第8話 狩猟の基本

――シバと別れた後、すぐにカイの元に戻ったレナは二人で村を出ると山へ向かう。移動手段は徒歩だが普段から山へ登っているカイの足取りは早く、レナは置いて行かれないように必死に追いかける。



「レナ、ちゃんと自分の弓矢は用意したか?」

「うん……今日も兎を狩るの?」

「いや、今回の目標は動物ではない。魔物じゃ」

「ま、魔物!?」

「しっ!!静かにしろ……奴等は何処で聞き耳を立てているか分からんからな」



カイと共にレナは坂道を登り、周囲を取り囲む林に気を配りながら二人で獲物となる魔物を探す。基本的にこの山に生息する魔物は限られているため、レナはカイに尋ねた。



「じーじ、もしかして今日の標的は一角兎なの?」

「うむ、正確に言えば一角兎もだがな。まあ、最初に獲物として狙うのは妥当な相手じゃろう」



一角兎とは文字通りに額に角が生えた兎の姿をした魔獣であり、基本的には普通の兎と同じく小さくて力は弱く、臆病な生物なので滅多に人前に現れる事はない。だが、可愛らしい外見とは裏腹に追い詰められると興奮して反撃を行う習性を持ち、決して油断ならない相手だとカイは語る。


大人の狩人でも油断ならない相手であり、一角兎を狙う時は決して音を立てず、出来る限り近づく必要がある。そのために狩猟の最中は無駄な言葉は口にせず、狩る事だけに集中する必要がある事をカイは教えた。



「一角兎の額の角は非常に頑丈で樹木や岩さえも貫く。勿論、人間の身体など簡単に突き刺すぞ?だから狙うときは決して不用意に近づかず、遠くから弓矢で急所を狙い撃つのが妥当じゃ」

「急所……えっと、頭とか?」

「そういう事じゃ。ほれ、都合が良い所に見つけたぞ……足音を立ててはならんぞ」



茂みに隠れながらカイは前方を指差すと、そこには小さな黒兎が樹木の根本の部分で横たわっている姿が存在し、どうやら眠っているようなのか起き上がる気配はない。外見はただの兎にしか見えないが、額の部分には棘のような角が生えていた。


一角兎を発見したレナは緊張した面持ちで近づき、そして背中に抱えていた「ボーガン」を取り出す。まだ子供で筋力が弱いレナでは普通の弓矢を扱う事は出来ず、カイが作り上げた特製のボーガンを握り締めながらレナは一角兎に標準を定める。



「よく狙うのじゃレナ、ボーガンは普通の弓矢よりも装填に時間が掛かるからな、1発目で確実に仕留めなければ逃げられてしまうぞ」

「う、うん……」

「集中しろ、相手は眠っておる。動く的よりも止まっている的の方が断然狙いやすい。さあ、準備は整ったぞ」

「分かってる……!!」



レナは震える腕でボーガンを構え、これから自分の手で1つの命を終わらせる事を理解しながら一角兎を狙い撃とうとした時、突如として一角兎は目を開く。



「キュイイッ!!」

「あっ!?」

「ぬうっ……逃げられたか」



泣き声をあげながら一角兎は慌ててその場を駆け出し、林の中に逃げ込む。慌ててレナとカイは追いかけようとしたが、小柄で足が速い一角兎を追いつく事は出来ず、結局は取り逃がしてしまう。



「そんな……どうして急に気付かれたんだろう」

「それはなレナ、お主の「気配」が漏れておったのじゃよ」

「気配?でも、ちゃんと隠れてたのに……」

「よいかレナ?人が他の生物を殺すとき、必ず攻撃する意思を持つ。その時にどんな人間でも「殺気」や「敵意」といったような感情を露わにしてしまう。そして臆病な生物ほどそのような感情に非常に敏感に反応してしまうのだ」

「じゃあ、さっきの一角兎は俺に殺されそうだと気づいて逃げたの?でも、こんなに離れていたのに……」

「それほどお主の感情が大きかったという事じゃ。レナ、狩猟をする時は獲物を狙う際は極限まで感情を抑えなければならん。今日は何としてもその方法を身に着けるのだぞ」

「はい……」



レナはカイの言葉に完全には納得できなかったが、尊敬する養父の言葉を疑う事は出来ず、獲物を逃がした事を落ち込みながらも頷く。そんなレナにカイは頭を撫でると、彼は目つきを変えてある方向に視線を向ける。



「……レナ、次は儂が手本を見せてやろう。お主はしっかりと儂の姿を見て居るのだぞ」

「え?」

「おい、出てこい!!そこに隠れているのは分かっておる!!」



カイは近くの茂みに向けて怒鳴りつけると、レナは驚いて振り返ると茂みの中から醜悪な人型の生物が1体現れた。その姿を見た瞬間、レナは赤ん坊の頃に自分の命を狙った初めてみた魔物である事に気付く。



「ご、ゴブリン……!?」

「ギギィッ……!!」

「ギイイッ……!!」

「ギシャシャッ!!」



茂みの中から現れたのは緑色の皮膚を持つ小人のような外見の生物が現れ、しかも数は3匹も存在した。その光景を見たカイは黙ってレナを自分の背中に隠すと、正面から近づいてくるゴブリンに対して手斧を構える。3匹のゴブリンはレナ達を見て笑みを浮かべると、ゆっくりと歩み寄ってきた。


魔物を見るのは初めてではないが、ゴブリンのような人型の魔物はレナも何度か遠目でしか見たことがなく、自分達に対して近づいてくるゴブリンの姿をみてレナは無意識に後ずさる。そんなレナを庇うようにカイは前に出ると、手斧を構えてゴブリン達を睨みつける。



「じ、じーじ……!!」

「大丈夫じゃ、お主はそこで見ておれ」

「ギイイッ!!」



矢が装填されていないボーガンを構えようとするレナをカイが制すると、2匹ゴブリンが左右に走り出すと、レナ達の後方へ移動する。3匹に取り囲まれた形になったレナは怯えた表情を浮かべるが、カイは取り乱した様子もなく右手の手斧を握り締める。

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