第52節・氷柱の宮殿


 翌日。

朝霧が平原を覆う中、前進する集団がいた。

白銀の鎧を着た騎士たちとそれに続く歩兵。

彼らは可能な限り静かに行軍しており、一歩前進するたびに周囲を警戒する。


 先頭にいたエドガーが馬を止める。

すると軍団も静止して身構えた。


「団長、前方に何か……」


 騎士の一人が指差す方向に霧に映った黒い影があった。

それは徐々に形を成し、多数の兵士となる。

前方から味方が現れることは無い。

アレが何なのかすぐに理解するとエドガーは兜のバイザーを下ろし、槍を振り上げる。


「敵の方から来てくれるとは僥倖だ! 一番槍は我々白銀騎士団が貰うぞ!!」


「おお!!」


 エドガーの号令と共に突撃が敢行され、敵軍もそれを迎え撃つ為に駆け出すのであった。


※※※


「我が軍の先鋒が敵と接触しました!」


 伝令からの報告で本陣にいた将兵は「始まったか!」とどよめく。


「向こうも同じことを考えていたようですな」


 ヴォルフラムの言葉に私は頷く。

早朝、霧が出ているのを見て先手をとることにした。

敵に気が付かれないように接近し、敵に騎兵突撃を叩き込めば戦の主導権を握れる。

そう考えたのだがどうやら敵も同じことを考え、此方の先鋒と敵の先鋒が鉢合わせになった。

遭遇戦となり、騎兵突撃を封じられたのは痛いが敵の奇襲を阻止出来たから良しとしよう。


「全軍に通達しなさい! これより前進を開始する! 右翼は東山を死ぬ気で攻略しなさい! あそこにある大砲は脅威よ!! 左翼は西山を包囲! 敵左翼の動きを封じなさい! 中央は前進し先鋒と合流! エリウッド王の軍が前に出てくるまで戦線を維持!!」


「は!!」


 将兵たちが一斉に動き出すと深呼吸をする。

王国の命運を分ける決戦が始まってしまった。

もう後戻りは出来ない。

どちらかが滅び尽くすまで戦い続けるのみ。


「さあ、勝負よ!!」


※※※


 戦場中央では両軍が入り混じっての激戦となっていた。

互いの先鋒が遭遇戦となったため後続が次々と駆け付けあっという間に乱戦になった。

そこら中で鋼がぶつかり合う音が鳴り響き、血飛沫が草原を紅く染めていく。


 轟音が鳴り響き、硝煙が舞い上がった。

多数の兵士が倒れ、もがき苦しむ。


「敵の鉄砲隊だ!!」


 前方を見れば王軍の鉄砲部隊が陣形を組んでいた。

同盟軍の兵士たちは一瞬動揺するが直ぐに立て直す。

そして後方より大盾を持った部隊が前進すると味方の前に出る。

再び放たれた銃撃は盾によって弾かれ、跳弾は地面に穴をあけていく。

敵の鉄砲隊に対抗すべく考案された防弾盾。

分厚いだけではなく盾を曲げることで受け流しの効果も期待された武器だ。

大盾部隊の後方から更に同盟軍側の鉄砲隊が現れると敵に向かって反撃を開始した。

両軍は激しい銃撃を行い、更に弓兵隊も加わって射撃戦が展開される。

戦況は膠着したかに見えた。

しかし━━。


「来るぞぉ!!」


 突如大盾を持った兵士たちが吹き飛び、粉々になっていく。

直撃を免れたものも腕や足が捥げ呻きながら倒れている。


「ちくしょう!! 右翼の連中は何をしている!! このままじゃ狙い撃ちだぞ!!」


「黙って戦え!! そうそう当たるもんじゃねえ!!」


 再び双子山の方から砲撃音が聞こえると今度は後方にいた弓兵隊が吹き飛ぶ。

更に上空を弧を描きながら魔導砲の砲撃が通過し、後方の味方の頭上に降り注いだ。

魔術師隊が急いで障壁を展開するが、もともと敵の魔術師の対応に追われていたため防御が間に合わないでいる。


「どうする!? このままじゃ嬲り殺しだ!! 思い切って突撃するか!?」


「いや駄目だ! 防御を解いたらそれこそ敵の思う壺!! ここは味方を信じて耐えるんだ!!」


「━━━━その通り。忍耐は蛮勇に勝りますよぉ」


 氷の柱が走った。

大地から突き出し、抉りながら敵陣に伸びた柱は敵兵を次々と串刺しにしていく。


「おぉ!! 氷竜王!!」


 強力な援軍の到着に同盟軍の兵士たちは歓声をあげる。

草原を歩きながら黒髪を靡かせる小柄の少女。

氷竜王フェリアセンシア。

新生同盟軍最強の魔術師が前線に到着したのだ。


「押し返せるぞ!!」


 強力な援軍の到着に誰もがそう思った。

先ほどの魔術で敵の鉄砲隊は大きな損害を受けており、必死に立て直そうとしている。

今のうちに突撃を仕掛け、一気に崩せば━━。


「━━!?」


 吹き飛んだ。

大盾を持った味方がまるでボールのように地面を転がっていく。

敵は砲撃を行っていない。

別の何かが強力な戦列を崩して突破してきた。


「おやおや、もっとゆっくり来てくれても良かったんですがねぇ」


 フェリアセンシアが肩を竦めるとソレは首を横に振る。


「あれだけ派手な魔術を使って……。私を誘い出したかったのでしょう?」


 聖女レグリア。

王国最強の騎士が現れたのであった。


※※※


 フェリアセンシアは聖女と向かい合いながら小さく身震いする。


(……おおぅ。これが戦斧の聖女の殺気という奴ですかぁ)


 ドラゴン族━━いや、氷竜王である自分が彼女から放たれる気に圧されている。

前々から人外じみてると思っていたがこうして相対するとその異常さが良く理解できる。


(全力でやり合って何分持つか……というところですかねぇ?)


 敵の最強に対して此方の最大戦力をぶつける。

策としては正しいのだがぶつけられる方はたまったものではない。

クレスならば『ぼっこぼこにしてやるわ!!』と言って突撃しただろうが臆病な私は可能な限り安全策をとらせてもらおう。


 後方に跳ぶのと同時に氷の槍を連射する。

この敵相手に接近戦は自殺行為。

敵の射程外に逃れつつ時間を稼ぐ。

それしか手はないだろう。

だがそれは敵が常識の範疇に収まる存在の時だけであった。


「!!」


 踏み込んだ。

無数の槍に対して正面から突撃を行い、全てを戦斧で砕きながら間合いを詰めてくる。

横の一閃が見え、上体を逸らすと鼻先を刃が霞める。


「っ!!」


 目を見開き地面を蹴ると再度後方への跳躍を行った。

直ぐに前方に氷の壁を生み出すが敵はそれを一太刀で叩き砕く。

そして砕けた氷の壁を空中で蹴ると此方に向かって射出してくる。


(更に跳躍……いえ、迎撃を!!)


 見れば敵は既に腰を落とし突撃の準備をしている。

迫ってくる氷塊を避けるために跳べば一瞬で間合いを詰められ両断されるだろう。

故にその場に踏みとどまることにした。

地面すれすれまで伏せながら氷塊の下を潜り、両手を地面に着ける。

そして魔力を地面に流し込むと自分を中心に氷のパイクを生み出した。


 この程度で敵を止められるとは思っていない。

もう一つ別の魔法を仕込むとパイクを砕いて進んでくる敵に対して氷の槍を連射し続ける。


「止まった方がいいんじゃないですかぁ!!」


「貴女を討てば止まりますよ」


 それは困る。

私は死にたくないのだ。

だからこうやって━━。


「ならば貴女が死んでください!」


 レグリアの足が突如凍った。

前進し続けた聖女の動きが初めて止まり、彼女は徐々に凍っていく己の下半身を見る。


「なるほど……氷化の罠ですか。貴女は片割れと違って随分と慎重なようだ。ですが━━」


 レグリアが下半身に力を込めると彼女を覆いつつある氷が割れ、魔術が打ち消されていく。


「数秒と持ちませんか……! ですが十分です!! 動きは止めましたよ!!」


 直後、地面から生えた何十もの鎖が聖女の体に巻き付く。

そして聖女は己の体が完全に拘束されると「そう言うことですか……」と呟いた。


「”蛇”の使徒による拘束。最初から私を足止めすることが目的でしたか」


「そういうこと! 悪いけど戦いが終わるまでずっとそうしていてもらおうかにゃ!!」


 メリナローズは姿を見せると更に二本の鎖を聖女の首に巻き付け、不敵な笑みを浮かべるのであった。


※※※


「私を拘束し、戦場から遠ざける。悪くない考えです」


 レグリアは冷静にそう言うとメリナローズの方を見る。


「ところで貴女はどちらの立場でそこに立っているのですか?」


「……さあて、どっちかしら?」


 二人の会話に引っかかるものがあり少し眉を顰めると鳥肌が立った。

拘束され身動きできない聖女から放たれている気は先ほどまでのものとは比べ物にならないほど膨れ上がっている。

まさか、この女━━!!


「”蛇”の使徒よ。まさか本気でこの程度の拘束で私を止められると思っているのですか?」


「ちょ……ちょっと!? 冗談でしょう!?」


 聖女が力を籠めると大気が振動し、彼女に巻き付いていた鎖に亀裂が入っていく。

彼女を中心に地響きが生じ、大地が割れていく。

そして莫大な魔力放射と共に聖女はメリナローズの鎖を砕くと己の首に巻き付いていた鎖を掴み、そのままメリナローズを投げ飛ばす。


「なんて出鱈目な魔力……!? これではまるで……!!」


 かつて一度だけ相対した女神。

私たちを死の淵まで追い込んだ圧倒的な神威。

あの恐怖を思い出して身体が固まる。


「━━氷竜王。再び女神に仇名したこと、後悔しながら散りなさい」


 聖女の姿が消える。

竜の目をもってしても追うことが出来ない高速移動。

光刃を纏った刃が首目掛けて放たれる。


 無理だ。

やはり無理だ。

こんな化け物を相手に正面から戦うなど無謀だったのだ。

いつものように荒事は避け、嵐が去るのを待つべきだったのだ。


 死にたくない。

死ぬのは怖い。

私たちは同じはずだった。

同じものを見て、同じことを考える。

だからクレスのように私も勇気をもって戦えると信じていた。


(でも違った……)


 あの日。

帝国が滅びた日。

私はクレスと共に勇敢に立ち向かおうとした。

しかし土壇場で恐ろしくなり、彼女との連携を崩してしまったのだ。

その結果がアレだ。

私はクレスと違う。

私は彼女のように勇敢ではない。

臆病で卑怯者の出来損ない。

それがフェリアセンシアという存在だ。

故に━━。


「━━卑怯に行かせてもらいます」


「!?」


 レグリアが攻撃を止め、私から離れる。

それは正しい判断だ。

あのまま斬りかかっていたら彼女は串刺しになっていただろう。


 大地が凍る。

草原を覆う草は凍り付き、青白い床となる。

幾層もの氷で出来た塔が、城壁が現れて私たちを覆っていく。


「これほどまでに大規模な魔術を仕込んでいたとは……。これが貴女の切り札ですか」


「ええ、そうです。ようこそ我が城へ。難攻不落の永久凍土。我が魔術の奥義、凍結宮殿。これより私が戦場を支配します」


 その宣言と共に床や壁、柱から次々と氷の杭が放たれ聖女に襲い掛かるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る