第20話 圧倒的な実力差

「さあ、行くよ。準備が出来たら合図しな!!」

「ちょ、待ってください!?」

「観念しな!!対人戦も経験していないような奴に冒険者は任せられないんだよ!!」

「えええっ!?」



開始の合図も待たずにバルは拳を振り翳すと、彼女はレナに目掛けて右腕を突き出す。咄嗟にレナは両手を交差して防ごうとしたが、寸前で嫌な予感を覚えて身体を伏せる。



「どらぁっ!!」

「うわぁっ!?」



次の瞬間、バルが振り翳した拳は鉄製の金網を突き抜け、それを見たレナは慌てて距離を取る。試験場として選ばれた以上、この闘技台は魔物が逃げ出さないように四方を取り囲む金網も頑丈である事は間違いない。


だが、金網から腕を引き抜いたバルの肉体には傷一つ存在せず、それどころか引き抜く際に金網を引きちぎってしまう。


腕を貫通した時点で普通ならば針金が食い込んでいてもおかしくはないのだが、まるで鋼鉄のように頑丈な筋肉のせいか、バルの腕は傷一つない。彼女は自分が壊した金網に視線を向けて頭を掻き、呆れた表情を浮かべる。



「あ~あ、また破れちまったよ。たく、だからあれほど金網なんかじゃなくて鉄柵を取り付けろと言ってやったのにね」

「無茶言わないでくださいよ!!だいたい、バルさんの場合は本気で殴れば鉄柵だってぶっ壊しちゃうじゃないですか!?」

「毎回修理しているのは私達なんですよ!?少しは手加減してください!!」



バルの言葉に職員達は頭を抱え、悲し気な表情で破られた金網に視線を向けて嘆く。その様子を見てレナは非常に焦りを抱き、その気になればバルは鋼鉄製の柵さえ破壊する力を持つ事を知る。


少なくとも力が弱いとはいえ、油断すれば大人でも命が危うい一角兎が突破できなかった金網をバルは簡単に打ち破れる力を持っていた。



「さてと、今度は逃がさないよ。いいかい、死にたくなかった避けるか防ぐか行動しな!!」

「ちょっ……待って!?」

「待つわけないだろ!!これが実戦なんだよ!!」



右腕を振り回しながらバルは再びレナに目掛けて腕を振り翳し、拳を振りぬく。レナは背後に逃げようとしたが、何時の間にか自分が闘技台の隅に追い込まれている事に気付き、逃げる事は出来ないと知る。


冗談抜きで命の危機を感じたレナは咄嗟に両手を重ね合わせ、突き出された拳を受け止めるために構えた。その彼の行為にバルは驚いた表情を浮かべたが、今更攻撃を止める事は出来ず、彼女の拳はレナの両手に衝突する瞬間、掌に紅色の魔力が滲む。



「ぐうっ!?」

「うおっ!?」

『ええっ!?』



拳が衝突した瞬間、何故かバルの身体は弾かれたように後ろへ下がり、受け止めたレナも金網に背中を強打した。一体何が起きたのか見学していたギルドの職員達にも分からず、二人の手が触れ合った瞬間にお互いが後方へ吹き飛んだように見えた。



「……何だい、今のは?」

「つうっ……なんて馬鹿力……本当に殺す気ですか!?」



バルは一瞬感じた自分の拳の感触に違和感を覚え、その一方でレナは魔法の力で彼女の攻撃を跳ね返す事には成功したが、予想以上の衝撃を受けて両手と背中を痛めてしまう。


咄嗟に「地属性」の魔法を利用して彼女の攻撃を跳ね返す事には成功したが、咄嗟の行動だったせいで完全には衝撃を跳ね返す事が出来なかった。




――レナが扱う「地属性」の魔法の本質は「重力」であり、この性質を利用してレナは地面の土砂を操作する事や、手元の重力を操作する事で通常ならば有り得ない超重量の持ち物を運ぶ事も出来る。


今回の場合はレナは手元の重力を操作してバルが突き出した拳を跳ね返すそうと彼女が繰り出した拳とは反対方向に重力を発生させた。




結果的にはバルの拳を跳ね返す事には成功したが、完全には彼女の攻撃を重力で押し返す事は出来ず、拳の衝撃がレナの身体に襲い掛かる。


つまり、バルの繰り出した拳の威力がレナの生み出した重力よりも少しだけ勝った事で衝撃を完全に殺しきれずに肉体に襲いかかった事になる。



(防御するための魔力が足りなかったんだ……次はもっと魔力を込めて防がないと)



身体の痛みを抑えながらレナはバルと向き直ると、彼女は不思議そうな表情を浮かべながら掌を確認していた。だが、考えても分からなかったのか彼女は気を取り直したように右腕を振り回す。



「なるほどね、あんたまだ何か隠してたんだね。さっき、一角兎が急に転んだ時も何かしていたようだしね」

「……気づいてたんですか?」

「まあね、冒険者の観察力を舐めるんじゃないよ。それはそうとあたしの拳を受け止めようとする奴なんて久しぶりだね……誤って本気を出しそうになるよ」

「ば、バルさん!?暴れるのは止めてくださいよ!!」

「相手は子供なんですから!!」



バルの言葉にギルドの職員達は慌てふためくが、バルはそんな彼等の言葉が聞こえていないように右拳を握り締め、レナに忠告する。



「気が変わったよ。あんたみたいなガキに舐められちゃ困るからね、少しばかりこっちも本気でやらせてもらうよ」

「えっ!?別に舐めたつもりは……」

「いいからあんたも構えな!!今度はしっかり防がないと本気で死んじまうかもしれないからね!!」



レナはバルの言葉を聞いて慌てて両手を重ねると、彼女は集中するように軽く息を吐き、右腕の筋肉の血管が浮き上がらせると、大声で怒鳴りつける。



「見ておきな、これが格闘家の「戦技」だよ!!」

「戦技……!?」



戦技という言葉を耳にしたレナは危険を感じ取り、先ほどのように彼女の攻撃を防ぐ為に紅色の魔力を掌に滲ませたが、バルが拳を振りぬいた瞬間に闘技台に強烈な衝撃音が鳴り響き、レナの身体が金網を突き抜けていた――

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