第53節・双子山の戦い


 戦場右翼では双子山の東山に籠る王国軍を新生同盟軍は攻めあぐねていた。

王国軍は山に多数の大砲を設置し、更に柵を設けて天然の要塞にしていた。

麓に布陣する同盟軍はどうにか攻め登ろうとしているが高所より放たれる銃撃や弓兵隊の攻撃、そして魔導砲による砲撃によって多数の死者を出している。

東山に設置された砲は戦場中央を射程に収めている。

故に早急に制圧しなければいけないのだが━━。


「ええい! 下がってはいけませんわ!! 前進し、敵を圧迫しなさい!!」


「お嬢様! お下がりを!! ここは危険です!!」


 同盟軍右翼の指揮を任されたエリザベート・メフィルは銃弾や矢が飛び交う前線で扇を片手に指示を出し続ける。

時折彼女の頬を銃弾が掠め、そのたびに配下の将兵が顔を青くしていた。


「いいえ! 下がるわけにはいきませんわ!! マーテウス、私の心配よりもこの状況を打破する案を考えなさい!!」


「しかし━━」


「しかし、じゃありません。貴方も分かっているのでしょう? 私たちには後が無い。戦後、メフィル家が返り咲くにはこの大戦で戦功をあげなくてはならない」


 メフィル家は大公の地位を失い危うい立場にある。

シェードラン大公がメフィルを不要と考えれば一族皆殺しもありえるのだ。

だから絶対に東山を制圧しなければいけない。

それに━━。


「メフィルの兵を纏めるにはこうするしかありませんわ。私はお母様のようには出来ない。未熟な小娘が兵を率いるには誰よりも前に立つしかない」


 尊敬と畏怖を集めていた母ならば指一つで全軍を指揮できただろう。

だがメフィル家を継いで間もない小娘に指揮されては将兵もやる気が出ない。

特にこの戦いは敵であったシェードランに味方する戦いだ。

旧メフィル家の軍は同盟軍の中でも特に士気が低い。

敵に圧されればあっという間に瓦解してしまう可能性があるのだ。


「エリザベート様! 例の部隊の準備が完了しました!!」


 伝令の報告に「分かりましたわ」と頷く。

シェードラン大公から貸し与えられた部隊。

それがあれば道を切り拓けるかもしれない。


「お嬢様、我々は彼らの援護を。敵が上手く此方の誘いに乗れば後は”奴ら”が上手くやってくれるでしょう」


「……ふん。あの連中に頼るのは癪ですが仕方ありませんわね」


 母から譲り受けた扇をピシャリと閉じ山を睨む。


「━━反撃開始ですわよ!!」


※※※


「敵を近づけさせるな!! 撃ち続けろ!!」


 東山に布陣した王国軍の兵士たちは麓から攻め上がろうとする同盟軍に対して激しく抵抗していた。

地の利を得た彼らは銃兵や弓兵で激し弾幕を形成し、更に中央支援のために設置した大砲の幾つかを迎撃に使っている。


 敵の死傷者はどんどん増えていき、対して此方の損害は軽微。

王国軍の士気は高まりきっており同盟軍を圧倒している。

しかし━━。


「おい! 何か来るぞ!!」


 それは鉄塊であった。

山道を密集しながら登ってくる重装備の歩兵隊。

構えている大盾の分厚さに匹敵する鎧で全身を多い、隊列を組みながらゆっくりと前進してくる。


「奴らを止めろ!!」


 王国軍が重装歩兵隊に攻撃を開始するが放たれた銃弾や弓は装甲に弾かれてまったく通らない。

それを見た兵士たちはすぐに大砲を敵に向け放とうとした。

すると重装歩兵隊のリーダーらしき小さいのが『皆さん! 来ますよぅ!! 密集陣形!!』と指示を出す。


 放たれた砲弾は重装歩兵隊に命中するが驚くべきことに数人が転倒し、転がった程度で砲撃を耐え抜いていた。


「馬鹿なっ!? いくらなんでも耐えられる筈が……!!」


「おい! 奴らの周りに何か……」


 敵をよく見てみると彼らの周りには薄い水のような膜があった。

更に彼らに隠れて魔術師たちの姿が確認できる。


「奴らめ! 魔術で威力を減衰したか!! 砲撃を続けろ!! 魔術師どもを狙え!!」


 大砲を動かし、重装歩兵の後ろに隠れている魔術師部隊を狙う。

そして攻撃の号令を放った瞬間━━弾けた。


 大砲が突如爆発し、近くにいた兵士たちが巻き込まれる。

何事かと動揺していると大きな矢が遠くから幾つも放たれ大砲に命中する。

矢に魔術が込められているらしく狙撃された大砲は次々と爆発し土砂を舞い上げた。


「くそ!! 狙撃手がいるぞ! 援軍を呼べ! 敵はここを突破するつもりだ!!」


 麓から重装歩兵隊を援護する為に同盟軍の兵士が前進してくると王国軍は必死に迎撃する。

両軍は激しい攻防を再開し、徐々に同盟軍側が押し始めるのであった。


※※※


「ううむ……。流石はダニエル子爵。手堅い戦をする」


 西山の本陣に居るファルジアン卿は戦況報告を聞きながらそう唸った。

双子山の西山を包囲しているのはダニエル子爵率いる部隊だ。

彼は積極的な攻勢は行わず数的有利を活かして持久戦に持ち込んでいる。

下山して一気に叩くべしという意見も出ているが斥候によると敵は山を包囲している部隊とは別に後方に伏兵が潜んでいるという。

恐らく痺れを切らして突撃してきた此方を包囲殲滅しようという考えだろう。


「敵の誘いに乗るな。向こうが持久戦を望むのであれば此方も受けてやろう」


 伝令が去っていくと腕を組みながら山頂から戦場を見渡す。

中央はやや味方が優勢。

東山では激しい攻防が行われているようだ。

さてこの状況で我々はどう動くべきか。


「倅はどうしている?」


 近くにいた老齢の騎士に訊ねると彼は「若い騎士を立派に纏め上げています」と答えた。

血気盛んな若い騎士はこの膠着状態に苛立っている。

誰か一人でも先走れば統制を失って突撃を敢行してしまうだろう。

それを息子が制してくれているのは有難い。


「扱いの難しい若い連中を纏め上げるとは我が子も立派になったものだ」


 そう満足そうに頷くと老齢の騎士が何か言いたそうな顔をしていることに気が付いた。


「どうした? 何か気になることでも?」


「どうにもその若い騎士たちの様子がおかしいというか……」


 どういうことだと首を傾げると老齢の騎士は小声で「大人しすぎるのです」と言う。


「ご子息が説得するよりも前から消極的というか……戦意がないとも思える者が多く感じまして」


「……ふむ。敵に臆しているのやもしれぬな」


 敵はこちらの倍近くいるのだ。

若い騎士たちの多くは実戦経験が乏しく、このような苦境に立ったことが少ない。

戦の前はやる気に満ちていてもいざ戦いが始まると戦意を失ってしまうこともある。


「少し此方から仕掛けてみるか?」


「よろしいので?」


「このままでは士気が低下し逃散する将兵がでるかもしれん。危険ではあるが此方から仕掛けて敵に損害を与えよう」


 そのままの勢いで突撃をしないように気をつけなければいけない。

伝令を呼び、各将に必要以上の攻勢は掛けないように厳命すると髭を擦る。


「さあて、少しばかり敵を驚かせてやろうか」


※※※


 東山では同盟軍の猛攻が始まったことにより多くの部隊が前線の援護に向かっていた。

東山を任されたマルゼン卿は同盟軍の侵攻を喰い止めるために本陣に僅かな兵を残して最前線に向かった。

敵は外から押し寄せてくる。

その油断を突いた者たちがいた。


 異変に気が付き味方を呼ぼうとした兵士の喉を小刀が引き裂く。

血を噴水のように吹き出しながら倒れた兵士を冷たい目線で見下ろすのはミカヅチ人の忍びであるウズメだ。

彼女は小刀に付着した血を振り払うと周囲を見渡す。


 本陣は血に染まっており、物陰から次々と忍びの者たちが現れる。

彼らは無言で頷きあうと再び姿を消し、まだ生き残っている獲物を狩りに行った。


「ヒョヒョ……。どうしたよウズメ。何やら気に食わなさそうだな」


 いつの間にか背後に立っていた老人の方を振り返ると首を横に振る。


「いえ、何も。容易いと思っただけです」


「ヒョヒョ。名誉や誇りを重んじる騎士は儂らのような陰に生きる者たちを気にしない。だからほら、こうやって裏をかけるのじゃ」


 老人━━コタロウはそう言うと「愉快愉快」と笑った。

東山攻略の要はメフィルでもあの奇妙な鉄塊部隊じゃない。

彼らは敵を引き付ける囮。

本命は我々忍なのだ。


「眩しいのォ。実に眩しい。王軍も同盟軍も自分たちが主役だと思っておる。後世に謳われるような戦いをしようとしている。故に愉快だ。儂ら日陰者がそれを台無しに出来るのだからな」


 本陣に次々と火の手が上がり始めた。

襲撃に気が付いた王国軍の兵士たちが騒ぎ始める。

だがもう遅い。

鉄砲や大砲のために火薬を集めたことが仇となった。

魔導砲の為に魔晶石を集めたことが地獄を生み出す原因となる。

爆発が連鎖し、本陣から発生した火災は山の木々に燃え広がっていく。

今、この瞬間。

右翼での戦いは勝敗が決したのである。


「さあてウズメよ。狩りを始めるとしよう。光照らす戦場を影が蹂躙するのじゃ」


「は!」


 コタロウが姿を消し、自分も駆けだす。

混乱が収拾できなくなるまで狩り続けるとしよう。

そう思いながら目に入った騎士に襲い掛かり首を刎ねるのであった。


※※※


「山頂から火の手が……!!」


 東山の麓に布陣していたエリザベートは敵本陣の方角から黒煙が上がるのを見た。

本陣からの爆発音を皮切りに東山各所で爆発が生じ、山が燃えていく。


「どうやら成功したようですな」


 マーテウスの言葉に頷く。

敵はまんまと陽動に引っ掛かり忍が敵本陣や各所にある火薬庫を奇襲した。

敵は本陣と多数の弾薬を失い、更に広がる火災によって退路を断たれている。


「あの裏切り者たちに頼ることになったのは気に入りませんが……。この機を逃してはなりませんわね」


「お嬢様、山に登った部隊を降ろすべきかと。このままでは味方も火災に巻き込まれます」


「ええ、そうしましょう。山を包囲しつつ攻撃隊の後退を━━」


 そこまで言って止まる。

果たして今退くのは正解だろうか?

退けば敵に立て直す時間を与えることになる。

万が一奴らが此方の包囲を突破して中央に合流したら大問題だ。

ならば……。


「総攻撃を行いましょう」


「……よろしいので?」


 マーテウスの目を見てしっかりと頷く。

此方も被害が出るだろうが完全勝利のためには必要な犠牲だ。

母や兄ならばきっと私と同じ選択をする。


 此方の強い決意を察してマーテウスは「かしこまりました」と頷くと総攻撃の指示を出す。

さあ行こう。

勝利のために地獄の劫火に焼かれている山に入ろう。


「ここが勝負どころ、ですわよ」

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