り、カーネ商会の専属冒険者になるのであれば彼自身が冒険者ギルドに掛け合い、レナを冒険者として迎え入れる事を約束する。だが、そんな条件をレナが受け入れられるはずがない。


冒険者を辞めるという事はレナはこの街の冒険者ギルドで手続きを行い、今後はこの街の冒険者ギルドの一員として働かなければならない。そのような場合、冒険者ギルド側の指示にも従う義務が発生する。サブマスターのルインの一件でレナは完全に王都の冒険者ギルドが信用出来ず、カーネの話を承諾出来るはずがなかった。



「カーネ会長、申し訳ありませんが冒険者を辞める事は出来ません」

「何故だね!?これほど私が言っているのにか!?」

「いえ、カーネ会長の話は有難いと思うのですが、この街の冒険者ギルドは個人的な理由で信用出来ません。ですのでこの話は御断りさせてもらいます」

「何?冒険者ギルドに何か問題があるというのか?」

「では、授業があるのでこれで失礼します」

「あ、ちょ、ちょっと君!!まだ話は……」



あまり事を立てずにレナはカーネとの話を打ち切り、急ぎ足で部屋を退室する。そして廊下に出るとレナは即座に駆け出し、その場を急いで離れた――




――学園長室に残されたカーネは立ち去ったレナの事を思い浮かべ、気にくわなそうに鼻を鳴らす。自分が一介の冒険者風情のためにわざわざこのような場所まで訪れ、しかも相手側にとっては好条件の内容で契約を求めたにも関わらずに断られるとは微塵も思っていなかった。



「くそ、あの小僧め!!調子に乗りおって……自分だけがミスリル鉱石を大量に確保できるからと偉そうにしおって!!」



カーネが魔法学園に訪れたのは学園長に用事があるという話は嘘ではなく、この後に学園長と会う約束をしている。この際にカーネは学園に掛け合ってレナを退学に差せるように促そうかと考えたが、何の不手際もない生徒を無暗に退学させるような真似を頭の固い学園長が行うはずがないと考え直す。


この魔法学園の創立にはカーネ商会も多額の援助金を支払っているのは事実ではあるが、魔法学園の学園長である大魔導士はこの国の国王の次に権力を持つ人物のため、カーネでさえも逆らう事は出来ない。もしも彼の機嫌を損ねればカーネ商会に未来はない。



「しかし、冒険者ギルドとあの小僧に何か因縁があるのか?あの口ぶりから察するにこちらの契約書の条件に文句があるようではないが……そういえばサブマスターのルインの奴が最近解雇されたそうだが、何かあの小僧と関係あるのか?もう少し調べさせるか……」



ミスリル鉱石を確実に入手出来るレナの存在は何処の商会にとっても大きな価値を誇り、何としても手に入れたい人材である。それにこのままダリル商会がレナを利用して大量のミスリル鉱石を独占した場合、カーネ商会も無事では済まない。


カーネはダリルが田舎から訪れた新参者の商人でありながら、自分の商会の傘下に入らずに商売を行う事が気に入らず、冒険者ギルドと工場区の鍛冶師達を利用して潰そうとした。しかし、レナという存在がダリル商会の手に渡った事で立場は一変し、今ではダリル商会が王都で最も価値がある魔法金属のミスリルを取り扱う様になった。



(儂は絶対に諦めんぞ……最悪の場合、盗賊ギルドに力を借りるか)



この街の裏町区には盗賊で構成された組織が存在し、彼等は「盗賊ギルド」と名乗り、金さえ支払えばどのような仕事も引き受ける。カーネはもしもレナが自分に従わない場合、彼を殺してでもダリル商会を潰そうかと企む。

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