第102話 大迷宮 〈荒野〉

「転移をお願いします」

「……武運を祈る」



どう見ても子供にしか見えないレナ達が魔法陣に乗り込んでも魔術師と思われる老人は特に反応を示さず、魔法学園の生徒も度々訪れているらしいのでレナ達を見ても驚かないのかもしれない。


老人は台座の前に立つと水晶玉に掌を触れ、意識を集中させるように瞼を閉じると、次に目を見開いた瞬間に魔法陣を発動させる。



転移テレポート

「うわっ――!?」





――魔法陣が光の奔流が放たれ、レナ達を光の柱が飲み込む。体感的には数秒程経過すると視界を覆い込んでいた光が収まり、何時の間にかレナ達の視界に延々と広がる荒野の光景が写しだされた。



「……本当に移動した」

「うわ、何だここ……これが大迷宮ていう奴か!?」

「凄い……!!」



コネコは驚いた猫のようにレナの背中へ飛びつき、ミナも目の前に広がる光景に唖然とする。一瞬にして別の場所、否、別の世界へ転移した事を実感したレナは足元の地面の砂を拾い上げ、幻の類ではなく本当の地面である事を確認する。


話は聞いていたが本当に一瞬にして別の場所へ飛んだという事実にレナ達は驚きを隠せず、同時に緊張感を抱く。ここはもう安全な街中ではなく、魔物がいつ現れるのかも分からない危険地帯である事を自覚した。



「話には聞いていたけど、本当に別の世界へ訪れたのか……」

「うへぇ~……何処を見ても岩山ぐらいしか見えないな」

「うん、それに魔物の気配も感じる……ここから先は気を付けて進まないと」



レナ達の荷物は動きやすさを重視してリュックとカバンを各自所有し、ミスリルの鉱石を回収するための袋も用意してある。


ロックゴーレムからミスリルの鉱石を引き剥がすために携帯用のツルハシもリュックの中に入っていた。少々の食料と水だけを用意し、万が一のためにダリルからなけなしの回復薬を持ってきていた。



『こいつはうちの商品だ。無理をするな、絶対に生きて帰れよ!!』



貴重で高価な回復薬をダリルはレナ達のために各自1本ずつ用意し、もしもミスリルの鉱石を回収できないとしても気にせずに戻ってくるように指示を出す。


失敗すれば自分が追いつめられるのに、あくまでもレナ達の命を優先するようにダリルの優しさにレナは応えるため、早速ロックゴーレムの行方を探すために行動を移す。



「よし、とりあえずは場所を移動しよう。ダリルさんの話によると転移する場所は毎回別々ランダムで決まるらしいから、まずはここが何処なのかを把握しよう」

「そういう事ならあの岩山に登ろうぜ、あそこの上からなら見やすいだろ?」

「岩山か……」



コネコは10メートル程の高さの岩山を指差し、彼女の意見を取りれてレナ達は岩山を登り込む。コネコは持ち前の身軽さを利用して岩壁を楽々と乗り越え、ミナの方も登山の経験はあるのか彼女の後に続き、レナの場合は地属性の付与魔法を駆使して登る。


地属性の付与魔法は重力を操作するだけではなく、地面の土砂や岩石などの形状も変化する事が可能の為、岩壁であろうとレナの場合ならば手元や足元の部分を凹ませ、足場を簡単に作り出す。凹凸が少ない岩壁であろうと今のレナならば難なく登る事も出来た。



「兄ちゃん、姉ちゃん、早く来いよ!!凄い光景が見えるぞ!!」

「コネコが早過ぎるんだよ……あ、ミナのパンツが見えそう」

「えっ!?……って、僕はスカートじゃないよ!!もう、びっくりしたなぁっ……」



登山中に特に問題は起きず、3人は岩山の山頂に辿り着くと、周囲一帯の光景を見渡す。やはりというべきか荒野は何処までも続いており、人工物の類どころか緑の自然が全くない。その一方で気温の方は安定しており、特に暑くも寒くもない。



「うわぁっ……この光景を見ると、本当に別の世界へ来た気分だな」

「けど、あの露天商のおっちゃんが言っていた「帰還の台座」という名前の台座は見当たらないな……この近くにはないのかな?」

「転移石があるから戻るのは大丈夫だと思うけど、出来れば使わない方が良いと思うし、ロックゴーレムを探す時についでに帰還の台座の方も捜索してみようか」

「そうだね。あれ、ちょっと待って……あっちに何かいるよ!!」



ミナは前方の方向を指差し、彼女の視線の先にレナとコネコも顔を向けると、よく見ないと分からないが地上の方で砂煙を巻き上げながら何かが接近している事に気付く。


だが、あまりに遠すぎて茶色の物体が動いているようにしかレナ達には見えなかったが、ミナは正体をはっきりと確認する。



「あれは……ボアだね、しかもボアの群れがこっちに近付いてきてるよ」

「え?本当かよ姉ちゃん、あたしはよく見えないけど……」

「ミナは視力がいいね……本当だ、やっと見えてきた」



指摘通りに前方の方角から近づいてくる砂煙を巻き上げる物体の正体はボアの群れだと判明し、本来は山間部にしか生息しないはずのボアもこの大迷宮には生息するらしい。


しかもこれまでにレナが討伐した通常のボアよりも体格が一回り程大きく、全身が赤茶色の毛皮で覆われていた。



――プギィイイイッ!!



ボアの群れは方向的にはレナ達の岩山に向けて接近し、まさか自分達の存在に気付いたのかとレナは焦ったが、直前で進行方向を変更して岩山を避けるように横切る。


そのままボアは走り去っていくかと思われたが、最後尾を走っていた1体のボアが立ち止まり、鼻を鳴らす。

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