第56節・勝利の秘策


「陛下! 味方が反乱軍を圧倒しております!!」


 本陣で待機していたエリウッド王は味方が敵軍を押しているのを見た。

あと少し、あと少しで敵は総崩れになる。


「シェードランが前線にいるのは本当か?」


「は! 間違いないかと!」


 反乱軍が総崩れになりかけた時、ルナミア・シェードランは単身で我が軍に切り込んだという。

その姿に鼓舞された敵軍は持ち直して総崩れを防いだ。


(まったく……大した奴だ)


 勝利のためには総大将自ら前線で剣を振るう。

賞賛に値する。

ならば自分は━━。


「我々も出るぞ」


「へ、陛下! 危険です! 勝利は目前! 陛下が身を危険に晒す必要は……!!」


「だからこそだ。これは慢心や蛮勇ではない。ルナミア・シェードランという最大の脅威に対して確実な勝利を得るための一手だ」


 ルナミアという娘は過去幾度も窮地を乗り越えてきた。

油断すれば天運が彼女に味方し、戦況がひっくり返されるかもしれない。

有利な時に一気に攻め上がり、徹底的に叩く必要があるのだ。


「東山が危ういのもある。我が方の右翼が崩れる前に決着をつける」


「……畏まりました」


 此方の説得に護衛の騎士たちは納得し、前進するための準備を開始する。

これで勝敗が決まる。

そう考えると自然と拳に力が入るのであった。


※※※


(勝機得たり)


 エリウッド王の軍が前進を始めたのを見るとヴォルフラムは拳を強く握りしめた。

味方が敗走する寸前で敵が此方の最も望むことをしてくれた。

奴らからしたら勝ちを確実にするための最後の一手であろうが、その選択は最大の失敗だ。

奴らは今、勝利を手放したのだ。


「大至急ダニエル子爵に連絡を。”お友達”に動いてもらうように合図を送るのだ」


 伝令を走らせると柄にもなく興奮する。

この勝利は歴史に残るだろう。

新たな時代の幕開けは目前であり、己がそれに立ち会えることに歓喜を抑えきれない。


 深呼吸をして肺を冷たい空気で満たすと心を落ち着かせる。

動じるな、ヴォルフラム・ブルーンズ。

多くのものがそうであったように勝利を目前にし慢心したものは滅ぶ。

自分は先人たちに学び、過ちを犯さないようにしなくてはならない。


「クリス王子に連絡を。策が成功し次第、総攻撃を開始する!」


 さあ行くぞ。

最後まで油断せず、完全勝利を得る。

そしてルナミア・シェードランの目指す新たな世を到来させるのだ。


※※※


 水蒸気爆発による煙が晴れると私は剣を構えながら敵の姿を探した。


「……しぶとい」


 イルミナは立っていた。

どうやら咄嗟に魔術障壁を展開して直撃を免れたようだが満身創痍だ。


 剣をゆっくりと構えて意識が朦朧としている敵を睨む。


「悪いけど、容赦はしないわよ」


 敵にトドメをさそうと踏み出した瞬間、横から何かが転がって来た。

慌てて身構えると土埃塗れのソレは「む、無理! 死ぬ!?」と喚きながらジタバタしていた。


「メリナローズ!? 貴女どうしてここに!?」


「うわ!? ルナミア様!? ごめん! 連れてきちゃった!!」


 「何を」と訊ねようとした瞬間、固まる。

メリナローズが転がってきた方向。

そこに立つ人物の姿を。


「な、なんてことしてくれてんのよ!!」


 聖女レグリア。

戦場で最も出会いたくない人物がこの場に現れたのだ。


 冷や汗を掻きながら聖女を睨み、そして横目でメリナローズと彼女が抱えているフェリアセンシアを見る。

深手を負っているフェリアセンシア。

それを抱えて逃げ来たメリナローズ。

つまり聖女を戦場から遠ざける策は失敗したのだ。


「どうやらお互いに部下が世話になったようですね」


 レグリアはイルミナを一瞥すると鋭い殺気を此方に向けてくる。


「ええ、そのようね。どうする? 今度は私たちで殺し合う?」


 焦りが表に出ないように強気な笑みを浮かべるが聖女は此方の動揺はお見通しだというように目を細めた。


「最初からそのつもりですよ。ルナミア・シェードラン。貴女は終わりです。反乱軍はここで総崩れとなり滅ぶ。そして貴女は女神の裁きを受けることになるでしょう」


 聖女の登場で敵軍の勢いは増している。

更にエリウッド王の部隊も前進を始め、此方は総崩れ一歩手前だ。

うん? 王の部隊が?


 ハッとして敵軍の方を見ると確かにエリウッド王の軍が此方に向かってきている。

それはつまり━━。


「━━勝ったわ」


 此方の言葉に聖女は怪訝そうな表情を浮かべた。

それはそうだろう。

どう見ても反乱軍が敗北する。

普通ならば、だ。


「悪いわね、レグリア。私には優秀な副官がいるの。そいつがきっと全部やってくれている」


「何を━━」


 西山の方を指さす。


「ほら、動いた。やっぱり私の勝ちよ」


※※※


「一気呵成に攻め上がれ!! 勝利は目前だぞ!!」


 エルメドール卿の言葉と共に王軍は総攻撃を開始した。

ルナミア・シェードランの登場で一時は押し返されかけたが聖女レグリアが現れたこととエリウッド王が自ら出陣したことにより味方の戦意が高揚した。

既に反乱軍は後退を始めておりこのまま一気に敵本陣まで攻め込むことも可能だろう。


「エルメドール卿!! 左翼の軍も突撃を開始しました!!」


「流石は我が盟友!! 攻め時を心得ている!!」


 左翼の軍も加われば勝利は確実。

国を二分した内戦を終わらせることが出来る。

身体の奥底から湧き上がる感情に突き動かされ槍の先端を敵軍に向けた。


「さあ、突撃を━━」


 号令を出す瞬間、違和感に気が付いた。

西山から下山したファルジアン卿の軍。

その後方には突破された敵左翼がいる。

一見、敵が味方を慌てて追っているようだがその進路がおかしい。

ファルジアン卿の軍が向かっているのはここではない。

彼らは前進しているエリウッド王の軍に向かっているのだ。


「……待て。これは……」


 前線に合流しようとしている王の軍。

その側面から迫るファルジアン卿の軍。

そしてそれが起きた。

ファルジアン卿の軍は勢いを落とさずそのままエリウッド王の軍に突っ込み、二つの旗が入り混じる。


「ど、同士討ち!?」


 その光景に誰もが動揺した。

西山の軍が間違えたのか?

否。

ファルジアン卿に限ってそんなことはありえない。

つまりこれは━━。


「━━裏切り、だと?」


※※※


 十数分前。

ファルジアン卿は怒っていた。


 消極的な味方を鼓舞するためにダニエル子爵の軍に襲い掛かったというのに若い騎士たちは誰も動かなかった。

結局敵に押し返されてしまい、西山で持久戦を続けることになった。


「若い連中は戦う気がないのか! これでは恥さらしもいいところだ!!」


 若い連中が何を考えているのかを知るために息子を本陣に呼んだ。

若い連中が戦を放棄するつもりならば厳罰に処さねばならぬだろう。


「む……? あの狼煙はなんだ?」


 山の麓━━ダニエル子爵の軍の方角から赤い狼煙が上がっている。

敵が何か仕掛けてくるのだろうか?

だとするなら備えた方が良い。

そう思っていると若い騎士たちを連れて息子━━フェリックス・ファルジアンがやってくる。


「父上、お呼びですかな」


「ああ呼んだとも! お前の部下たちは何をしている! なぜ敵と戦わない!」


 此方の言葉にフェリックスは「ああ」と肩を竦めると苦笑した。


「敵じゃないからですよ」


「ど、どういう意味だ!」


 フェリックスが片手を上げると本陣に兵士たちがなだれ込んでくる。

そしてベテランの騎士たちを取り囲むと武器を突きつける。


「貴様ら!! 乱心したか!!」


「いいえ。我々からしたら乱心したのは父上たちの方です。あれだけ内戦には関わるなと説得したのに貴方がた年寄りは我々の話を聞かなかった。その結果がこれです」


 フェリックスは「焦りましたよ」とため息を吐き、狼煙の方を指さした。


「父上たちがダニエル子爵の軍を攻撃したときはどうしたものかと。ですが流石はダニエル子爵。私たちのことは信じてくれた」


「フェリックス、お前……裏切っていたのか!」


「ええそうです。この戦が始まる前からシェードラン大公とは文通する仲でしてね。大公はこの戦で味方すれば私の地位を守ってくれると約束してくださった」


 目の前が真っ暗になった。

まさか最大の敵がこんな近くに……己の息子だったとは思いもしなかった。


「何たる……何たる不覚!! そしてこの愚か者め!! 貴様はファルジアン家の名誉を汚した!!」


「名誉がなんだという!! 老い先短い父上は名誉さえ守れればいいのでしょう! ですが私はそんなものの為に死ぬ気はない!! 全てはファルジアン家を後世に残すため!! 死にたいのならば死にたい連中だけで行けばよかったのだ!!」


 「貴様!!」と老齢の騎士の一人が剣を抜こうとするがそれよりも早く周囲にいた兵士たちが彼を槍で突いて殺した。


「大人しく投降するならば殺しはしない! だが名誉などという幻想に縋り、死にたいというのならば今ここで討とう!!」


 息子の言葉に騎士たちは次々と投降し、兵士たちに縄で拘束された。

若い騎士たちが「失礼します」と言いながら此方の両腕を縛って来たため息子を睨みつける。


「儂を捕らえたとしてもお前の思い通りにはならんぞ」


「父上以外にも石頭がいるのは承知していますよ。だからもう先手を打ってある。今頃各将の陣で反乱が起きているでしょう。父上が想像しているよりも遥かに内通者は多かったのですよ」


 そう言うとフェリックスは「父上を連れていけ」と部下たちに命じ、武器を構えた兵士たちが縄を引いて連行を始める。

兵士たちに引きずられるように歩きながら息子を睨み続ける。


「フェリックス!! この判断、後悔することになるぞ!!」


 そう怒鳴っても息子は涼しい表情で聞き流し、若手の騎士たちと共に去っていくのであった。


※※※


 フェリックス・ファルジアンは左翼の軍が味方によって制圧完了したという報告を聞くとすぐに馬に跨った。

ぎりぎりまでどちらに味方するか悩んでいたが粘ってみて良かった。

これでファルジアン家は反乱軍━━いや、新生同盟軍に大きな貸しを作れる。

家の存続だけではなく、更なる繁栄と拡張も望めるだろう。


「フェリックス様!! 準備完了しました!!」


「……よし、では狼煙を上げろ。ダニエル子爵に連絡するのだ」


 指示を出すと西山の山頂から赤い狼煙が上がる。

これで山を下りてもダニエル子爵の軍から攻撃を受けないだろう。


「聞けぇ!! これより我らは新生同盟軍に味方する!! 古き者どもを廃し、我らによって新たな王国を築き上げるのだ!!」


「おぉ!!」


「全軍突撃!! 敵は王軍!! エリウッド王を討つべし!!」


 その号令と共に寝返った王国軍左翼は戦場中央に向かって一斉に突撃を開始するのであった。

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