第2話 人種と魔物

「お爺さん、レナにはまだ難しいですよ。もっと分かりやすく説明してあげないと……」

「う、うむ……そうじゃな」

「ねえ、じーじはどわーふなら、ばーばもどわーふなの?」

「ふふふっ……そうですよ。でもねレナちゃん、実は人間と小髭族以外にもたくさんの種族……いや、特別な人がいるのよ」



ミレイはレナを抱き上げると笑顔を浮かべ、この世界に存在する「五種族」の説明を行う。



「人間、小髭族ドワーフ、獣人族、巨人族、そして森人族エルフ……この世界にはいろんな人達がいるのよ」

「にんげん、どわーふ、じゅうじん……」

「この村に住んでいるのは人間と小髭族の私達だけだけど、大きな街に行けば巨人族や獣人族の人達と会えるわ。今度、用事があったら一緒に行きましょうね」

「うん!!」

「婆さんや、あまり無茶を言うな……他の街に向かうと言っても、それがどれほど大変なのか分かっておるだろう?」



カイはミレイの言葉を聞いてため息を吐き出し、残念ながらレナのような小さな子供はこの村を離れる事が難しい理由があった。




――3人が暮らしている村は人間が支配している「ヒトノ国」と呼ばれる国家であり、そのヒトノ国の領地の中でも辺境地方に存在する。3人が暮らす村は山間部に存在し、人口が50人程度にも満たず、名前さえもない村だった。



3人が暮す村から一番近い村でも馬で移動しても数時間はかかり、訪れる者が居るとしても村の住民の親戚か、月に一度の割合で日用品を販売しに訪れる商人程度しか存在しない。村人も滅多に他の村に出向くことはなく、自給自足の生活を送っている。


この村で唯一の猟師であるカイは度々山の中で獲物を狩猟し、それを村人に分け与えて生活を送っていた。彼とミレイは10年ほど前にこの村に住み着き、元々は別の街で暮らしていたがとある理由でこの街に移り住む。



「お爺さん、今日も山へ行くのですか?」

「いや、今日は畑を耕そうと思っている。家の近くに空き地があっただろう?あそこを使わせてもらう」

「畑?どうして急に?」

「儂もそろそろ年だからな、山へ登って獲物を狩猟するのも限界かもしれん。もしも魔物どもに襲われて死んでしまったらお終いだからな」

「魔物……あの、緑色の怪物の事?」



魔物という言葉にレナは怯えた表情を浮かべ、ミレイに抱き着く。そんな彼の反応を見てカイは深刻な表情を浮かべて頷き、魔物の危険性を伝える。



「うむ、レナも見た事があるだろう?お前の言う怪物の名前は「ゴブリン」じゃ。ゴブリンは背も小さく、力もさほど強いわけではない。だが、奴等は頭が良いから動物用の罠を避けて村に忍び込む事もある。奴等は夜になると活発に動くから絶対に日が暮れたらレナは外に出てはならんぞ?」

「う、うん……」

「お爺さん、あまり怖がらせないでください。大丈夫ですよレナちゃん、ゴブリンは滅多に人里には現れませんからね」

「それがのう婆さん、最近何故かゴブリン共が村の外でよく見かけるようになったのだ。そのせいで村の見張り役を増員する事になるかもしれん」

「あら、そうなんですか?怖い話ですね……」



カイの言葉にミレイはレナを抱きしめ、もしも村にゴブリンが襲ってきた場合を考えるだけでも恐ろしい。レナはミレイに抱かれながらもカイに質問する。



「ねえ、魔物はゴブリンしかいないの?」

「いや、ゴブリンは魔物の中でも一番弱く、ずる賢い奴じゃ……山奥の方に行くと猪と人間が合わさったようなオーク、草原の方へ出向くと狼と人間が合わさったようなコボルトという魔物もおる。だからレナは絶対に村の外へ出ようしたら駄目じゃぞ」

「そんなにたくさんいるの?」

「うむ、魔物の数は儂でさえも計り知れん程にたくさんおる。だが、安心せい。この村の中は安全だからな……何が合っても儂がお主等を守るぞ」

「……うん」



話を聞いたレナは安心したようにミレイから離れると、カイの傍に寄って頭を撫でて貰う。話を終えたカイは壁に立てかけた鍬を握り締め、空き地で畑を耕すために外に出向こうとした時、扉がノックも無しに押し開かれた。



「カイの爺さん!!ここにいるかい!?」

「ぬうっ?お前は村長の息子の……いきなり入ってくるとは何事じゃ?」

「ああ、良かった!!まだ山に行ってなかったんだな……大変な事が起きたんだ!!すぐに付いてきてくれ!!」

「な、何じゃ急に……」



家の中に入り込んできたのはこの村の村長の一人息子は慌てた様子でカイの腕を掴み、外へ出そうとしてきた。余程急いでいるのか村長の息子はカイの腕を離さず、仕方なくカイは鍬を置いて彼の後に続く。



「仕方ないのう……レナ、婆さん、ちょっと外に出てくるぞ」

「え、ええっ……分かりました」

「じーじ?」

「ほら、急いでるんだよ!!早く来てくれ!!」

「分かった分かった、何をそんなに慌ててるんじゃ……」



村長の息子に急かされてカイは仕方なく後に続き、二人は家の外へ飛び出す。その様子をミレイとレナは見送り、一体何が起きたのかと不思議そうに首を傾げる。



「あの人、大丈夫かしら……揉め事に巻き込まれないといいんだけど」

「ばーば、じーじこれ置いて行っちゃった」

「え?ああ、大丈夫よ。すぐに戻ってくるはずだから……」



レナはカイが残した鍬を指差すと、ミレイは笑顔を浮かべてレナの頭を撫で、カイがすぐに戻ってくると信じていた。だが、残されたレナはじっとカイが持ってきた鍬を見つめ、そして窓の外から見える空き地に視線を向ける。先ほどのカイが「畑を作る」という言葉を思い出し、レナは大人用の大きな鍬を見て笑みを浮かべた――

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