第87節・明日への船出


 内戦から始まった戦乱によりアルヴィリア帝国は大きく疲弊。

特に長い歴史を持ち、象徴である帝都メルザドールが消滅したことは民に大きな動揺を与えた。


 だが女帝ルナミア・シェードランや諸侯の尽力により帝国内の混乱は収まり、ルナミアは政治の中枢機能をガーンウィッツに移した。

そして二年後、彼女は帝国の解体と共和制への移行を宣言した。


 この宣言は国内外で大きな波紋を呼び、一部の貴族が猛反発をした。

だが全ての旧大公家がルナミアに賛同したこと、国外の支援を受けたこと、そしてなによりもルナミア自身が粘り強く反対派と交渉したことにより国を纏め上げた。


 女帝の退位と共にアルヴィリア帝国は共和制アルヴィリアとなり、新たな道を進み始めた。


 そして世界の命運を賭けた戦いから三年後。

ガーンウィッツ城跡に築かれた議事堂でルナミアの新たな戦いが始まろうとしていた。


※※※


 赤い絨毯が敷かれた廊下を私とヴォルフラムは歩いていた。

これから向かうのは私にとって新たな戦場。

新たな時代を築き、人々を導く場所だ。


 開かれた窓から青い空が見え、私は立ち止まる。


「如何されましたかな?」


「そろそろかと思ってね」


 そう返すとヴォルフラムは「確かに」と頷いた。


「今日の昼に出立の予定でしたな。……見送りに行かなくてもよろしかったので?」


「別れの挨拶なら昨日散々済ませたわ。それに別に今生の別れになるわけじゃない。私はこの三年間でちゃんと妹離れをしたんだから」


 嘘である。

実を言うと物凄く寂しい。

このまま駆け出して彼女と共に旅に出てしまいたい。

だが私にはやるべきことがある。

個人的な私情でそれを投げ出すなんて言語道断だろう。


「なるほど。ではその髪は閣下……いや、ルナミア様の決意の証ということですな」


「ああ、これ? まあ、そうね」


 私は短くなった自分の髪に触れる。

別にリーシェと離れるから髪を切ったわけではない。

これまでの自分とこれからの自分。

その区切りをつけるために断髪したのだ。


「そういえばチラチラと見ていたわね。もしかして長い方が好きだった?」


「ふむ……。個人的な嗜好では長い方が好ましく思っておりました。まあ、今の髪型もよく似合っております━━━━どうしました?」


 少し予想外だったので目を点にしてしまった。


「いや……貴方からそういう話が出るとは思わなかったから」


 なんだかんだで長い付き合いになっているが私はこの陰険な忠臣のことをよく知らない。

というか失礼ながら先ほどの言葉を聞くまでそういった嗜好が無いのだと思っていた。


「このような話をする時間も必要もありませんでしたからな。これからは個人的な話をする機会も増えるでしょう」


「そうね。そんな話をできる未来を私たちは掴んだのだものね」


 争いと分断の時代は終わった。

これからは対話と共生の時代だ。

この平和がいつまで続くのかは分からない。

だが私は辿り着いた”いま”を次の世代、その次の世代へと繋げていくつもりだ。


「さて、そろそろ行きましょう。今日の議会では貴族院からは防衛軍の再編成について、庶民院からは帝都難民の対応についてが議題に出るでしょう」


「どちらも悩ましい問題ね……」


 内戦をはじめとした幾つもの戦いや共和制への移行などで今のアルヴィリア軍は大幅に弱体化している。

幸い周辺国との関係は良好であるため他国から圧力を受けることは無いだろう。


 それよりも問題なのは治安悪化の方だ。

戦乱により仕事を失った者や難民が困窮し、賊徒となってしまう。

そして彼らは生きるために村々を襲い、犠牲者を増やしていくのだ。


「軍の再編も急務だけど難民……特に帝都難民への支援が最重要ね」


 旧メルザドール市民には移住の支援などを行い続けている。

だが数千を超える難民全てが移住できるわけもなく、いまだに多くの民が難民キャンプで生活している。

彼らを救済しなければ治安は改善されないだろう。


「とにかく議会をスムーズに進めるために両院の代表には事前連絡をしましょう。特にエリザベートは騒ぎ始めると止まらないから」


 貴族院代表であるエリザベート・メフィルは優秀なのだが一度火が入ると止まらなくなる。

彼女と庶民院の代表が口論を始めたことにより一日議会が潰れたことがあるのだ。


 それを思い出して苦笑すると大きなドアの前に到着する。

この向こう側が議場。

私にとって新たな舞台だ。


「さあ、ヴォルフラム。今日もビシッと行くわよ!」


 そして私たちは議場に入った。

新たな時代。

明日という希望を守るために私の戦いは続くのであった。


※※※


 戦乱が集結した後、ベルファの町はかつてよりも更に栄えていた。


 クルギス家新当主ヴィクトリア・クルギスが町の再建に力を入れたことや、東エスニアやミカヅチとの交流が盛んになったことにより、アルヴィリア第二の玄関となったのだ。


 ヴィクトリアはいずれはメフィル家が所有する交易都市エルダルタを超えてみせると意気込んでおり、今後も都市開発に力を入れるそうだ。


 そんな港町に私たちは集まっていた。

私とロイは荷物が入った大きな袋を背負い、桟橋に係留された帆船を見上げる。


 船の名前はインターセプター。

先代の名を継いだこの船はクルギス家が新造した外洋航海船だ。

船長は先代から引き続きガルシアであり、彼の部下たちが出航の準備を行なっている。


「ふふん! どうですか、当家が誇る最新鋭艦は! 大きければいいと考えているメフィルの船よりもずっと素晴らしいと思いませんか!」


「え、あ、うん」


 胸を張り、誇らしげにしているヴィクトリアに頷く。

メフィルの船がどんなのかは分からないがこの船は素人目でも素晴らしいと分かる。

これならば問題なく新大陸に向かえるだろう。


「リーシェ様。新大陸はこちらと環境が大きく違う可能性が御座います。日々の体調管理をしっかりと。それから不用意に落ちてる物を拾ったり口にしたりしないように。あと━━」


「こ、子供じゃないんだから大丈夫!!」


 「本当ですか?」と半目で見てくる過保護な従者に頷く。

向こうでは文化や宗教、言語も違うだろう。

だから最初は慎重に行動するつもりだ。


「まあ、新大陸とは僅かだが交流がある。一緒に行く商人たちに同行していれば大丈夫だろう。それにいざとなったら頼りになる騎士がいるからな」


「ああ、任せてくれ。こいつがフラフラとしないように首根っこを掴んでおくよ」


 ロイの冗談に皆が笑う。

それにしてもそんなに私は信用が無いのだろうか……?


「クフフ。儂としては坊主の方が心配なんだがのぅ。二人きりだからといって羽目を外すでないぞぉ?」


「な、何を言ってるんだ!?」


 クレスの冗談に私たちは顔が赤くなる。

シマセンヨ?

ソンナコトスルツモリアリマセンヨ?


「……なんだか急に不安になってきましたね」


 ユキノが大きなため息を吐き、フゲンが「せめてミリ嬢ちゃんがいればなぁ」と苦笑する。


「いや、三人で行かせる方が危険ではないか? 主に坊主が」


「なるほど。そういう考えもあるのか」


 クレスたちが「うんうん」と頷いたため、私とロイは首を傾げる。


「世の中には知らんでいいこともある。ほれ! もうそろそろ出港じゃろう?」


 船の方を見ると甲板からガルシア船長が「船を出すぞ」と言っている。

私はそれに頷くと仲間たちの方を向いた。


「じゃあ……そろそろ。本当はミリやヘンリーおじ様にも挨拶をしたかったけど」


「私の方からお二人に伝えておきます」


 ユキノに「ありがとう」と言う。


 ミリは今、オーク戦士団を率いてディヴァーンとの戦いに参加している。

風の噂では"オークの姫君"と称され、大活躍をしているそうだ。


 ヘンリーの方はガドアの再建に尽力しており、日々仕事に追われているという。

共和制アルヴィリア樹立の日に会った時は「はやく激務から解放されたい」と嘆いていた。


 あの戦いから三年。

私たちはそれぞれ新たな人生を歩み始めた。

そして今日は私とロイの門出だ。


「私はまたみなさんにこうやって会えると信じています。だから一言。こう言います。いってらっしゃい!!」


 ヴィクトリアの言葉に私とロイは「いってきます」と応え、歩き始める。

そして私たちは深い絆で繋がれた仲間たちに見送られ、旅立つのであった。


※※※


 私たちの故郷が遠のいていく。

船は大海原を往き、新天地を目指す。

肌に感じる心地よい潮風を感じながら故郷を目に焼き付けているとロイが「ルナミア様に会わなくてよかったのか?」と訊ねてくる。


「うん。挨拶は済ませていたし、顔を合わせたらお互いの決心が鈍るかもしれないから」


「決心……か」


 私は私の道を、ルナはルナの道を行く。

だがそれは決別を意味するのではない。

私たちの道は異なるが同じ方向を向いている。

だからきっとまた私たちの道は交わるだろう。


「ロイは……本当に良かったの? 私に着いてきて」


「あたりまえだろう。俺はお前を一生支え続けるんだから」


 ロイのまっすぐな言葉に頬が熱くなる。

彼はずっと私のそばに居て支えてくれた。

だからこれからもずっと一緒だ。

どんな時も私たちは共に歩んでいく。


「それにしても新大陸ってどんな所なんだろうな?」


「全然分からない。分からないけどきっと━━」


「きっと?」


「きっと可能性に満ち溢れてる」


 私たちの未来がどうなるのかは分からない。

でも明日がある限り可能性は続く。

なら私は前を向く。

希望を胸に、未来に手を伸ばして進み続ける。


 

 それがリーシェ・シェードランという人間なのであるから。

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