第4話 レナの能力

「100年前は本当に恐ろしい時代だったらしい。俺がまだガキの頃、曾爺さんから色々と話を聞いた事がある。あの時代で世界中の大勢の人間が、いや人種関わらず多くの人々が死んじまったらしい。しかも国家同士の戦争でもなく、魔王軍という組織によってな」

「魔人と呼ばれる輩が魔物を率いて多くの国々を滅ぼしたという話は儂も父親から聞いておる。だが、その魔人がどうやって誕生したのかは誰にも分からん。奴等は唐突に現れ、そして姿を消した……御伽噺では勇者と呼ばれる存在が現れ、奴等を討ち果たしたとはよく聞くがな」

「勇者か、俺も子供の頃は憧れたよ。勇者が魔物を格好よく倒す話を聞かされて昔は冒険者を目指したもんさ、結局は武術も魔法の才能もなくて今では下っ端商人に成り下がちまったがな……そういえばカイさんは若い頃は冒険者だったんだろう?」

「ああ、父親のように儂には鍛冶師の才能はからっきしだったからな。まともな剣も打てない儂には腕っぷししか自慢できる物は残っていなかったからのう。今ではただの老い耄れた猟師だがな……」

「何言ってんだよ、その猟師に俺は命を救われたんだぜ?あんたには感謝してるよ」



カイは10年ほど前、まだ駆け出しの商人だったダリルが魔物に襲われていた時に救った事があり、その恩返しのためにダリルはわざわざ辺境のこの村まで訪れては村人たちのために生活に必要な日用品を運んでいた。村人の生活が保たれているのはダリルのお陰であるといっても過言ではない。だが、カイは暗い表情を浮かべて今後の取引は続行できる自信がない事を伝える。



「けどな、カイさん。そろそろ今までのように物資を運ぶのも限界が近づいてきた」

「何?どういう事だ?」

「さっきも言っただろう?国が税金を値上げした事や、魔物どもに襲われる事が多くなってきてここまで荷物を運ぶのも難しくなってきたんだよ。護衛の傭兵を雇うにも金がかかるし、正直に言ってこっちもギリギリなんだよ」

「そうか……それはすまないな」

「謝らないでくれ、あんたのせいじゃないんだからさ……けど、この調子だと今年いっぱいで村へ物資を運ぶのは限界だ。物々交換ではなく、相応の代金を支払ってくれるのならどうにか運ぶ事も考えないでもないが……」

「この村にはそれほどの余裕はないからな……」



ダリルが毎月のように物資を運んで来たのは恩人であるカイが住んでいるからであり、でなければ利益を無視して村人に物々交換で食料品や日用品の類を運び出す事はなかった。商人としては毎月利益も得られないのに苦労してこの場所まで物資を運ぶのも厳しく、しかも魔物が狂暴化している傾向がある中、商団の人間を危険に晒し、高い料金を払って護衛を雇うのも限界だった。


命を救って貰った恩があるとはいえ、ダリルはこれ以上の援助は難しい事をカイに伝えると村人たちの元に戻り、交渉を再開する。だが、金銭を用意出来ない村人に対してダリルの方も相応の品物しか渡す事は出来ず、交渉は難航する。村長とその息子はカイに頼み込んでどうにか今まで通りの品物を輸入を頼めないのか願うが、カイはダリルの方も決して意地悪で物品を渡せないわけではない事を伝え、仕方なく今回の輸入品は毎月の半分程度しか得られなかった――





――交渉を終え、ダリルの商団が去る頃には夕方を迎え、疲れた表情を浮かべたカイが家に戻る頃には妻のミレイが夕食の準備をしていた。



「あら、貴方随分と遅かったわね。もう夕食の支度は出来ているわよ」

「おお、そうか……ん?レナはどうした?」

「え?一緒じゃなかったんですか!?昼食を食べ終えた後に外に出てから戻って来てませんが……てっきり、私は貴方の所に行ったものだと……」

「何じゃと!?」



レナが居ない事に気付いたカイとミレイは慌てて外に飛び出し、家の近くを探してみると、隣の空き地の前で倒れているレナの姿を発見する。その姿を見て顔色を真っ青にした二人は駆けつけ、レナの身体を抱き起す。



「レナ!!レナ、どうしたのだ!?」

「レナちゃん!!目を覚まして……あら?」

「ううん……まだねむいよ……」

「な、なんじゃ……眠っていただけか」



身体を揺り起こすとレナは眠たそうに瞼をこすり、どうやら眠っていただけのようで身体に怪我は見当たらず、二人は安心した。だが、どうして空き地の前で眠っていたのか気になったミレイはレナに問う。



「レナちゃん、どうしてこんな所で眠っていたの?いつもお昼寝する時はちゃんと家の中でしなさいといったでしょう?」

「う~ん……おひるねするつもりはなかったけど、じーじのかわりにはたけをつくろうとしたら、きゅうにねむくなって……」

「畑を作ろうとした?一体どういう……」

「お、お爺さん!!これを見て下さい!!」



レナの言葉にカイは不思議に思うと、ミレイは驚いた表情を浮かべて空き地を指差す。何事かとカイは視線を向けると、朝方まで平地だったはずの地面が何時の間にか耕かされた状態で放置されていた。カイは信じられない表情を浮かべて地面の砂を握り締めると、まるで鍬で掘り起こされたように柔らかくなっている事に気付く。



「こ、これは……まさか、レナがやったのか?」

「うん、そうだよ。すごくたいへんだったけど、がんばったよ!!」

「そ、そんな、たった一人でこんな……!?」



空き地の規模はレナ達が暮らしている家の敷地よりも広く、どう考えても5才の子供がひとりだけで地面を耕せるはずがない。しかもレナはカイが借りた鍬さえも持ち合わせておらず、身体が泥だらけでの状態だった。

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