第13話 生き残れ

(死にたくない……生きたい!!)



絶望的な状況の中、レナの中に生への欲求が芽生え、意思を取り戻した肉体が最初に行動したのは地面に掌を押し当てる事だった。


ゴブリン達から見ればレナは地面にただ突っ伏しているようにしか見えないが、それが功を奏してレナの行動を読み取る事が出来ずに止まってしまう。



「う、があああああああっ!!」

『ギィッ……!?』



レナは獣の咆哮のように大声を張り上げると、接近してきたゴブリン達はレナの行動に戸惑い、歩みを止めてしまう。


養父の教えの「相手の注意を引く」という行為を実践したレナはゴブリンが呆気に取られている中、掌に魔力を滲ませて魔法を発動させる。



地属性エンチャント!!」

「ギギィッ!?」

「ギィアッ!?」

「ギイイッ!?」



魔法を発動させた瞬間、地面の土砂がレナを中心に渦巻のように蠢き、取り囲んでいたゴブリン達は体勢を崩して転倒する。


渦を描くように流動する土砂にゴブリン達は身体を飲み込まれ、必死に抜け出そうともがくが泥のようにからみつく土砂を跳ね返す力はゴブリン達にはなかった。


ゴブリン達が体勢を崩した隙を逃さずにレナは立ち上がると、ゴブリンの1匹が手放した鍬を拾い上げて動けないゴブリンに振り下ろそうとしたが、寸前で思い直す。



「くそっ!!」

「ギィッ……!?」



ここでゴブリンに攻撃を仕掛けたとしても全てのゴブリンに止めを刺す余裕などなく、攻撃を行っている最中に他のゴブリンが泥から抜け出して襲い掛かる可能性が高い。


止めを刺す事が出来ないのであればレナはゴブリン達が動けない隙に逃げ出し、真っ先に自分の家へ向かう。



「じーじ、ばーば、皆……!!」



移動の際中にレナは何度かゴブリンと遭遇したが、それらを無視して自分の家に向かい、養父と養母を探す。途中で何人もの村人の死体を貪るゴブリンの姿を見かけたが、レナは歯を食いしばりながら先を急ぐ。



「ギッギッギッ!!」

「ギィイイッ!!」

「くそっ……くそぉっ……!!」



いつも世話になっていた村人達の死体を食い漁るゴブリンの姿を見てレナは怒りと悲しみと自分の無力感を抱き、必死に涙を堪えながら生きている人を探す。だが、殆どの建物は炎に飲み込まれ、道端には何人もの村人と思われる焼死体が転がり、ゴブリン達が死体を食い漁っていた。


かつてレナはカイから人間の味を覚えた魔物は執拗に人間を狙う様になり、時と場合によっては大勢の人々が暮らす場所であろうと躊躇なく襲い掛かってくるという話を思い出す。


そして村人の死骸を食い荒らすゴブリン達は全員が例外なく人間の衣服をまとい、その誰もが見慣れない衣装である事に気付いたレナは村を襲ったゴブリン達は別の場所から訪れた「人食い」ではないかと考える。



(こいつら、何処から来たんだ?いや、今はそれよりも二人を探さないと!!)



知り合いの村人の死体を食い漁るゴブリンを何とかしたいという気持ちはあったが、レナ一人だけでは村を襲ったゴブリンを全て始末出来るはずがなく、魔法の力を使って逃げ延びるのが精いっぱいだった。


どうにかレナはゴブリンの追跡を振り払い、自分の家の前まで辿り着くと、その変わり果てた家の光景に膝を崩す。


既にレナの家も他の建物と同様に火災に襲われていた。家の中にはレナ達の帰りを待つミレイが存在したはずだが、彼女の姿を探してレナは燃え盛る建物の中に飛び込もうとする。



「そんなっ……じーじ、ばーば!!何処に居るの!?ねえっ……うわっ!?」



だが、燃え盛る建物はレナが近づこうとした瞬間、建物が崩れてしまい、完全に崩壊してしまう。最早、原型さえ留めていない自分の家を見てレナは呆然と見つめる事しか出来なかった。



「う、ううっ……何で、こんなっ……!!」

「れ、レナぁっ……!!」

「えっ!?」



しかし、絶望に陥りかけたレナの背後から聞き慣れた声が聞こえ、驚いて振り返るとそこには片腕に血を流しながらも手斧を握り締めるカイの姿が存在した。


彼の姿を見てレナは歓喜の表情を浮かべ、急いでカイの元へ駆けつけようとした時、カイは手斧を握り締めながら叫ぶ。



「レナ、逃げるんだ!!」

「えっ……じ、じーじ!?」

「お前だけでも生き延びろ……早く行け!!」

『ギィイイイッ!!』



カイに駆けつけようとしたレナの耳元に無数のゴブリンの鳴き声が響き、この場所に目掛けて大勢のゴブリンが接近している事に気付く。カイはレナを守るために片腕のみで手斧を握り締め、レナに背中を見せる。



「走れ!!レナ、生き残れ!!」

「じ、じーじ……」

「行け!!早く、行けぇえええっ!!」



レナに向けてカイは怒鳴りつけると、迫りくるゴブリンの大群に対して手斧を振り翳し、最愛の自分の息子を守るために戦う。


その姿を見たレナは歯を食いしばり、最後の光景になるであろう養父の姿を見届けると、振り返らずに村から抜け出すために駆け出した――






――この日、ヒトノ国の辺境に存在する名前さえ存在しない小さな村はゴブリンの大群によって滅ぼされ、たった一人だけ生き残った村人の少年は偶然にも村の近くに通りがかっていたダリルという名前の商人に拾い上げられたという。

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