第31話 一か月の成果

「再試験を受ける人間の場合、一次試験は免除される規約があってね。あんたが受けるのは筆記試験と試験官との対戦試験だけさ。つまり、最初からあたしが相手をしてやるよ」

「そうなんですか?」

「ああ、それと今回は闘技台を取り囲むのは金網から鉄柵に変わっているよ。つまり、お互いに外へ抜け出す事は絶対に出来なくなったわけだね」



前回の試験の反省を生かしたのか、闘技台を取り囲む金網は撤去され、代わりに頑丈そうな鉄柵が取り付けられていた。ギルドの職員達も流石に試験の度に何度も金網を破られるのは懲りたらしく、バルの要求を受けて取り換えたらしい。


鉄柵に触れたレナは前回の金網の時以上に試合場が隔離されている事を意識し、逃げ場がない事を嫌でも思い知らされる。しかし、今回の場合はレナは逃げるつもりな毛頭なく、キニクとの厳しい訓練の日々を思い出して覚悟を決めた。



「さあ、準備はいいなら試験を始めるよ。外で待機している奴等が砂時計で5分を計っている。職員が制限時間の終了の合図をするまでにあんたが気絶したり、降参しなかったら勝利さ」

「はい!!」

「……見た所、一か月の間にそれなりに鍛えたようだけど今回はあたしも手加減はしてやれないよ。覚悟しな!!」



レナの恰好を見て前回の反省を生かして装備を整えた事を確認すると、バルは両拳を叩きつける。生身の拳同士が衝突したとは思えない音が鳴り響き、レナは緊張しながらもキニクとの訓練の日々を思い出して闘拳を右手に装着した。


魔術師でありながら格闘家が愛用する武器を取り出した事にバルは拍子抜けしたような声を上げる。普通の魔術師ならば杖の類を装備するはずなのだが、よりにもよって最も相性が悪い武器を取り出した事に疑問を抱く。



「ん?何だいあんた、魔術師の癖に闘拳なんか身に着けるのかい?しかも右手だけって……あたしの事を舐めているんじゃないだろうね」

「まさか、そんな事はありません。それに舐めているのは貴女の方だと思います」

「……前の時と比べると生意気になったね。いいだろう、それなら最初からあたしの戦技を食らわせてやるよ」



バルはレナの言葉を挑発と受け取り、彼女は右腕を振り回して戦技を発動させる準備を整える。まだ合図はされていないので攻撃を仕掛ける様子はないが、その前にレナは準備を整える。



「#地属性__エンチャント__#」

「ん!?何だいそりゃ……それがあんたの魔法かい?」



闘拳に紅色の魔力が纏うとバルは驚いた表情を浮かべ、すぐに興味深そうにレナの右腕視線を向ける。前回の反省を生かして魔法の力を出し惜しみせず、レナも最初から全力で挑むために両手に魔力を集中させた。



(あの時とは違うんだ……必ず合格する!!)



付与魔法の準備を整えたレナはギルドの職員に頷くと、職員はそれを見て試合開始の承諾と判断し、砂時計を倒して開始の合図を行う。



「では……試験開始!!」

「行くよ!!死にたくなければ防御に専念しな!!」



バルは開始の合図と同時に飛び込むと、右腕を振り翳して戦技「拳打」を発動させた。この戦技は格闘家ならば最初に覚える基本の拳技だが、基本だからこそ最も使用頻度が多く、無駄な動きがない。


前回は付与魔法の力でさえも完全には防ぎきれずに気絶に追い込まれたレナだが、今回は事前に準備を整え、魔法の力を付与させた右手の闘拳――ではなく左手を伸ばして迫りくる拳を受け止めた。



「反発!!」

「何っ!?」

『ええっ!?』



左手に魔力を込めた状態でレナは突き出すと、バルが降りぬいた拳を正面から受け止め、今回は衝撃を完全に押し返す程の重力で弾き返す。


前回の時は両手を使っても防げなかったが攻撃を今回は片手で弾き返したレナの姿を見てバルも職員も呆気に取られた。




――実を言えば前回のバルの攻撃をレナが塞ぎきれなかったのは単純に防御に専念できず、中途半端な魔力で付与魔法を発動させていた事が原因だった。バルの攻撃力を数字で表すならば「100」に対し、前回のレナの場合は両手に回した魔力は「80」程度しかなかった。




前回防ぎきれなかった原因は彼女の攻撃に反応が遅れ、防御に回す魔力の量が足りなかった事が敗因だろう。しかし、今回は試験が開始される前にバルが事前に攻撃の宣言し、更に魔力を集中させる時間が存在した。


なのでレナは敢えて右手の闘拳にバルの注意を引くために付与魔法を発動させた後、彼女に気付かれぬように実は左手の方に多く魔力を回す。


数字で表すならば右手の闘拳に流し込んだ魔力が「50」に対して左手に纏わせた魔力は「150」結果としてバルの攻撃力を上回る数字の魔力を左手に流し込み、見事に攻撃を受けて跳ね返す事に成功。この攻撃を跳ね返す防御法をレナはキニクとの鍛錬で編み出し、名前を「反発」と名付ける。



「くっ……中々やるじゃないかい」

「まだまだ!!」



身体を鉄柵まで吹き飛ばされたバルは手首を抑えながらも体勢を持ちなおそうとしたが、隙を与えずにレナはバルの元へ踏み込み、今度は右手の闘拳を振り翳す。



「せいりゃあっ!!」

「こんな攻撃……うおっ!?」

「ば、バルさん!?」

「嘘っ!?」

「そんな馬鹿な!?」



小柄で未熟なレナから繰り出される攻撃など防げると判断したバルだが、闘拳を身に着けた拳を左腕で受け止めた瞬間、予想外の「重い」一撃を受けて彼女の身体がふらつく。まだ未成年の子供が繰り出したとは思えぬ程の拳の重さにバルは戸惑い、それを見て居た職員達も騒ぐ。


レナは攻撃を与えると深追いはせずに後方に下がり、距離を取ってバルとの間合いを計る。調子に乗って追撃を加えていたら彼女に反撃の好機を与えてしまうため、制限時間まで何とか逃げ延びるためにレナは慎重に動く。

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