第57節・敗者の矜持
ファルジアン卿をはじめとした敵左翼の寝返りで戦況は一変した。
突然の裏切りにより王軍は大混乱に陥り潰走状態となっていた。
「……最初から我々の敗北は決まっていた、ということですか」
阿鼻叫喚となっている後方を見ながらレグリアがそう呟いたため、私は首を横に振る。
「勝敗を分けたのは忍耐力と運よ。どうやら女神様とやらは私に味方したようね」
勝敗は決まった。
フェリックス・ファルジアン達の裏切りにより王軍は壊滅するだろう。
あとはどうやって聖女と睨み合っている状況から抜け出すかだ。
「……確かに女神は貴女に味方している。最初からこうなることは決まっていた」
「……?」
聖女の言っていることの意味が分からず首を傾げると彼女は「間も無く分かりますよ」と冷たい微笑みを浮かべた。
そしてイルミナの所まで跳躍すると彼女を脇に抱え、「全軍退却!!」と号令を放つ。
聖アルテミシア騎士団はその号令に一瞬動揺するがすぐに「退却!!」と後退を開始し、同盟軍の兵士たちが慌てて追撃を開始する。
聖女は私を一瞥すると駆け出し、追撃してくる同盟軍を片手の戦斧で蹴散らして行く。
最大の脅威が去ったことにホッと胸を撫で下ろすとメリナローズのもとに駆け寄った。
「フェリは!?」
「……重傷。ドラゴンだから死にはしないと思うけど当分は休ませた方がいいかにゃ」
「分かった……。貴女はフェリを連れて後退して。私は追撃に参加する」
近衛隊に指示を出し、馬を連れて来てもらうと跨る。
フェリアセンシアのことは心配だが私が戦場を離れる訳には行かない。
メリナローズが頷き、フェリアセンシアを抱えて去って行くのを見送ると剣を天に向けて突き出す。
「これより掃討戦に移る!! 敵は一兵たりとも逃すな!!」
「は!!」
後方で待機していた部隊が合流するのに合わせて突撃を開始する。
戦いは完全に一方的なものとなり、平原中で同盟軍による殲滅戦が始まるのであった。
※※※
エリウッド王は馬上から逃げ回る味方を見つめていた。
これは自分のミスか?
自分が引き起こした惨事か?
すぐ目の前にあった勝利は一瞬で消え去り、死と絶望が押し寄せてくる。
味方であった者たちが敵となり我が兵を殺して回っている。
ああ、何と醜い。
裏切りの末に敗れるとは……。
女神よ。
これは私に対する罰なのか?
偽りの王家に対する怒りなのか?
「……か!! 陛下! 陛下!! お逃げを!!」
護衛の騎士に肩を強く掴まれ我に返る。
あまりの衝撃に思考を手放していたようだ。
「陛下! どうかお逃げ下さい!!」
「……逃げるだと? これだけの失態をしてなお敵に背を向けて逃げろと?」
「そうです! 陛下さえ生きていればまだ我々は戦えます!! だから━━どうか!!」
周りの騎士たちが力強く頷く。
この状況では逃げることも困難なのは彼らも承知済みだろう。
それでも彼らは私に逃げろと言う。
生き延びて戦い続けろと。
ならば自分は王として━━。
「━━退却する」
生き延びられる可能性が低くとも、無様であろうとも最後の最後まで足掻いてみせよう。
「全軍に伝えよ!! メルザドールまで退却する!! 決して諦めるな!! 一丸となってこの窮地を乗り越えよ!!」
「おぉ!!」
兵士たちが鬨の声を上げる。
裏切ったファルジアン卿の軍を振り払い、追撃を受けながら王都まで撤退する。
不可能に近いがやるしかない。
「旗は捨てろ!! 身軽になり全力で逃げるのだ!!」
指示を受け旗持の兵士たちが次々と旗を投げ捨てる。
王家の旗が地面に倒れ、泥に汚れていく光景は自分の行く末を表しているかのようであった。
「陛下! 聖アルテミシア騎士団が殿を務めるそうです!!」
「……ありがたい!」
聖女レグリアとその部下たちがいれば敵の追撃をある程度喰いとめられる。
彼女らに感謝しながら馬を走らせる。
そして騎士たちに守られながら地獄の撤退戦が始まるのであった。
※※※
「……陛下は退却されるか」
戦場で敵を槍で突き殺すとエルメドール卿はそう呟く。
この戦、最早勝ち目は無い。
王の命令に従い退却すべきだろう。
だが、しかし━━。
(━━ここで派手に散ってみるか)
この退却戦、生存率は限りなく低いだろう。
ならば少しでも王が逃げる時間を稼ぐために敵を足止めした方がいい。
「よおし!! 俺と共に死ぬ気のある奴はいるか!! シェードラン大公に挨拶しようではないか!!」
そう言うと兵士たちは顔を見合わせ、それから「やってやりましょう!!」と武器を掲げる。
この絶望的な状況の中、誰もが笑顔だ。
彼らに死ねと命じることに罪悪感を感じつつも感謝し「では!!」とシェードランの旗が見える方に槍を向ける。
「突撃だ!! 陣形など気にするな!! ただひたすら前に! 前に! 前に進めぇっ!!」
号令と共に突撃を開始する。
此方の動きに気が付いた敵軍が迎撃しようとするが甘い。
勝利を目の前にした彼らが我ら死兵を止めることなど出来るはずがない。
敵を蹴散らし突き進み続ける。
我らの異常さに気が付いた軍団が此方の突撃を阻止しようとするが正面から強引に押し通った。
味方の兵士たちが槍に貫かれ、剣に叩き切られて次々と斃れていく。
だがそれがどうした?
その程度では我らは止まらない。
正面から来た騎兵に対して槍を投げつけて討ち取ると腰の剣を引き抜く。
今度は弓兵隊だった。
突撃の勢いを削ごうと弓が一斉に放たれる。
弧を描いた矢は次々と降り注ぎ、数発が体に命中した。
「なんのこれしき!!」
馬に当たらなかったのは幸いだ。
馬が無事ならば自分が我慢すればいいだけのこと。
動揺する弓兵隊に突っ込み、馬で弓兵を撥ね飛ばしていく。
弓兵隊を抜けたころには既に兵は半分以下となっていた。
(だがお前ら!! 死んだかいがあったぞ!!)
目の前に見える旗印。
あれはシェードラン大公のものだ。
味方を次々と突破してきた此方に対してシェードラン大公の軍は動揺しており、慌てて陣形を組みなおしているのが見えた。
さああと一歩だ。
あと一歩でシェードラン大公を━━。
「!!」
轟音が鳴り響いた。
鉛の弾が体に命中し、馬が悲鳴のような断末魔をあげる。
転倒した馬から放り出され地面に叩きつけられると拳を強く握りしめた。
「無粋だ……。まったく……無粋だぞ、シェードラン」
血を吐き出しながら立ち上がると目の前に鉄砲隊が並んでいるのが見える。
その背後にはルナミア・シェードランがおり、彼女は此方をじっと見つめている。
「なるほど……あれがシェードランか。あんな若い娘が、なぁ……」
まだ子供と呼べる歳の少女が感情を押し殺した表情で戦場に立っている。
そのことにやるせなさを感じつつ笑みを浮かべた。
「反乱者どもよ!! このエルメドールの死に様をとくと見よ!!」
剣を振り上げ、突撃を再開するとルナミアが指示を出した。
それと共に一斉射撃が行われ全身に銃弾が命中する。
(……まあ……なんだ……死に様としてはいいんじゃないか……?)
そんなくだらないことを考え、口元に笑みを浮かべて両膝を着く。
そして最後に全てを吐き出すように息を吐くと己の血だまりに突っ伏し死へと旅立つのであった。
※※※
早朝から始まったアヴィリス平原の戦いは昼過ぎには終わりを迎えた。
平原には王都の方角に向かって夥しい数の死体が積み重なっており、追撃戦の凄惨さがよく分かる。
「勝ちましたな」
背後から声をかけられ、振り返るとヴォルフラムが立っていた。
「でもエリウッド王を逃したわ。王都に逃げ込む前に討てればいいんだけれども」
「そこはやる気に満ち溢れた新参者に任せましょう」
フェリックス・ファルジアンをはじめとした"新参者"が主体となって王軍を追撃している。
同盟軍の信頼を勝ち取りたい彼らは同盟軍の将兵以上に働いてくれるだろう。
「働きといえばメフィルも活躍してくれたみたいね」
さっき本陣で煤まみれのエリザベートを見た。
彼女は戦場で自ら先頭に立って指揮を執り、東山を守っていたマルゼン卿を討ち取ったそうだ。
「母君と違い口より先に手が出るタイプのようですな」
「私好みだわ。分かりやすい人間はそれだけで価値がある」
「ならば私は価値無しですかな?」
「あり意味では。だからもっと働きなさい」
意地悪な笑みを浮かべるとヴォルフラムは「やれやれ」とため息を吐いた。
ともかく決戦は制した。
もはや王軍に戦う力は残されておらず、出来ることはせいぜい王都に引きこもるくらいだろう。
(本当はここで終わらせたかったのだけれどもね……)
エリウッド王が王都に逃げ込めば次は王都が戦場になる。
必要以上に民を戦に巻き込むのは望まない。
だが必要があれば━━。
「ヴォルフラム。一日休息した後、王都に進軍する。この内戦を終わらせるわよ」
「畏まりました」
拳に力がこもっている。
あと少し。
あと少しなのだ。
この内戦を終わらせ、新しい国を築く。
そしていつか戻ってくるリーシェのために平和な時代を到来させるのだ。
だからそのために私は━━。
「━━悪魔にだって魂を売ってみせるわ」
※※※
アヴィリス平原での戦いは内戦の行く末を決定づけた。
エリウッド王率いる王国軍はフェリックス・ファルジアン達の裏切りにより大敗。
エルメドール卿やマルゼン卿といった有力な将を悉く失い、王都に逃げ帰った。
熾烈な追撃により王都に辿り着けた兵士は千にも満たず、もはや王国軍が再起することは不可能となった。
一方大勝した新生同盟軍は更に勢い付き、王都に向かって破竹の勢いで進軍する。
途中にあった関所や砦は守備隊がほぼ無抵抗で降伏し、中立を保っていた諸侯も同盟軍と接触しはじめた。
『あと数日で戦は終わるだろう』
そう誰もが口にした。
人々は長引いた内戦の終結が近いことに喜び、同時に新たな指導者たちに不安を募らせる。
そしてついに新生同盟軍は旧オースエン領の大半を占領し、王都の包囲を始めた。
エスニア暦1000年冬。
千年祭を目前としてアルヴィリア内戦は終わりを迎えようとしていた。
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