第50話 賭け
「まだまだっ!!」
「アガァッ!?」
レナは左拳に付与魔法を発動させると、昇撃を赤毛熊の顎に打ち込み、巨体を後方へ殴り飛ばす。その光景を見た兵士達は唖然とした表情を浮かべ、どう見ても小柄な少年にしか見えないレナが赤毛熊を殴り倒したという事実に理解が追い付かない。
しかし、片目を負傷しながらもホブゴブリンは落とした鉈を拾い上げると、残りの片目を血走らせ、レナに向けて鉈を振り払う。咄嗟に回避に成功したレナだが、そのせいで赤毛熊の追撃を中断される。
「グギィッ!!」
「おっと、このっ……反発!!」
「グギャッ!?」
振り回す鉈に対してレナは左手の掌底を打ち込むと、掌に纏わせた重力によって鉈は弾き返される。武器を失ったホブゴブリンに対してレナは右拳を振り翳すと、赤毛熊が起き上がってレナに噛みつこうとしてきた。
赤毛熊の噛みつきに対して咄嗟に身を躱す事には成功したレナだが、ホブゴブリンと赤毛熊を同時に相手には出来ず、距離を取るために後方へ下がる。その間にもホブゴブリンは赤毛熊の背中に身を隠し、赤毛熊は威嚇を行う様に両腕を広げて待ち構える。
「ガアアアッ!!」
「2対1……厄介だな」
「ギィイッ……!!」
赤毛熊の背中越しに憎々し気に睨みつけてくるホブゴブリンに対してレナは周囲を見渡し、先ほどのビー玉以外に武器になるような物はないかと探していると、足元に倒れている兵士の死体を確認する。もっと早く自分が魔物の鳴き声を聞いて駆けつけていれば死なずに済ませたのにと考えたレナは悔し気な表情を浮かべるが、兵士の傍に落ちている槍を見つける。
左手で槍を拾い上げたレナは赤毛熊に向かい合うと、長物を手にしたレナを警戒したホブゴブリンは赤毛熊の背中に乗り込み、指示を出す。
「グギィッ!!」
「ガウッ……」
ホブゴブリンの命令を受けた赤毛熊は四つん這いになると、ゆっくりと場所を移動してレナとの距離を保つ。その姿を見てレナは本当に別種の魔物同士が協力している事を知り、どうして赤毛熊が自分よりも力の弱いと思われるホブゴブリンに従っているのか不思議に思う。
だが、今は考察を行うとしたらホブゴブリンと赤毛熊の協力関係を見抜く事ではなく、この状況をどう切り抜けるかである。レナは槍を握り締めながら投擲するか、それとも攻撃に利用するか考えた時、不意に地面に落ちている先ほどホブゴブリンが手放した鉈に視線を向けた。
(よし、もう一度だけ賭けてみるしかない!!)
槍を握り締めたレナは鉈が落ちている場所に向けて駆け出し、そのレナの行動にいち早く気付いたホブゴブリンが赤毛熊に指示を出して追撃を命じる。
「ギィアッ!!」
「ガアアッ!!」
「くっ……このぉっ!!」
速度は赤毛熊の方が早いのでレナの背中に迫るが、咄嗟にレナは握り締めていた槍を後ろに構えると、偶然にも刃先が赤毛熊の顔面に突き出され、反射的に赤毛熊は刃を咥えてしまう。
「アガァッ!?」
「ギイッ!?」
一瞬だけ動揺して止まった赤毛熊に対してレナは地面に落ちている鉈を拾い上げると、付与魔法を発動させて赤毛熊の足元へ切りつけた。
「
「ガアアッ!?」
「ギギィッ!?」
「や、やった!!」
初めて赤毛熊の肉体に傷が生まれ、右足の膝の部分に血飛沫が舞う。それを見た兵士達は歓声を上げるが、レナは鉈を今度は胴体部分に振り払う。
「喰らえっ!!」
「ウガァッ……!?」
普通に考えれば鍛えているとはいえ、まだ肉体が未熟なレナの筋力では赤毛熊に傷を負わせられる程の筋力はない。だが、付与魔法の「重力操作」を会得した今のレナならば攻撃の際に武器の重量の増加と方向を変化させる事で赤毛熊の頑丈な毛皮と肉体にも損傷を与えられる。
しかし、普段から使い慣れていない武器を力任せに振りぬいた事が原因でレナは体勢を崩してしまい、転倒してしまう。それを確認したホブゴブリンは即座に赤毛熊に指示を出した。
「うわっ……!?」
「ギギィッ!!」
「ガアアアッ!!」
レナが隙を見せた瞬間、ホブゴブリンは赤毛熊の頭を叩いて攻撃を命じると、即座に赤毛熊は右腕を振り払い、レナの身体を吹き飛ばす。
「ぐああっ!?」
「ああっ!?」
「そ、そんなっ!!」
赤毛熊に吹き飛ばされるレナの姿を見て兵士達は再び絶望に陥り、レナはすぐ傍の建物の壁に叩きつけられてしまう。
鎖帷子を装着していなければ赤毛熊の爪によって貫かれていた事は間違いなく、どうにか命拾いしたが肋骨が何本か折れて全身に激痛が走る。
(くそっ……!?)
全身の痛みを抑えながらレナは顔を上げると、赤毛熊がゆっくりと接近してくる様子を確認した。どうやら先ほどのレナの攻撃で膝と腹部を負傷した事で動作が鈍っているらしい。だが、相手が損傷を受けていたとしてもレナの方が傷が深く、このままでは殺されてしまう。
レナは自分の残された手はないのかと考えると、不意に右腕に違和感を覚えて視線を向ける。すると壁に叩きつけられた衝撃のせいか闘拳の装着部分が緩んでいる事に気付いた。
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