第44話 重力操作の訓練

イリナと別れた後、レナは試験場として利用されていた訓練場へ入る。普段は鍛錬のために冒険者がよく利用しているが、現在の冒険者ギルドにはレナ以外の冒険者は数名程度しか存在せず、その数名の銀級冒険者も宿舎で待機していた。殆どの冒険者が不在の中、彼等は街で緊急事態が起きた時に動けるように待機している。


だが、銅級のしかも新人冒険者であるレナの場合はある程度の自由な行動が許可され、彼は誰もいない今の内ならば訓練場を自由に使える絶好の機会のため、付与魔法の重力操作を極めるために訓練を開始した。



「よし、この際に遠距離から攻撃する方法も覚えてみようかな」



レナは訓練場に転がっていたダンベルを拾い上げ、付与魔法の力で空中へ浮かばせる。ダンベルその物の重量を増加か軽量化ではなく、あくまでも重力が押しかかる方向を利用して操作を行うのは難しく、傍目から見ればダンベルがふらふらと空中を浮揚しているようにしか見えない。


また、付与魔法の効果時間はあくまでも30秒である事に変わりはなく、空中を浮揚していたダンベルが唐突に落下して床に転がってしまう。それを確認したレナはやはり物体の重量を変化させる事と、重力の方向を変化させる事は難しい事を知る。



「はあっ……ちょっと疲れたな」



少しの間だけダンベルを浮かせただけでレナは疲労感に襲われ、身体が汚れる事も構わずに床に横たわってしまう。


もしもこんな姿をイリナに見られたら叱られるだろうが、何度も訓練しているのに上手く行かない事にレナはため息を吐く。



(んっ、この体勢からだと下に落ちれば壁の方に向かう事になるな……)



仰向けの状態でレナは天井を見上げ、この位置から物体に付与魔法を発動させ、下に移動すれば実際の重力の方向は横向きに放たれる事になる。


試しにレナは床に落ちていた石畳の破片を拾い上げ、指先に収まる程度の破片に付与魔法を施す。



(まあ、どうせ重力を増加したところで地面に落ちるはず……えっ!?)



だが、予想に反して石の破片はレナが手放した瞬間、本当の地面に落ちる事は無く壁の方角に向けて加速し、壁に衝突してしまう。慌てて身体を起きあげたレナは自分が何をしたのかを確かめようと壁に近付くと、そこには石の破片が壁に突き刺さっていた。


本来ならば重力に従って地面に落ちるはずの石畳の破片が壁の方向に向けて移動した事に驚き、自分の手元を見ながらレナは自分自身が何をしたのか理解するのに時間が掛かってしまう。



(え?今、どうやって……もしかして!?)



レナは自分が思い違いをしている事に気付き、慌てて地面に落ちているダンベルを拾い上げると、今度は意識を集中させて壁に視線を向ける。そして準備を整えると付与魔法を発動させ、ダンベルを手放す。



「もしかして……どうだ!?」



壁から1メートルも離れていない距離でレナはダンベルを手放した瞬間、ダンベルは前方に向けて移動し、壁に衝突する。


幸いにも訓練場を取り囲む壁も闘技台と同じく頑丈な石材で構成されているので表面が少し凹んだ程度だったが、ダンベルは地面に落ちる事はなく壁に密着した状態で動かない。


それを確認したレナは自分が今まで思い違いをしていた事を悟り、頭を叩く。今までレナは物体の重量を変化させる事と、重力の方向を変化させる事は別々の行為だと思い込んでいたが、そもそも物体の重量とは重力が押しかかる力の強さを表している。


つまり、重量が大きい物体ほど重力を受ける影響が強い事を意味しており、つまり重量を変化させるという事は、物体が受けている重力を変化させているのだ。



「そうだよ……重量を変化する事と、重力の方向を変化する事は結局同じ事なんだ。今まで俺は重力が下側にしか移動しないと思い込んでいた。だから上手くいかなかったのか……!!」



レナが重撃を発動させる際、必ず上から拳を振りかぶる様に攻撃を行っていたのは腕の筋肉が闘拳の重量に耐え切れいからだった。しかし、冷静に考えれば闘拳の重量が増すという事は「下側」に向けて重力が働いている事を意味する。当たり前の話だが普通の重力は上から下へ押しかかる形で発生している。だが、レナの場合は重力その物を変化させる事が出来るのだ。


この世界の人間は重力という概念を知らず、レナも自分の呼んでいた「重力の勇者」の書物を呼んだ事で重力の事を理解していたつもりだった。しかし、実際の所はレナが理解していたと思い込んでいただけで、まだまだ重力の性質を完璧には理解していたかった事を悟る。



「今までは難しく考えすぎていたんだ……要するにこの壁の方が地面だと思い込んで打ち込めばいい」



壁に掌を押し当てながらレナは闘拳を装着した右拳を構え、これからする行為は下手をしたら壁を破壊してしまうかもしれないが、石材で構成された物ならばレナの付与魔法で元に戻す事は出来た。


レナは壁に左手を押し当てた状態で目を閉じ、自分が壁に手を差し伸ばしているのではなく、壁を地面に見立てて片腕のみの状態で腕立て伏せを行っていると思い込んだ。



(よし……これは壁じゃない、地面だ。だから闘拳の重量を増しても落ちていく方向は「地面(壁)」なんだ)



目を閉じた状態でレナは闘拳に付与魔法を発動させ、最大まで重量を増加させると、自身が地面と思い込んでいる壁に向けて拳を突き出す。


その結果、闘拳は見事に軌道を変更する事もなく壁際にめり込み、強烈な衝撃が壁に走った。



「……や、やった?」



レナは壁にめり込んだ闘拳に視線を向け、見事に上から振り翳す事もなく、正面に向けて攻撃が成功した事を悟る。慌てて壁から闘拳を引き抜くと、亀裂が入ってしまった壁を確認して冷や汗を流すが、遂にレナは重力の方向を変化させる方法を掴む。





※今回の話は少々複雑すぎたかもしれません……(;´・ω・)

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