第36話 草原へ

「ここが外の世界か……何度か防壁の上から見た事はあるけど、本当にずっと草原が広がっているんだ」



イチノ街は周囲が草原に囲まれた場所に存在し、周辺には小さな村がいくつか存在する。最も住んでいる人間の数は20~30人にしか満たず、宿屋などがある村は殆どない。


ここから馬で何時間も移動した場所にレナが暮らしていた山村が存在するが、残念ながら今は戻る事は出来ない。



(噂によると、あの村はもうゴブリンの巣窟と化しているらしいけど……必ず取り戻して見せる)



ダリルから聞いた話ではヒトノ国から放置されたレナの住んでいた村はゴブリンによって完全に支配され、現在は魔物の巣窟として誰も近寄らないらしい。


だが、元々人が訪れる事が少ない村だったのでヒトノ国は未だに村を取り返す様子はなく、事実上にあの村は見捨てられてしまった。


住民がレナ以外に生き残っていたのなら討伐隊が派遣されたかもしれないが、既に3年も経過した今となっては誰もがあの村の事を忘れていた。それでもレナは諦めるつもりはなく、必ず冒険者として実力を身に着け、村を取り返す決意を改めて抱く。



(冒険者になる事は出来た。確実に一歩は前に進んでいる……なら、次の目標は等級を上げてもっとこう難易度の依頼を引き受けられるようにならないと)



明確な目標を抱いていた方が意欲も高まると判断したレナは自分のバッジを確認し、依頼を果たして評価点を集めて銀級を目指す事を決意した。どうして等級を上げる必要があるのかというと、掲示板を確認した限りでは高額の報酬金額の依頼の殆ど銅級冒険者では受けられないからである。


レナが冒険者を志したのは自身が強くなるためであり、冒険者になれば他の強い冒険者と交流する機会にも恵まれ、指導を受けられる可能性も高い。他にも冒険者の魔物の討伐系の依頼をこなしていけば魔物lとの実戦経験も積むことが出来る。いくら訓練しようと実戦で役立たなければ意味はない。


それと同時に生活の収入源として冒険者の仕事を果たさなければならず、仕事を行いながら自分を磨き、同時にお金も稼ぐ。正に強くなりたいレナにとっては冒険者以上に適した職業など存在せず、まずは等級を昇格してもっとこう難易度の依頼を引き受けられるように頑張るつもりだった。



「キニクさんの話だとそんなに遠くないらしいけど、日が暮れる前に帰るように気を付けないと……それに草原にはコボルトが現れるらしいから気を付けないと」



草原地方には「コボルト」と呼ばれる魔物が多数生息し、このコボルトはゴブリンよりも危険な魔物として認識され、外見は狼と人間が合わさったような姿をしている。基本的にはゴブリンと同様に集団で行動を行い、鋭い嗅覚に鋭利な牙と爪を持つ厄介な魔物である。


討伐したとしても碌な素材が回収出来ないゴブリンと違い、コボルトの毛皮や牙や爪はそれなりに高く買い取ってくれるという。毛皮は毛布や防寒具の素材として利用され、牙や爪に関しては装飾品の類として利用される事が多い。


ちなみにゴブリンの場合は皮膚も牙も爪も黴菌が湧きやすいので素材としての価値はなく、唯一ゴブリンの骨に関しては薪のように燃えやすいので素材として取引されていた。



「こんなに見晴らしのいい草原に魔物が隠れているとは思えないけど……でも、油断は出来ないな。慎重に進まないと」



周囲を見た限りでは魔物らしき姿は見当たらず、それでも油断せずに何時でも襲われた時に対処するために闘拳は装備する。


レナが未だに片腕の闘拳しか身に着けないのは理由があり、左手に何も装備しないのは如何なる場合でも「反発」の防御法を発動出来るように常に何も身に着けないように心がけていた。


重力を利用して相手の攻撃を跳ね返す「反発」は素手の状態でしか扱えず、発動させるのに準備が掛かってしまうが、今のレナの防御法はこれしか存在しない。なので基本的には闘拳を装着した右手で攻撃を行い、左手は盾のように構えて戦闘する事を心掛けている。


この戦闘方法は剣闘士のキニクから教わり、彼も同じように戦闘時には右手で剣、左手に盾を装備して対処していたという。



「あ、見えてきた。あの森かな?キニクさんの話だと危険な魔物は住んでいないらしいけど……」



歩いている間に遂に森を発見したレナは急ぎ足で向かい、日が暮れる前に指定分の薬草を採取するため、森の中へ入り込む――





――その一方、冒険者ギルドの方では受付嬢のイリナが困った表情を浮かべ、レナから受け取った依頼書を見つめて心配していた。



「はあっ……」

「おいおい、何度目の溜息をしてんだいあんた?そんなにあの坊主の事が気になるのかい?」

「あ、バルさん……また昼間からお酒ですか?」



話しかけられた受付嬢は顔を上げると、そこにはジョッキを片手にしたバルが立っている事に気付き、彼女の言葉を聞いて当たり前だとばかりに頷く。



「あの子、本当に冒険者にして良かったのかなと思って……」

「大丈夫だって、あいつの実力は確かだよ。それに薬草を見分ける知識もあるんだし、冒険者としての素質はあるさ」

「それはそうなんですけど……でも、そういえばあの子は何処で薬草を取れるか知ってるんですかね?」

「ん?どういう意味だい?」

「いえ、実はちょっと気になる事があって……少し前に薬草採取の依頼を引き受けた冒険者から話を聞いたんですけど、実は南部の方に存在する森の奥でボアを発見したという報告を受けたんです」

「ボア?あいつらは山にしか住み着かない魔獣じゃなかったのか?」

「分かりません、縄張り争いに敗れた個体が森の中に住み着いた可能性がありますが……」



二人が話す「ボア」とは猪型の魔獣であり、その強さはゴブリンやコボルトの比ではなく、銀級の冒険者でも油断すれば命を落としかねない危険な魔獣だった。

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