第61話 重ね掛け

「歯を食いしばれ……二重強化ダブル

「グギィッ……!?」



レナは身に着けた闘拳に二度目の付与魔法を施した瞬間、闘拳を覆い込む紅色の魔力が増大化する。それを目撃したホブゴブリンは身の危険を感じ取り、戦闘を中断して逃げようとしたがレナは容赦なく拳を振り下ろす。



「重撃!!」

「グギャアアアアッ!?」



草原にホブゴブリンの悲鳴が響き渡り、強烈な一撃を背中に受けたホブゴブリンの身体が地面にめり込む。あまりの威力に身に着けていた鎧は砕け、レナの闘拳が背中を貫通してしまう。



「ふうっ……」



絶命したホブゴブリンから右腕を振りぬいたレナは手首を振り回し、魔法を解除させた。レナが先ほど使用した「二重強化」は闘拳に付与魔法の重ね掛けを行い、通常時よりも重力を増大化させて威力を強化する攻撃法だった。赤毛熊との戦闘以降、今後はより強力な魔物と戦う事を想定して生み出した新しい技である。


赤毛熊を倒してからしばらく時間が経過した後、レナの付与魔法は物体に施した場合、何度でも重ね掛けが行えることが判明した。魔法を施す回数が多いほどに重力は増大化し、闘拳のような武器に付与すれば威力も強化される。しかし、反面に大きなデメリットも存在した。



「あっ……やばい、また闘拳に罅が入っちゃったよ。ゴイルさんにまた直してもらわないと」



レナは自分の闘拳に亀裂が入っている事を知ると頭を掻き、鍛冶師のゴイルにまた依頼を頼む事にため息を吐き出す。付与魔法の重ね掛けを行った場合、重力が増大化して威力が強化される一方、物体に押しかかる負荷の方も大きくなり、壊れやすくなってしまう。


ゴイルの作り出した貰ったレナの闘拳「紅拳」は市販で販売されている闘拳よりも頑丈に作られているが、通常の付与魔法による強化だけならば堪え切れるが、先ほどの「二重強化」を実行すると数回ほど使用した当たりで亀裂が入る。そのせいでレナは何度もゴイルに修理を頼み、高い料金を支払う羽目になる。



「あ~あ、これでさっきの依頼の報酬金も台無しになったな……はあっ」



闘拳を外したレナはホブゴブリンの死骸に視線を向け、こんな事ならば闘拳を使用せずに無難に兜の隙間に銀玉でも撃ち込んで倒すべきかと考えた時、不意にホブゴブリンの右腕に何か痣のような物が刻まれている事に気付く。



「何だこの痣……まるで焼き印みたいだな。自分でつけたのか?まあ……一応、ギルドに報告しておくか」



ホブゴブリンの腕には動物の牙を想像させる形をした火傷の跡が存在し、調べた限りでは他のゴブリンの死体にはそれらしき物は確認出来ず、レナは不思議に思う。


その後はホブゴブリンから兜を回収し、死骸からナイフで痣の部分が刻まれている箇所だけをどうにか剥ぎ取ると、日が暮れる前にレナは冒険者ギルドへ向かう――





――冒険者ギルドへ到着して早々にレナは受付嬢のイリナの元へ訪れ、彼女に依頼を果たした事と帰還の途中でホブゴブリンと遭遇し、討伐を果たした事を報告する。



「なるほど、そんな事があったのね。それにしても仕事帰りにホブゴブリンと遭遇するなんて……最近では草原にホブゴブリンもよく現れるようになったから注意しないと駄目よ?」

「はい。あの、ホブゴブリンの痣の事は……」

「その事に関して何だけど……実は他の冒険者からも報告が上がっているの。ホブゴブリの身体の何処かに「牙」のような痣が刻まれている、とね」



イリナによると他の冒険者が遭遇したホブゴブリンもレナが倒した個体と同じく身体の何処かに胴部の「牙」を思わせる痣を刻んでいるらしく、これが単なる偶然ではない事は確かだった。



「資料によるとホブゴブリンが自分の身体に特徴的な痣を刻むような習性を持つ事は確認されていないのよ。だけど、このイチノ地方に出現するホブゴブリンには何故か身体の何処かにこの牙のような痣が浮かんでいるの。この事から考えられるとしたら……」

「ホブゴブリンに痣を刻んだ存在が居る、と?」

「そうね、そう考えるのが妥当ね……」



ホブゴブリンの肉体に刻まれた焼き印の正体はギルド側も把握はしておらず、一応は調査を行っているが進展はない。レナは報告を終えると自分のバッジを取り出し、イリナに差し出す。



「イリナさん、確か今日の依頼で俺は……」

「ええ、評価点が規定値に達しました……おめでとう、今日からレナ君は白銀級の冒険者に昇格よ!!」

『おおおおっ!!』



イリナの声に冒険者ギルド内に存在した冒険者達は歓声を上げ、彼女の手から「白銀製」のバッジを手渡されたレナは照れ臭そうに受け取る。銅級冒険者から銀級冒険者へ昇格を果たしてから約1年が経過し、遂にレナは評価点を集めて晴れて「白銀級冒険者」となった。


新しいバッジを胸に付けたレナに対してギルド内の冒険者達は拍手を行い、中には嫉妬混じりの視線を向ける者もいるが、彼等はレナがこの1年の間にどれだけの依頼を果たしたのかを知っていた。なので殆どの冒険者達はレナの事を祝福する。

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