第51話 最後の賭け

(……これなら、いけるかもしれない)



迫りくる赤毛熊と片目を抑えたホブゴブリンに視線を向け、レナは右腕を伸ばす。だが、その行為を見ても赤毛熊もホブゴブリンも動じた様子もなく、むしろ馬鹿にしたように鼻を鳴らす。なにしろ今のレナは動く事すらままならず、右腕を伸ばすだけでも限界だった。


それでもレナは最後の攻撃を仕掛けるため、絶対に外さぬように標準を合わせ、闘拳に残された魔力を注ぎ込む。攻撃の好機は一度きり、外せば命はない。だが、ここで抗わなければ死を待つだけである。



(最後の賭け……上手く行け!!)



右拳を赤毛熊の顔面に定めると、レナは目を見開いて闘拳が壊れるぐらいの勢いで重力を増加させ、装着具が外れる程の勢いで放つ。



地属性エンチャント!!」

「ガアッ――!?」

「ギイッ――!?」



正面に向けてレナが伸ばした右腕から闘拳が外れると、紅色の魔力を纏わせながら赤毛熊の顔面に向かう。


装着具が外れた事で解放された闘拳は重力によって加速して赤毛熊の顔面に迫り、強烈な衝撃音が街に響く。



「ブフゥッ……!?」

「ギィアアアッ!?」

「……やった」



あまりの威力に赤毛熊の顔面が陥没し、更に闘拳がめり込んだ状態で赤毛熊の巨体が後方に倒れ込むと、背中にしがみついていたホブゴブリンは赤毛熊の巨体に押しつぶされる。


体重は数百キロを誇る赤毛熊によって押しつぶされたホブゴブリンの悲鳴が街中に響き、それを確認したレナは目の前の光景を見て笑みを浮かべた。


赤毛熊は完全に絶命したらしく、起き上がる様子はなく、ホブゴブリンは必死に赤毛熊から抜け出そうともがくが、自分よりも体格も重量も勝る赤毛熊の死骸を押し返す事も出来ずに惨めに暴れるしかなかった。そして他の人間がそんなみっともない姿を晒すホブゴブリンを許すはずがない。



「こいつ……!!」

「よくも隊長を……仲間を!!」

「殺してやる!!」

「ギギィッ……!?」



先ほどまでは絶望で戦意を失っていた兵士達も、赤毛熊に押し潰されたホブゴブリンの姿を見て怒りの表情を抱き、各々の武器を手にしてホブゴブリンの元へ向かう。


その様子をレナは黙って見つめ、ホブゴブリンは助けを求めるように鳴き叫ぶが、頼みの赤毛熊は既に先に逝っていた。



「死ねぇっ!!」

「くたばれっ!!」

「ゴブリン如きがぁっ!!」

「ギィアアアアアッ――!?」



ホブゴブリンの肉体に次々と刃物が突き刺さり、兵士達を蹂躙していた報いを受けるように、兵士達に抵抗すら出来ずにホブゴブリンは死ぬまで痛めつけられた。その姿を見ていたレナは徐々に意識を失い、やがて気を失った――





――この十数分後、騒ぎを聞きつけた冒険者ギルドで待機していた銀級の冒険者とギルドの職員が駆けつけると、そこには兵士に保護されたレナと、赤毛熊とホブゴブリンの死骸が存在した。一体ここで何が起きたのかとギルドマスターのキデルは兵士達に事情聴取を行い、あろうことか「暴獣」の異名を持つ赤毛熊をレナが一人で倒した事を知って誰もが驚愕した。


幸いというべきかレナの怪我はそれほど深手ではなく、彼の装備していた鎖帷子と闘拳は残念ながら破損してしまった。キデルはすぐにレナを冒険者ギルドへ運び込み、回復薬を使用して治療を行った事で傷跡も完全に塞がり、肉体は完治する。そして倒した赤毛熊とホブゴブリンの死骸も回収を行い、赤蛇の冒険者に確かめてもらったところ、ガオン鉱山に現れた個体で間違いない事が判明する。


警備兵達は自分達を救ってくれたレナに感謝し、かつてレナが村から逃げ延びた時に彼の要望を拒否して村を救う事が出来なかった事を謝罪する。だが、当のレナ本人は国の決定なので警備兵達の事は今は恨んではいない事を告げた。




赤毛熊に備えて近辺の街の防衛のために出向いていた冒険者達も呼び戻され、イチノ街に赤毛熊が現れた事、その赤毛熊を使役するかのようにホブゴブリンも同行していた事、何よりも赤毛熊とホブゴブリンが既にレナの手によって討伐されているという事実を知って全員が驚愕した。


結果から言えば今回の赤毛熊の襲撃で兵士の死傷者は十数名、重傷者は更に数十名、そして長年の間をイチノ街の平和を守り続けていた警備隊長が亡くなってしまう。彼は最後まで勇敢に戦い、散った事を称えられ、街中の住民が悲しみ、冒険者ギルドのキデルも彼の死には嘆いた。




赤毛熊の討伐を果たしたレナは冒険者ギルドから街を防衛したという理由から、自宅謹慎を破って外へ抜け出した事は不問とされ、また今回の手柄を認めてレナは「銀級冒険者」へと昇格した。冒険者になってから僅か一か月半で銀級冒険者に昇格した人間はイチノ街では初であり、レナの名前は一気に知れ渡る。


短期間の間に冒険者となってから「ボア」や「赤毛熊」や「ホブゴブリン」という凶悪の魔物を打ち倒した事で、レナは新人冒険者ではなく、立派な中級冒険者として認められるようになった。

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