第54話 鍛冶師ゴイル
――赤毛熊の襲来から一週間後、レナは冒険者ギルドへ呼び出され、赤毛熊の素材と報酬金を受け取るため、ギルドマスターのキデルに呼び出された。
「君のお陰でこの街は救われた。どうか受け取ってくれ」
「あ、ありがとうございます……でも、こんなに良いんですか?」
「当然の報酬だ。遠慮せずに受け取るんだ」
レナは机の上に置かれた銀貨が大量に入った小袋と、赤毛熊の死骸から剥ぎ取られた毛皮、爪、牙の一部を受け取る。ホブゴブリンの方は残念ながら素材としての価値はゴブリンと同程度らしく、用意されていなかった。
実際の所はホブゴブリンの素材は回収できないほどに損傷が激しく、仲間を殺された兵士達が怒りのあまりに死骸を八つ裂きにした後、怒りを抑えきれずに燃やしてしまったという。なので回収された赤毛熊の素材だけがレナの元に渡される。
「赤毛熊の素材は貴重だから取り扱いには注意した方が良い。新しい装備を作る材料として利用する事を勧めるが、もしも必要ないと判断したらギルドに提供して欲しい。その分に素材の換金は通常よりも上乗せしておこう」
「あ、はい……あの、少し気になったんですけどこれは本当に牙なんですか?まるで金属みたいなんですけど……」
「赤毛熊は他の生物だけではなく、鉱石なども好んで食す。そのせいか、牙や爪は非常に頑強で性質も金属に近い。鍛冶屋に持ち込めば武器の素材としても利用出来るだろう。毛皮の方も防寒性が高く、フードなどに加工すれば寒い場所でもある程度の寒気は耐えられるだろうな」
「そんなに貴重な素材を受け取っていいんですか?」
「当たり前だ。赤毛熊を倒したのは君だからな、むしろ素材の一部しか提供できない事が申し訳ない」
赤毛熊の素材はあまりにも希少のため、ギルド側はレナと交渉した上で素材の一部だけを提供する。魔物の素材の所有権は魔物を倒した人間にあるため、今回の報酬が多いのは事前に素材を換金した金額も含まれていた。なので机の用意した素材はレナが受け取る分だけの量しか用意されていない。
素材を全て換金せずに受け取ったのは理由があり、先日の戦闘でレナは装備を失ってしまう。なので新しい装備を整える必要があるのだが、キニクから助言を受けて赤毛熊の素材を持ち帰るように彼から言われていた。レナは報酬金と素材を受け取ると、頭を下げてギルド長室を後にしようとした。
「ありがとうございました。では、失礼します」
「ああっ……いや、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
立去り際、レナはキデルに呼び止められて振り返ると、キデルは何か言いたげな表情を浮かべたが、しばらくの間は何かを考え込んだキデルは首を振って見送る。
「いや……何でもない、呼び止めてすまなかった」
「はあ……?」
キデルの態度にレナは不思議に思いながらも部屋を退室すると、残されたキデルはため息を吐き出し、自分の机の上に立てかけてある写真立てを見て呟く。
「まさかな……有り得ないか」
写真立てには数人の男女が映し出された写真が収められ、その内の一人の女性の顔を見てレナの顔を思い出したキデルだが、黙って首を振る――
――報酬を受け取ったレナは早速質屋のキニクの元へ訪れると、彼の案内の元で小髭族が計えしている鍛冶屋へ赴く。キニクが冒険者時代は行きつけの店らしいが、街の隅の方にひっそりと建っており、随分と寂れた店だった。
「ここが僕が冒険者の頃によく訪れていた鍛冶屋なんだよ。店は少し古ぼけているけど、店主の腕は確かだよ」
「へえ……でも、閉店の表札が立ってるんですけど」
「大丈夫、中にいるはずさ」
キニクは閉店中という表札が掲げられているにも関わらずに建物の扉を開き、レナも連れて中へ入り込む。
中に入ると黒髪黒髭の小髭族の男性が姿を現し、丁度飯時だったのか大きな肉に齧りつきながら出迎えた。イと比べると随分と年若い小髭族の男性にレナは戸惑う。
「あん?誰だ一体……閉店中の看板を見てねえのか?」
「ゴイルさん、お久しぶりです!!僕です、キニクですよ!!」
「おお、誰かと思えばキニクじゃねえか!!てめえ、久しぶりだな!!1年ぶりぐらいか!?」
「あの……」
「ん?なんだこのガキ……お前の息子か?いや、それにしてはデカすぎるか」
「ゴイルさん、この子は僕の友人のレナ君さ。最近、銀級の冒険者に昇格したばかりの優秀な魔術師なんだ。レナ君、こちらはゴイルさんだ。こんな目立たない場所に店を建てる変わった鍛冶師さんだけど、腕は間違いなくこの街一番だね」
「おい、俺の腕はこの街一番だと?笑わせるな、俺の腕はヒトノ国の中で一番だ!!材料さえ揃えればどんな物でも作ってやるぜ!!」
ゴイルという名前の鍛冶師は金槌を握り締めながら力こぶを作り、キニク曰く相当に腕の良い鍛冶師らしいが、それならばどうしてこんな場所に店を建てたのかレナは不思議に思う。
最もゴイルにも何か事情があるかもしれず、その事には敢えて触れずにレナはこの場所へ訪れた理由を話す。
「ゴイルさん、実は俺に新しい装備を作って欲しいんですけど……お願いできますか?」
「あん?まあ、キニクの紹介なら引き受けてやってもいいけどよ。坊主、お前本当に冒険者なのか?それにしては若すぎるような……」
「彼は正真正銘の冒険者ですよ。ほら、バッジもあるでしょう?」
「……確かに偽物じゃねえな」
レナは銀級に昇格した際に新しく受け取った「銀のバッジ」を見せると、ゴイルは不思議そうな表情を浮かべながらも二人の話を真実だと信じた。
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