第46話 城門の異変
「よし、今日は一気に3個試してみるかな」
机の上に転がっているビー玉を3個握り締めたレナは付与魔法を発動させ、紅色の魔力で覆い込む。掌に触れた状態ならば複数の物体にも付与魔法を発動する事が出来るのは既に確認済みだった。
ゆっくりと掌を開いてビー玉を掲げると、意識を集中させて重力を操作してビー玉をゆっくりと浮上させる。
「おっ……良い感じ、今日は壊さないようにしないと」
重力操作を利用してレナは数日程前からビー玉を空中で自由自在に動かす訓練を重ね、現在では複数個のビー玉を同時に操作出来るようになっていた。空中に固定させるように停止させたり、あるいは天井付近まで上昇させ、四角形を描くように高速移動も行えるようになった。
最初の頃は力加減が難しく、何度もビー玉を破壊しては怪我をしそうになったが、現在では重力操作も精密に行えるようになり、ビー玉に大きな負荷を与えずに操作する事が出来る。レナの体感的に物体が小さいほど重力操作は楽に行え、逆に大きい物体を操作する場合は難易度が上がる気がした。
「よし、今日は良い感じだな……」
最初は暇潰しに始めた遊びだったが、何時の間にか訓練と称する程に嵌ってしまい、レナは空中を自由自在に動き回るビー玉を見て今の自分ならばもっと大きい物体を操作出来るのではないかと考える。
「重力操作で板か何かを浮かばせてそれに乗って移動とか出来るかな……いや、幾らなんでも無理かな」
板を重力操作で浮上させ、その板を動かして移動する事が出来るのではないかと考えたレナだが、その場合は板が勝手に動くだけでその上に乗るレナは恐らく板が動いた瞬間に落ちてしまうだろう。
ゆっくりとした速度ならば板の上に立ったままでも落ちる事はないだろうが、体勢を保つために集中力を乱せば魔法の効果に影響を及ぼして不慮の事態に陥る可能性が高い。
但し、訓練を続けていけばいつかは重力で移動させた物体に乗れるようになるかもしれず、そのためにはまずは重力の操作を完璧に極めるためにレナは訓練を続ける。毎日欠かさずに訓練を行えればいつの日か自分の考えが実現するかもしれないと考えて訓練を続けた。
「う~ん……飽きた」
だが、何日もビー玉を浮かばせて操作する訓練をずっと続けるだけでは飽きてしまい、もうそろそろ我慢の限界を抱いたレナは宿屋から抜け出して外へ赴く事を決意する。ギルドから自宅待機を命じられているが、部屋の中では碌な鍛錬も行えずに身体が鈍ってしまう。
あくまでも宿屋の敷地内で待機するのならば問題ないと判断したレナは闘拳を装着すると鎖帷子を置いて裏庭の方へ向かう――
――同時刻、イチノ街の南門では間もなく城門を閉じる時刻が近づいてきたため、街に入ろうとする旅人や商団の馬車が列を為して並んでいた。
赤毛熊が出現したと聞いて大きな街の方に避難すれば安全だと判断する人間も多く、他の村から一時的に訪れた人たちも多い。
「皆さんちゃんと並んでください!!城門は全員が入るまで閉じる事はありませんから落ち着いて下さい!!」
「ほら、そこ列から離れないで!!」
「もう魔物に襲われる事はありませんから安心してください!!警備兵の我々が守ります!!」
城門には何台もの馬車や人間が並び、通行手続きを行う間は警備兵が彼等の護衛を行う。最も街の周辺には草原の魔物も近寄る事は滅多に存在せず、実際に周囲には魔物の影さえ存在しない。
「おい、まだ並ぶのか!?」
「いい加減に入れてくれよ!!」
「たくっ……赤毛熊のせいでこっちは商売あがったりだ」
街に入ろうとする人間達は遅々として自分達が街の中に入れない事に不満を抱く者も多く、こうしている間にも赤毛熊が現れるのではないかと不安を抱く人間も多い。そんな彼等を安心させるために兵士達は誘導を行う。
「大丈夫です、ここまで来れば赤毛熊が現れる心配はありませんから!!」
「既に赤毛熊の討伐隊は送り込まれています。ご安心ください!!」
朝から兵士達は街へ訪れる人間達に同じ言葉を何度も口にするが、彼等本人も本当に赤毛熊がこの街に訪れる事はないのか実際には分からない。
だが、人間を捕食した赤毛熊が小さな村を襲う事があるとしても巨大な防壁で守られている大きな街に近付くような真似はしないだろうと考えていた。
徐々に列も進み始め、だいたいの人間が街の中に入ると、最後に残されたのは大きな馬車だった。馬車にはフードで全身を覆い隠した御者が一人乗っており、馬車を引いている馬は何故か息切れが激しく、何かに怯えている様子を見て兵士達が疑問を抱く。
「あの……馬車の方は中の方を確認を行う規則です。問題ありませんか?」
「…………」
「……すいませんが顔の方を見せて貰えますか?」
兵士が恐る恐る御者に話しかけると頷く素振りを行うが言葉を発する様子はなく、不審に思った兵士は顔を晒すように指示を出すと、御者はフードを広げて顔を晒す。
「えっ!?」
「そ、その顔は……お怪我をされたのですか?」
「…………」
御者の正体は顔面を包帯で覆い隠した年配の男性らしく、男性は喋る事が出来ないのか黙って頷き、馬車の中を示す。
警備兵達は顔を見合わせるが、一応は許可を得たので馬車の中を覗き込むと、そこには白い布で覆い隠された巨大な物体が乗っていた。
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