第32話 重撃と反発

「はっ……思ったよりもやるじゃないかい!!たった一か月でよくここまで戦えるようになったね!!」

「素晴らしい指導者に会えましたから!!」

「なるほど、余程良い師匠に出会えたようだね。なら、こっちもちょいとばかり本気を出すよ!!」

「最初に手加減しないといってたくせに……うわっ!?」



レナの思いもよらぬ成長ぶりを思い知らされたバルは笑顔を浮かべ、今度は右腕だけではなく、左腕も振り回し始める。


この時にレナはある事実に気付き、それは前回の試験の時はバルの方から攻撃を仕掛ける際は常に右腕しか使わなかった。そのお陰で右腕にさえ注意しておけば防御も回避もそれほど難しくはなかった。


しかし、最初の試験の時は相手が子供だからと油断していたバルだが、今回はレナの実力を認めて最初から両腕を使用してバルは攻撃を仕掛けてきた。



「ほら、まだ時間は十分残ってるよ!!」

「くうっ!?」



両腕を使用して殴りつけてくるバルに対してレナは檻の中で逃げ惑い、時間を稼ごうとした。だが、一流の冒険者であるバルはレナの魂胆を掴み、身軽なフットワークで追い込む。



「ほらほら、逃げてばかりじゃつまらないだろう!?そらっ!!」

「くっ……負けるかっ!!」



遂にバルの攻撃がレナの頬を掠め、皮膚が切れて血が滴り落ちる。もしもまともに受ければ鎖帷子を装備している胴体に攻撃を受けたとしても無事では済まず、前回の時の様に気絶してしまうかもしれない。


しかし、レナもこの一か月の間に回避と防御の訓練はみっちりとキニクから指導を受けており、冷静にバルの動作を確認して相手の攻撃を予測し、時には反撃を繰り出す。小柄な体を逆に生かして相手の懐へ飛び込み、レナは闘拳を纏った拳を放つ。



「だああっ!!」

「ふんっ!!」



拳がバルの腹部に的中し、衝突する寸前に重力操作で威力を増した一撃を食らわせたはずだが、バルは腹筋に力を込めてレナの攻撃を堪える。


格闘家の称号を持つ彼女の肉体はまるで鋼鉄の様に硬く、攻撃を仕掛けた方のレナが手首を痛めて引き下がってしまう。



「くっ……!?」

「さっきは油断したけどね、別に攻撃が来ることが分かっていればあんたの拳なんて効かないんだよ!!格闘家の耐久力を舐めんじゃないよ!!」

「うわっ!?」



僅かに眉をしかめながらもバルはレナの身体を掴むと、そのまま鉄柵の方に押し込み、首元を掴む。あまりの握力にレナは意識を失いかけるが、意地でも勝つためにバルの指を掴む。



「ぐぎぎっ……!?」

「さあ、降参しな。今回はよく頑張ったよあんたは……だけど、ここまでさ」



降参を促すバルに対してレナは歯を食いしばり、ここまで来たのに敗北を認められるはずがなく、どうにか脱出の手段を探す。魔法の力でバルの右手を引き剥がす事を考えたが、ここでレナの脳裏にカイの姿が思い浮かび、彼と山へ赴いた時にゴブリンと遭遇したことを何故か思い出す。


3体のゴブリンに取り囲まれた時、カイは意表を突く方法でゴブリン達の隙を作り出すと、その一瞬の隙を逃さずに反撃を繰り出して撃退した。その事を思い出したレナは右手の闘拳に視線を向け、一か八かの賭けに出た。



「がああっ!?」

「あん?何の真似だい?」



闘拳の装着具を外したレナは外れかけた闘拳を握り締めると、バルの足元に視線を向け、重力操作を行って闘拳の重量を増加させると彼女の左足の爪先に向けて放り投げる。


通常時の数倍、下手をしたら十倍近くの重量を持つ闘拳がバルの足の爪先に的中し、流石の彼女も悲鳴をあげた。



「いっ……でぇえええっ!?」

「ぶはぁっ!!」

「ええっ!?」

「バルさんが悲鳴を!?」



あまりの激痛にバルはレナを手放してしまい、爪先を両手で抑えて悶絶してしまう。その間に解放されたレナは喉を抑えながらも闘拳を回収し、バルと距離を取る。彼女は涙目で左足の爪先を抑えながらレナに怒鳴りつける。



「お、お前……なんて真似を、これ絶対に折れたじゃないかい!!」

「まだまだ!!」



爪先を抑えたまま動かないバルに対してレナは左手を翳すと、魔力を集中させて彼女の身体を弾き飛ばすために突き出す。



「反発!!」

「ぐああっ!?」

「嘘っ!?」

「ふ、吹き飛ばされた!?」



先ほどは防御に使用した「反発」を攻撃に利用し、重力を利用してバルの肉体を吹き飛ばす。


反発の性質は重力を外部に放出するため、相手の攻撃を重力で跳ね返すだけではなく、場合によっては攻撃に利用する事も出来た。傍から見ればレナの左手から衝撃波のような物が放たれてバルの身体が吹き飛んだようにしか見えず、職員達は驚愕の声を上げる。


ここが勝負時だと判断したレナは闘拳を再び装着すると、吹き飛ばされた際に仰向けに倒れたバルに向けて駆け出し、彼女が起き上がる前に覆いかぶさる。自分の身体に乗り込んできたレナに対してバルは驚いた表情を浮かべ、咄嗟に引き剥がそうとした。



「こ、このガキ!!女を押し倒すなんて3年早いよ!!」

「大丈夫です、俺の好みは1、2才年上の女性なんで!!」

「どういう意味だい!!ぶっ飛ばすよこのガキ!?」



バルは自分の上に跨るレナを払い除けようとしたが、その前にレナは右腕を振り翳し、重力操作で再び闘拳の重量を増加させた状態でバルの腹部を狙う。


剣闘士のキニクとの組手で開発した二つ目の攻撃方法であり、レナは上から拳を振り下ろすように撃ち抜く。



「重撃!!」

「ぎゃああっ!?」

『えええええっ!?』



レナの拳が腹部に激突した瞬間、闘技台にバルの悲鳴が響き渡り、確実に彼女の肋骨が何本か折れる音が鳴り響いた。

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