第45話 冒険者が不在の街

――訓練場にて遂に重力の本質に気付く事が出来たはレナは「重撃」の攻撃を完全に扱いこなせるようになった。今までは上から振り下ろすように拳を振るう事しか出来なかったが、完全に重力を操作する方法を身に着けた事により、正面や下からも拳を突き上げるようになった。


但し、重撃の攻撃法は重力を一方向に固定して闘拳の重量を増加させて攻撃を行うため、高い所から落ちた物体が地面に落ちるように直進してしまう。なので攻撃の軌道を途中で変更する事は出来ないとおいう点は変わらない。それでも今まで跳躍を行っては拳を振り下ろすしか出来なかったのに対し、普通に攻撃出来るようになっただけでも大進歩だった。


だが、能力を扱いこなせるようになったレナも現在では外出が禁止されているため、折角覚えた技術も魔物を相手に試す事は出来ない状況だった。冒険者達が赤毛熊の討伐に向かってから翌日、連絡役として訪れた冒険者の報告によると残念ながらガオン鉱山を占拠していたという赤毛熊は既に姿を消していたという。



『採掘場を隈なく探したんですが、残念ながら赤毛熊もゴブリンも既に立ち去っていました。まるで私達が訪れる事を予期していたように姿を消したんです……』



報告役の冒険者によると山村の住民の話に聞いたところ、討伐隊が訪れる前日までは確かに赤毛熊は採掘場を占拠していたようだが、その後の消息は不明で現在は冒険者達が捜索を行っているらしい。


しかし、見つけ出すにしても時間が掛かる事は間違いなく、ガオン鉱山の付近の村に冒険者達が護衛役として配置される。



『バルさんからの伝言は「必ず赤毛熊を見つける」と伝えるように言われましたが、正直に言えば見つけるのは困難かもしれません。ガオン鉱山は周辺にいくつか森が存在しますし、身を隠せるような場所ならいくらでもあります。捜索するにしても時間は掛かると思います』



冒険者の報告を受けたギルドマスターは仕方なく派遣した冒険者達が戻るまでの間、冒険者ギルドの通常業務は一時休止する事を発表した。イチノ街の住民達はこの発表に戸惑い、中には冒険者に護衛や野盗の討伐を頼もうとした人間達は不満を口にしたが、赤毛熊が出現したと発表すると誰も文句は言えなかった。


赤毛熊の登場によって危機感を抱いたのは冒険者だけではなく、イチノ街を守護する警備兵も防衛を固めるため、防壁の警備兵の数を増やし、更に街の外の見回りの巡回も増やす。冒険者程ではないが彼等も普段から魔物に対応した訓練を受けており、街の防衛のために励む。



「ふうっ……暇だな、もうこの本も読み飽きたな」



レナは冒険者ギルドから宿泊している宿屋に待機するように命じられ、赤毛熊の一件が解決するまでは冒険者ギルドへの立ち入りを禁じっられた。


別に前回の訓練場で派手に壁を壊した件で罰せられたわけではなく(ちゃんと付与魔法で壁の修理はした)、しばらくの間は冒険者ギルドは封鎖されるためである。


ギルドの職員も戦闘が出来る物は警備兵と協力して街の防備を固めるために動き、受付嬢のイリナも色々と仕事が忙しく、ここ数日はレナも顔を合わせていない。そもそも冒険者ギルドに立ち寄れないので彼女と出会う機会がないのだが。



「もう一週間も経つのか……赤毛熊の捜索はまだ終わらないのかな」



赤毛熊が発見されてから一週間が経過しても残念ながら進展はなく、未だに討伐されたという報告は届かない。


赤毛熊1匹に対して周辺の街や村が警備体制に入り、現在では冒険者であっても街の外への出入りは禁じられている。



「このまま何時まで宿に閉じこもっていればいいんだろう。お金には余裕があるけど、こうも何もすることがないとな……」



冒険者であるレナも最初は街の防備の強化の手伝いを申し出たが、未成年者であるという理由からか、ギルド側はレナに自宅待機を命じて無暗に外に出ないように注意した。


赤毛熊が現れたのはイチノ街から離れているガオン鉱山にも関わらずに宿屋の外にも出るなというのは少し心配し過ぎのように思えるが、それがギルドからの命令ならばレナは渋々従う。



「イリナさんも他の職員の人達も、俺の事を何時までも子ども扱いするんだな……それは未熟かもしれないけど、それでもちゃんと試験に受かって冒険者になれたのに」



レナは自分の事をまるで子供を保護するように扱う冒険者ギルドに不満を抱きながらも律儀に自宅待機の命を守り、暇つぶしがてらに机の上に置いていたビー玉を持ち上げる。実は自宅待機を言い渡される前、市場に赴いた時に販売されていたのを発見し、子供の頃によく遊んでいた事を思い出して購入した代物だった。


だが、レナがビー玉を購入した真の理由はこの年齢になって玉転がしで遊ぶわけではなく、重力操作の訓練の一環としてビー玉を利用した新しい訓練法を閃いた。その方法とはビー玉に付与魔法を施し、重力を利用して空中で自由自在に操作するという訓練を行う。

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