第58話 今はまだ……
「……あの日、なんで村の堀が崩れてたんだ?」
レナは村が襲われた日、村長の息子のシバに連れられて村を取り囲む堀の一部が埋もれていた事を思い出す。そしてレナが村に戻った時、その埋もれた箇所からゴブリンの群れが乗り込んできた痕跡が残っていた。
ずっとレナはあの時、自分が堀を修復していれば村は襲われる事はなかったのかと考えていたが、今更ながらにどうして都合よく地面が崩れて堀が埋もれていたのか疑問を抱く。
草原に転がったゴブリンの死体に視線を向けると、レナは自分が倒したゴブリン達は「衣服」を着ていない事を確認する。大抵のゴブリンは自分の身を守るために動物の毛皮を剥いで装着しているが、レナは村が襲われた時、人間のから奪ったと思われる衣服を身に着けたゴブリン達と山の中で遭遇した事を思い出す。
(あの日、じーじに連れられた時に出会ったゴブリン達だけがどうして衣服を身に着けていたんだ?そもそも、俺の村の近くには他に村も街もなかった。じゃあ、あいつらが身に着けていた衣服は何処から調達したんだ……?)
最後に養父のカイと狩猟のために山に訪れた日、レナは自分達を襲ってきたゴブリンが衣服を身に纏っていた事、しかも村を襲ったゴブリンの群れに関しても同様に人間の衣服らしき物を着用していた事を完全に思い出した。
山中に遭遇したゴブリンと村を襲撃したゴブリンが人間の衣服を身に着けていた事から無関係とは思えず、恐らくは同じ群れ同士の仲間だったのだろう。
(ゴブリンの背丈を考えても服は子供用のはず……でも、俺の村には俺より小さな子供はいなかった。それなのにあれだけの数のゴブリンが服を纏っていた。という事は、服を奪ったのは俺の村からじゃない?)
考えれば考える程にレナは自分の村を襲撃したゴブリンの大群の行動に疑問が尽きず、少なくとも村を襲撃する直前に村を取り囲む堀の一部が崩れていた事に関してはゴブリン達が計画的に村への進入路を確保するため、事前に堀を埋めていたと考えるのが妥当だろう。
そう考えるとゴブリンの襲撃は計画性の物で最初からレナの村を狙っていたとしか考えられず、偶然にもゴブリンの大群が現れて村を襲ったとは考えられない。そもそもゴブリンが人間の村を襲う事自体が滅多に存在せず、基本的に知能が高いゴブリンは大勢の人間が住む場所を好んで襲うような真似はしない。
(仮にあのゴブリンの大群が俺の村を襲う事を計画してとしても……ゴブリン達は何処から現れた?)
レナは自分の村を襲ったゴブリンが村の近辺に生息していた野生の種とは思えず、実際にレナの村から奪ったとは思えない人間の子供用の衣服を身に着けていた時点で他の地域から訪れたゴブリンの大群だとしか考えられなかった。
冷静になって考えれば考える程にレナは自分の村を襲撃したゴブリンの大群の行動に様々な疑問が浮かび上がる。
(村を襲ったのは計画的犯行、衣服を身に着けている事から襲撃したゴブリンは他の地域から訪れた、そして村を襲っていたのはゴブリン以外の魔物も存在した……くそ、今までどうして気付かなかった?)
過去の記憶を思い返す事が辛く、普通に考えればもっと早く気付く事が出来た疑問さえも思いつかなかった事にレナは苛立つ。だが、ここで冷静さを失っても意味はなく、頭を落ち着かせてレナは真剣に考えた。
「仮に村を襲ったのが他の地域のゴブリンだとしたら、何処から衣服を調達した?他の村を襲撃したゴブリンが訪れたとしても、俺の村の周りには他に村なんて存在しないはずなのに……」
ヒトノ国の領地の中でも辺境に位置するレナの村は名前すら存在せず、他の村とも交流がない程に僻地に存在した。人口は50人にも満たない山間部に存在する小さな村に、突如として魔物の大群が襲ってきた。
現状では魔物が何処から現れたのかは分からないが、一つだけ言える事は今尚もレナの村は魔物に支配されているという事である。
「村へ行けば全てが分かる、か」
レナは自分の村が存在する方向へ視線を向け、無意識に拳を握り締める力を強めた。正直に言えば今すぐに村へ向かいたいという気持ちはあったが、何の相談もなく世話になった人たちの元を去るわけにもいかず、それにレナ自身も確実に村を魔物達から取り返す自信はなかった。
冒険者となってからレナは着実に力を身に着けている事は間違いなく、キニクやバルの指導のお陰で身体も鍛えられ、以前よりも付与魔法の能力を扱えるようになった。実際にボアや赤毛熊という強敵も倒したが、村を支配する魔物の正体の得体が知れない以上、もう少し入念に敵の情報を調べ、自分自身も成長するために励む事を決めた。
「それにしても……本当にゴブリンをよく見かけるようになったな、この草原」
赤毛熊の騒動以来、イチノ街の近辺の草原にもゴブリンが多数続出したという噂は耳にしていたレナだが、周囲を見渡すと至る場所にゴブリンらしき姿を発見し、不思議に思う。
――だが、後にレナは自分の村を襲った魔物の大群と、イチノ街周辺付近に大量出没するようになったゴブリン達が無関係ではないという事実を知る事になる。
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