魔拳士と呼ばれた付与魔術師

カタナヅキ

プロローグ

第1話 捨てられていた赤子

――森の中、小さな赤子が籠の中に収められた状態で眠っていた。赤子の傍には人影はなく、代わりに地面には血痕が存在し、その血痕は森の中に流れる大きな川の方に続いていた。籠の中の赤子は深い眠りについているのか起きる様子はなく、そんな赤子の元に奇怪な生物が近寄る。



「ギイイッ……!!」



生物は人型の姿をしているが、明らかに人間ではない風貌をしていた。皮膚は緑色で体毛も見当たらず、異様に痩せ細った手足に反して胴体は太く、顔面はまるで小鬼を想像させる醜悪な生物だった。身長は人間の大人の半分程度しか存在せず、特徴的な細長い耳を揺らしながら籠の中の赤子を覗きこむ。


緑色の人型の化物は籠の中に赤子が入っている事を確認すると笑い声らしき鳴き声を漏らし、枯れ木のように細い腕を伸ばす。そして刃物で磨き上げたように鋭い爪を構え、赤子に向けて振り下ろそうとした時、背後から物音が鳴り響く。



「ギッギッギッ……ギイッ!?」

「ぬんっ!!」



生物が振り向いた瞬間、手斧を振り翳す老人の姿を視界に捉え、抵抗する暇もなく生物の頭部に斧がめり込む。直後に生物は白目を剥き、紫色の血液を流しながら地面に倒れ込む。その光景を見届けた人物は手斧を引き抜くと、籠の中を覗きこんで驚いた声を上げる。



「人族の子か……どうしてこんな場所に」



赤子を救った人物は白髭を胸元まで伸ばした老人だった。だが、身長は120センチ程度しか存在せず、それでいながら筋骨隆々の肉体をしていた。老人は手斧を腰に戻すと籠を持ち上げて赤子が無事である事を確認すると、困った風に髭を撫でまわす。



「むうっ……捨て子か、それにしてもゴブリンが巣食うこの場所で捨てられるとは可哀想に……」



老人は地面に続く血痕に気付き、川の方角まで続いている事を確認すると疑問を抱く。恐らくは赤子をこの森まで連れて来た人物は途中で負傷したらしく、血を流しながら川に飛び込んだとしか思えない。残念ながら下流の方角を確認しても赤子を連れていた人間は見当たらず、既に流されてしまったか、あるいは溺れ死んだ可能性が高い。


赤子が眠る籠を担いだ老人は困った表情を浮かべ、このまま放置するわけにもいかず、仕方なく老人は赤子を連れて行く事にした。ここへ残した所で先ほどのように老人が「ゴブリン」と呼ぶ生物に殺される可能性が高く、折角助けた命を無駄にしないために老人は赤子を連れて行く。



「参ったな、婆さんになんと言えば良いのか……」

「ふえっ……うぇえんっ」

「おおっ、目を覚ましたか!?すまんな、驚かせたか……ほれ、泣くんじゃない。大人しくしてくれ……いてっ!?ひ、髭を引っ張るのは止めてくれ……」



籠の中の赤子が目を覚ますと、目の前に見えた見知らぬ老人の顔を見て泣き声を上げ、髭にしがみ付く。老人は困り果てながらも赤子を連れて森を抜け出し、自分が住む村に向かう――






――それから5年の月日が流れ、老人に拾われた赤子は「レナ」と名付けられ、彼は自分を拾ってくれた「カイ」という名前の老人と彼の奥さんである「ミレイ」に育てられる。



「じーじ!!ばーば!!あそぼっ!!」

「あらあら、レナちゃんは今日も甘えん坊ね」

「こらこら、じーじはこれから仕事しないといかんのだ。だから遊ぶ事は……いてて、髭を引っ張るのは止めんかっ!!」



老夫婦が暮らしているのは村の隅に存在し、小さな家の中で3人は暮らしていた。大黒柱であるカイは毎日のように山に赴き、獲物を狩猟するか大木を切り崩して木材を村に運び込む仕事を行っていた。


外見は老人のようではあるが、未だに筋力は若い頃から衰えず、むしろ毎日のように大木を切り崩しているので村の誰よりも力持ちである。



「ほら、レナちゃん。じーじが困っているでしょう、今日はばーばと一緒にお留守番しましょうね」

「え~……つまんない」

「全く、レナも随分と大きくなったのに甘えん坊だのう。それにしても子供の割には随分と綺麗な顔立ちになったな……これは将来別嬪さんになるのが楽しみだのう婆さんや」

「もう、貴方……レナは男の子ですよ。忘れたんですか?」

「そ、そうだったか?いやはや、すまんな」

「ぶ~……」



自分を女の子と間違えたカイに対してレナは不満を現すように頬を膨らませ、ミレイも苦笑する。しかし、カイが勘違いするのも無理はなく、彼が拾い上げたレナは男の子とは思えぬほどに可愛らしい顔立ちの少年だった。


レナは人間の中でも珍しい「黒髪碧眼」の少年であり、顔立ちは少女のように端正に整っていた。体型も同世代の子供と比べると小さいので女の子と間違えられる事も多い。性格は甘えん坊だが心優しく、本当の両親ではない老夫婦に対しても本当の親子のように慕う。



「ねえ、じーじは大人なのにどうして小さいの?隣の家のお爺ちゃんは大きいよね」

「うむ、それは儂が小髭族ドワーフだからじゃ。儂はお主のような人間ではないから背は大きくないんじゃよ」

「どわーふ?」

「いいかレナ、お前にはまだ難しいかもしれんが、世界には多くの人種が存在する。まず、お前やこの村に住む儂等以外の者は全員が「人間」そして儂とミレイは「小髭族ドワーフ」と呼ばれておる」

「にんげん……どわーふ」



カイの言葉にレナは首を傾げ、まだ難しい話なので完全には理解出来なかったが、少なくとも自分とカイが違う存在だとは認識した。

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