第54節・アヴィリス平原の戦い


 戦場中央の戦況は王国軍側に傾きつつあった。

聖アルテミシア騎士団やエルメドール卿率いる部隊の猛攻により同盟軍は大損害を受け、既にいくつかの部隊は潰走を始めていた。


 白銀騎士団が獅子奮迅の働きをしているためどうにか総崩れは免れているが同盟軍側の損害はどんどん大きくなっていく。


 そんな中、王国軍に正面から切り込み暴風のように吹き荒れる存在がいた。

段平が振るわれる度に王国兵が断ち切られ、腕や首が宙を舞う。

青空に血のアーチを描きながらアーダルベルトは鬼神の如き奮戦をしていた。


 背後から奇襲してきた敵兵を振り返りざまに叩き切ると包囲されていることに気が付く。

敵兵たちがじりじりと寄ってくるのを見ると右に駆けだした。

そして槍を持った兵士を袈裟斬りにすると直ぐに軽く跳躍し、別の敵に向かって間合いを詰める。

剣と盾を持った敵兵は横薙ぎの斬撃を放つが、それを段平で弾き返して敵の体勢を崩し盾に蹴りを叩き込む。

転倒した敵の胴に段平を突き刺すと槍を持った敵が三人同時に突撃してきたため、先ほど倒した兵士の盾を蹴り飛ばして一人の顔面に命中させた。


「や、やれ!!」


 二本の槍が突き出されるのと同時にスライディングを行い敵兵たちの背後に回り込むと全力で横薙ぎの斬撃を放ち二人纏めて断ち切った。

残った兵士はその光景に動揺し、慌てて逃げ出す。


「ふぅ……。ちょっと張り切りすぎちゃったかしら?」


 次から次へと敵が来るため休む暇が無い。

傭兵団も頑張ってくれているがそろそろ厳しくなってきている。


「団長! 次のが来やしたぜ!!」


 前方を見れば先ほどとは別の旗を掲げた軍団が此方に向かってきている。

やれやれと肩をすくめると段平を構え直して「さあ! 次行くわよ!!」と号令を出し、傭兵団と共に突撃するのであった。


※※※


 前線から送られて来る報告に私は眉を顰めた。

戦前の懸念通り士気の差が大きく出ている。

双子山の攻防は今のところ問題ないようだが中央はかなり旗色が悪い。


 白銀騎士団などは奮戦してくれているがそれ以外の部隊が敵の猛攻に圧倒されている。


(レグリアを戦場から離したのは正解だったわね……)


 この戦況であの頭のおかしい無敵聖女に暴れられていたら総崩れになっていただろう。


「前線が崩壊する前に仕掛けるべきか……?」


 いや、駄目だ。

まだエリウッド王の部隊を引き摺り出せていない。

早まれば全てが終わる。

ここは味方を信じて待つしか━━。


「ち、中央右翼が突破されました!!」


 慌てて前線を見れば中央右翼が聖アルテミシア騎士団によって敗走しており、戦線を突破した敵はそのまま白銀騎士団の後方に回り込もうとしている。

このままでは味方中央全体が挟撃されて総崩れになる。


「ヴォルフラム! 指揮を任せる!! 近衛隊は私に続け!!」


 ヴォルフラムが何かを言う前に馬を駆けさせると近衛隊が慌ててあとを追ってくる。

後退する味方に「戻りなさい!」と怒鳴りながら突き進む。

そして旗持ちから新生同盟軍の旗をひったくると周囲に見せつけるように振り回した。


「お、おい!? まさかシェードラン大公か!?」


 誰かがそう言い、足を止める。

退却していた兵士たちは突撃する私に注目し、やがて反転を始めた。


「私に、続けぇー!!」


 喉が潰れそうになるくらい叫ぶ。

矢や銃弾が飛び交っていても気にしない。

此方に気が付いた敵が慌てて槍を構えるが旗を振ってなぎ倒していく。


「は、はは……!!」


 不謹慎ながら高揚していた。

しがらみに囚われず思うがままに戦場を駆け抜ける。

身体の奥底から生まれる衝動に突き動かされる感覚。

嘗てリーシェと共にディヴァーンに立ち向かった思い出。


 成程、これが人の性か。

己をきつく縛り付けたつもりでも容易く感情に引っ張られる。

他者を傷付け、奪うことの悦楽に耐えるためにもやはり”私の法”は必要だ。


「く!! シェードラン! 覚悟!!」


 正面から騎士が一人突っ込んでくる。

槍を構えた騎馬突撃に対して旗を構えると投擲した。

旗の戦端が騎士の肩に命中し落馬する。

そしてそのまま私は馬で騎士を踏みつぶすと周囲を睨んだ。


「次はどいつかしら!! 惨たらしく死にたい奴から来なさい!!」


「では私が━━」


 右から雷の槍が迫ってきた。

馬の胴を蹴り、跳躍して回避すると地面に着地する。

直ぐに剣を引き抜いて構えると目の前に若い女の騎士が現れた。


「一人でこんなところまでやってきて。英雄気取りですの? それともただの馬鹿?」


 レイピアと呼ばれる刺突用の剣を持ち、不敵な笑みを浮かべている女騎士。

たしか聖アルテミシア騎士団のイルミナといった筈だ。


「あら? 誰かと思えば聖女の腰巾着じゃない。貴女こそこんなところで何をしているのかしら? 飼い主の傍にいなくてもいいの?」


 挑発をし返すとイルミナは僅かに頬をヒクつかせた。

どうやら人を馬鹿にすることには慣れていても馬鹿にされることには慣れていないようだ。


「━━ええ。貴女ごときにあの方が出る必要がありませんもの。味方を助けるために来たようですが飛んで火にいるという奴ですわ」


 イルミナが合図すると聖アルテミシア騎士団の騎士たちが私を取り囲む。

数にして十五人。

全員手練れだ。

流石に分が悪いがここで逃げ出すことなんてできない。


「泣いて詫びるなら今のうちですわよ? まあ貴女のような反逆者。徹底的に嬲ってから処刑してやりますけど」


「正義の聖騎士とは思えない発言ね」


「だって貴女は悪ですもの。王国に、王に、聖女に逆らった大罪人! その罪は例え地獄に落ちたとしても赦されるものではありませんわ!!」


 なるほど罪人か。

確かにそうだ。

私は正義と絶対に名乗れないほどの罪を犯している。

地獄に落ちるのも別にいい。

だがそれは今じゃない。


「さあ! 跪きなさい!! 首を垂れなさい!! そうすれば少しだけ優しく殺して━━っ!?」


「ごちゃごちゃ煩い!!」


 おしゃべりに夢中なイルミナに対して踏み込み、斬撃を放った。

彼女は咄嗟に此方の攻撃を受け止めてつば競り合いになると「ひ、卑怯な!!」と怒りに顔を歪める。


「だって私は大罪人だもの!! 悪党らしくお下品に行かせてもらうわ!!」


 つば競り合いのまま回し蹴りを放ち、敵の脇腹に叩き込むと吹き飛ばす。

私の奇襲に驚きながらも聖アルテミシア騎士団は一気に襲い掛かって来ようとしたがそれよりも早く味方が到着した。


「閣下を守れ!!」


 近衛隊が聖アルテミシア騎士団に切り込み、それに続いて反転した味方も援護に駆け付ける。

周囲はあっという間に乱戦となり兵士たちが血に染まっていく。


「━━やってくれましたわね」


 イルミナは怒りを隠さずレイピアを構えると鋭い殺意の視線を此方に向けてきた。


「来なさい、腰巾着。叩きのめしてやるわ」


 そう言うのと同時にイルミナが駆け出し、私も剣を振るうのであった。


※※※


 風を切る刺突と黒の斬撃が幾重にも重なり火花を散らす。

イルミナの攻撃は厄介であった。

レイピアによる高速刺突。

目で追うのが難しい程の速度と的確に此方の急所を狙ってくる技量。

聖アルテミシア騎士団に所属しているだけあってそこらの騎士じゃ相手にならない程強い。


(まともにやり合うのは不利かしら……?)


 此方は黒のロングソード。

どうしてもレイピアと比べて動きが遅くなり後手に回る。

あんな細い剣、英雄の剣ならば容易く砕けると思っていたが敵はレイピアの根本などで上手く受けて弾いてくる。

更に厄介なのが━━。


「いっ……つ!!」


 剣を握る両手に痺れを感じた。

レイピアと接触する度に流れてくる電撃。

敵は己の武器に雷撃を纏わせているのだ。


「動きが鈍くなってますわよ!!」


 手の痺れが抜けきらない内に次の刺突が放たれる。

額の中央を狙った一撃。

それに対して横へ跳躍するとイルミナは即座に稲妻を放ってきた。

それを岩の壁を生み出して防ぐと壁から飛び出し火球を放つ。

敵は火球をスライディングで避けると再び間合いを詰めてきた。


「噂通り複数属性の魔術を使えますのね。厄介ですわ━━遠距離戦では」


「嫌な戦い方をするわね!!」


 敵は常に間合いを詰め、戦いの主導権を渡さないようにしていた。

手数で押し込み遠くへ逃れたのならば魔術で足止めしつつ間合いを詰める。


「術を使わせないようにするのは対魔術師戦の常識ですわよ!!」


「ああもう! ネチネチと!!」


 連続攻撃を受け流し続けていると一瞬だけ攻撃が止む。

それによってタイミングが崩されて反応が僅かに遅れた。


(フェイント!?)


 一瞬の隙を突いて放たれた攻撃をどうにか首を傾けて回避しようとするとレイピアが私の首を裂く。

首に鋭い痛みを感じながらも再び始まった連続攻撃を弾き続け、反撃に転じるために強引に踏み込んだ。

数発を喰らい、手足をレイピアが貫通する。

歯を喰い縛って斬撃を叩き込むと敵は舌打ちしながら後ろへの跳躍を行った。


 私も態勢を立て直そうと後方へ跳躍すると敵が不敵な笑みを浮かべる。


「それは悪手でしたわね!!」


「!?」


 突如全身が痺れた。

目の裏で火花が散り、脳みそが燃えたかのように頭が痛い。

自分の身に何が起きたのかを確認すると先ほどレイピアが命中したところに魔法陣のような紋様が浮かび上がっていた。


「……遅滞発動の……魔術?」


「ええその通り。負傷させた相手に呪詛を仕込む魔術。ふふ、それだけの呪詛が発動しては指一つ動かすだけでも激痛が生じるでしょう?」


 その通りだ。

舌打ちしようとするだけでも全身の筋肉が痙攣する。


「アンタ……性格悪いってよく言われるでしょう?」


「酷いですわ。私はただ一方的に敵を嬲るのが好きなだけ。さて、ルナミア・シェードラン。ここからは私の独壇場ですわ!!」


 イルミナが突撃してくる。

それを迎撃しようとしても全身に激痛が走り、思うように動かない。

圧倒的に不利な状況に追い込まれた。

この状況を打開する術は無い。

そう、普通ならば━━。


「━━━━」


 すぅっと息を吸う。

心を落ち着かせ、雑念を全て振り払う。

己の内側に意識を集中させ、解き放つ。

全てがスローモーションに見えた。

これは私がそう見えるように錯覚しているのか、それとも本当に時間が遅くなっているのか。

まあどちらでもいい。

今は━━。


「━━私の、邪魔をするな!!」


 慢心しきっていたイルミナの攻撃を全力で弾き返す。

彼女のレイピアは宙を舞い、敵は驚きに目を見開いている。


「そんな、何が……!? 光の翼……!?」


 そう、翼だ。

私の背中から生えた光の翼。

遥か昔から受け継いできた力。


 私を蝕むものが毒であったのならば死んでいただろう。

だが魔術であるならば話は変わる。

この力はマナそのものを操る女神の翼。

敵の攻撃が魔術ならばその魔力を吸収し、解除できる。


「くっ……!! この……!! 認めませんわ!!」


 イルミナがやぶれかぶれで巨大な雷球を放ってくる。

剣技ではなく魔力に頼ったごり押しを選んだ時点で彼女の負けだ。

翼が一段と強く光り、雷球が吸い込まれる。

そして雷属性の魔力を水属性に変換して巨大な水球を放ち返した。


「もう一段、行くわよ!!」


 目を見開き、水球に魔力を送ると水の塊の周りに灼熱の炎が纏わりついた。

二つの属性は混じり合い膨張していく。

そして敵に命中する瞬間に強烈な水蒸気爆発を引き起こし、周囲にいるものを全て吹き飛ばすのであった。

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