第37話 ボア
ボアの外見は猪と酷似しているが、牙の大きさが通常の猪よりも大きく、体毛の色も赤茶色である。体躯は成獣の場合は2メートルを軽く超え、その強さはゴブリンやコボルトなど相手にならない。
性格は狂暴で一度狙った獲物は絶対に逃がさず、ボアに遭遇してしまった冒険者はボアを倒すか、殺されるかの二択しかないとさえ言われている。
イリナが話す冒険者達は運よくボアに見つかる前に身を隠した事で戦闘は避けられたが、慌てて彼等は冒険者ギルドへ引き返して報告を行う。しかし、銀級の冒険者が集団で森の中を捜索したが、ボアが残っていた痕跡は見つかったが姿は発見できなかったという。
既にボアは森から抜け出したのか、あるいは他の魔物に殺されてしまったのかは不明だが、後者の場合は死骸さえも発見されていないので考えにくく、ギルドはボアが森から離れたと判断した。
「少し前に騒ぎになったボアの事だね、だけど調査の結果によればあの森にはもういないんだろう?なら気にする事はないじゃないかい」
「それはそうなんですけど……でも、あの子が薬草採取に向かうとしたらあの森である可能性が高いんですよね。だって、他に薬草が取れる地域なんてこの近くにはありませんし……」
「考えすぎなんだよあんたは、そんなにあの坊主が気になるのかい?可愛い顔をしていたからね」
「そ、そんなんじゃありません!!」
バルにからかわれたイリナは頬を赤くして否定するが、彼女の不安は完全には払拭出来ず、どうかレナが無事にかえってくる事を祈る――
――その一方、イリナに心配されているとはつゆ知らずにレナは背中に籠を抱えて森の中に生えている野草をかたっぱしから回収し、楽し気に森の中を歩き回っていた。
「あ、オレオンの実だ。これも持って帰ろう。あ、あそこに生えているのシロキノコ?鍋に入れると美味しいんだよねこれ、じーじの好物だったし……」
目的の満月草以外にも発見した果物やキノコや野草を次々と籠の中に放り込み、レナは子供の頃にカイと共に山の中で山菜を探していた事を思い出す。持ち帰った山菜をミレイに料理して貰い、美味しく食べた思い出に浸りながらどんどんと森の奥へ進んでしまう。
採取を始めてからかなりの時間が経過しているが、この森に訪れた本来の目的も忘れてはおらず、しっかりと薬草の方も探しながら森の中を進んでいると、目当ての物も見つけ出す。
「あ、これって……やっぱり、満月草だ!!これで全部揃ったかな……あれ、ここ何処だ?」
当初の目的も忘れずに依頼書に指定された数の満月草の採取を行った後、ここでやっとレナは自分が知らず知らずに随分と森の奥まで歩いていた事に気づく。
慌ててレナは太陽の位置を確認すると、日が傾いてもうすぐ夕方を迎えそうな時間帯に入っている事を知る。
「うわ、しまった……野草を集めるのに夢中になり過ぎた。けど、何かおかしいな。こんなに森の中を歩いているのに1匹も魔物と遭遇しないなんて……変だな」
ここまで道中でレナは森の中で魔物の姿を一度も確認しておらず、このような森の中ならば一角兎のような小型の魔物が生息していてもおかしくはないはずだが、一角兎どころか小動物の姿も見かけていない。
嫌な予感を覚えたレナは早々に引き返す事にした。暗くなると道に迷う恐れがあるため、急いで街へ引き返すためにレナは移動する。
「不味いな、キニクさんにあんなに注意されたのにこんな場所まで来るなんて……夕暮れ前に戻れるといいけど」
自分の行動に反省しながらもレナは足を止めず、森を抜け出すために駆け抜ける途中、不意に強烈な獣臭を感じ取ったレナは立ち止まった。
嫌な予感を覚えたレナは恐る恐る背後を振り返ると、茂みの方から巨大な赤茶色の物体が姿を現す光景が映し出され、レナの前に巨大な猪が出現した。
「ブフゥウウッ……!!」
「あっ……!?」
巨大猪を前にしたレナは呆気に取られ、相手が普通の猪ではない事を悟る。過去に一度だけ、カイが仕留めた魔獣の事を思い出し、即座にレナは猪の正体が「ボア」と呼ばれる魔物だと見抜く。
(ど、どうしてこんな森の中にボアが!?爺ちゃんの話では山にしか生息しないはずじゃ……)
唐突に現れたボアに対してレナは激しく混乱を起こし、一方でボアの方はレナに視線を向けたまま動かず、鼻息を鳴らしながら観察を行う。そして自分の縄張りを犯した侵入者と認識したボアはレナに向けて鳴き声を上げた。
「プギィイイイッ!!」
「っ……!!」
咆哮を放つボアに対してレナは咄嗟に逃げようとしたが、カイの教えを立ち止まる。ボアは獲物を決して逃さず、何処までも執拗に追跡してくる相手だとレナは教わっており、ここで逃げたとしてもボアは何処までも自分を追いかけてくる事を悟る。
カイの教えを思い出したレナは背中の籠を放り投げると、正面に対峙するボアに視線を向け、相手が動く前に先に行動を移った。まずは敵の意表を突いて隙を作り出すため、レナは付与魔法を発動させてボアの足元土砂を操作して隙を作ろうとした。
「沈め!!」
「プギィッ!?」
レナが右手を地面に押し付けて「地属性」の魔法を発動した瞬間、ボアの足元の地面が蠢き、まるで泥のように変化して四肢を飲み込む。
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