第3話 商人の警告

――村長の息子と共にカイは村の出入口に赴くと、そこには月に一度訪れる商人と村人たちの姿が存在した。困り果てた顔をする商人の前に村人たちが取り囲み、彼等は手にした布や動物の毛皮などを抱きしめて商人に縋りついていた。



「頼む!!どうかこれと食料を交換してくれ!!」

「今年は魔物が多くて農作物の方も満足に収穫出来なかったんだ。なあ、お願いだよ商人さん!!」

「せめて生活用の魔石だけでも……」

「だから、こっちも困るんだよ!!毎度、物々交換じゃなくてちゃんとした金を用意してくれよ!!」



金銭ではなく、村の収穫物で商品の交換を願う村人たちにダリルは頭を掻きながら説明するが、村の村長がダリルに事情を説明する。



「この村じゃ物々交換だけで生計を立てているじゃ。それに金は毎年国に収める税金を支払うだけで精いっぱいで……」

「それは分かってるけどよ、うちも毎回こんな遠い場所まで苦労してきてるんだぞ?こんな何もない場所で暮らすのなんて止めてもっと大きな街に移り住んだ方がいいと思うんだけどな……」

「この村を捨てるなんて俺達には出来ないんだよ!!俺達はずっとこの村で暮らしてたんだ!!」

「けどな……こっちも慈善活動は出来ないんだよ。今年からまた税金が値上げしたし、うちも余裕がないんだよ」



ダリルはどうしても金を用意出来ない村人に対してため息を吐き出し、別に彼としても意地悪で金銭を要求しているわけではなく、何時間も費やして魔物が生息する草原を突破して物品を送り込む立場として相応の対価を得られなければ納得は出来ない。


この村に訪れる商人はダリルしか存在せず、彼がわざわざ危険を犯してこの村に定期的に物品を送り込んでいるのは村人たちのためだけではなく、この村に住む恩人のためでもある。その恩人とは昔、ダリルが魔物に襲われた時に救ってくれた人物だった。



「ダリルよ、久しぶりだな」

「ああ、カイさん!!良かった、今日はあんたも残ってたんだな!!」



カイが話しかけるとダリルは安心した表情を浮かべて村人たちを払い除け、彼の元へ訪れる。その様子を見たカイは申し訳なさそうな表情を浮かべ、村人に下がるように申し込む。



「すまんが皆、儂はダリルと少し話がある。悪いが交渉は後にしてくれんか?」

「だけどカイさん!!」

「分かっておる、すぐに戻ってくるから大人しくしてくれ」



村人たちは渋々とカイの言葉に従い、それでも諦めるつもりはないのかダリルの馬車の前で待機する。その様子を見たダリルは疲れた表情でカイに振り向く。



「この村は相変わらずだな……そんなに生活に困っているなら村人全員でもっと安全な場所に移り住めばいいのによ」

「そういうわけにはいかん。村人の大半は儂のように年老いた老人ばかりじゃからのう。今年も誰も子供は生まれなかった。そのせいでレナがこの村で一番年下の子供のままじゃ」

「レナ?ああ、カイさんが拾った子供か。元気にしているのかい?」

「うむ、最近は毎日泥だらけになるまで遊んで帰ってくるから婆さんが困っとる。この村では水も貴重だからのう……それで、今日はどうした?予定日よりも随分と早く村に訪れたな」



先月にダリルが訪れてからそれほど日にちは経っておらず、どうして彼が予定日よりも早くに訪れたのかとカイは疑問を抱くと、ダリルは深刻な表情を浮かべて告げる。彼の表情を察してカイは何か問題が起きたのかと気づき、真剣な表情を浮かべて話を伺う。



「ああ……実はな、最近になって何故かこの辺りの魔物の数が増えているんだよ。少し前まではこの村に訪れるときはせいぜいコボルトの何体かと出くわす程度だったが、今では出向く度に何十体のコボルトに襲われて護衛として雇った傭兵達も参ってるよ」

「うむ、そういえば儂の方も山に生息するゴブリン共が活発化しておる。それに村の方でもゴブリンによる農作物の被害が増しておってな、お陰でさっきあの有様じゃ」

「ああ、それで……あんたらも大変な所に暮らしてるんだな」



ダリルによると最近になって何故か魔物達が活発的に行動するようになり、カイの方も山に生息するゴブリンの数が最近妙に増えている事は知っていた。しかも異変はこの地方だけではなく、ヒトノ国が管理する領地全域に広がっているという。


最も魔物が一時的に増殖して問題が起きるという事自体はそれほど珍しくはなく、今までも数年に一度の割合で起きている。しかし、今回のゴブリンの場合は規模が大きく違い、ゴブリンの増殖が収まる様子はない。



「これは噂で聞いた話なんだが、ヒトノ国の魔物研究家によると100年前にも今と同じように魔物の数が異常に増殖した時期があるらしい。魔物が増えた原因は未だに判明していないようだが、その研究家によると100年前に魔物が増殖した理由は「魔王軍」という奴等が関わっているらしい」

「魔王軍だと?あの伝説の「国荒らし」か?」

「ああ、あんたも魔王軍の事は聞いたことがあるだろう?あいつらのせいで当時はいくつもの国が滅びたぐらいだからな……しかも軍隊といっても率いてるのは人間じゃない、魔人と呼ばれる魔物共だ」



今から100年前、魔王軍と呼ばれる存在によって世界中が恐怖と狂気に陥れられた時代が存在し、後に世界各国が協力して魔王軍が討伐されるまでの間は人々にとって「暗黒時代」と呼ぶに相応しい恐ろしい時代だった。

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