第51節・英傑たちの会談


 階段の場にはエリウッド王が先に到着していた。


 王は草原のど真ん中で馬に乗って待機しており、私の姿を見ると馬から降りた。

私も馬上で一礼してから降りるとエリウッド王が地べたに座る。

敵を前にして堂々とした態度に驚きつつ、王が座ったのに自分が立っているのは失礼だろうと考え、私も彼と向かい合うように座る。


 少しの間お互いに無言でいたため、私は思わず周囲の様子を見てしまった。

するとエリウッド王は「安心しろ」と苦笑する。


「約束通り護衛は連れていない。お前と同様にな」


「……正直驚きました。本当に一人でいらっしゃるとは」


「そのまま言葉を返そう。バードン伯爵の様に闇討ちするのではと思っていたぞ?」


 感情が表に出ない様に気を付ける。

これは挨拶代わりの挑発だ。

だからこちらは「そんな安っぽい挑発は効かないぞ」と微笑んでやればいい。


 私の態度がお気に召したのかエリウッド王は満足そうに頷くと「さて」と背筋を正す。


「単刀直入に訊こう。ルナミア・シェードラン。お前はこの内戦の先にどの様な未来を見ている?」


 王の問いは予想通りだった。

この国を代々治めてきた王族として私が、敵が何を求めているのか知りたい。

王国の未来を案じているからこその問いだ。

故に私は堂々と言わねばならない。

嘘偽りの無い私の描く未来を。


「私の願いは、目的はただ一つ━━王政の崩壊です」


※※※


 私の言葉にエリウッド王は反応しない。

続きを言えと無言で促してくる。


「私が目指すのは全ての者が等しく法によって支配された国です。平民も貴族も、王も法のもとに生きる国家。それを築くために私は戦います」


「……法、か。だが今でも法はある。何百年もの間守られて来た国法。それでは不服か?」


「確かにこの国にはちゃんと法がある。ですがその法の執行は為政者に大きく左右される」


 罪は罰せられなければいけない。

これは国として、人として当然の法だ。

だが例えば同じ罪でも貴族と平民が犯した場合、平等な裁きを受けることが出来るか?

否である。

例えば同じ罪でもアルヴィリア人とゼダ人が犯した場合、平等な裁きを受けることが出来るか?

否である。

法はあれどそれを執行するのは一部の為政者━━つまり王やその傘下の貴族だ。

今のアルヴィリアは法の上に為政者がいるといえる状況だ。


「なるほど。王が法で支配するのでなく、法が王を、為政者を支配するということか。だが分かっているのか? それはつまり王政の形骸化、貴族制度の崩壊。王国の滅亡を意味する」


「分かっています。王権は失われ、貴族たちも力を失う。そして代わりに開かれた政が行われるようになる」


「……まさか民に政治をさせる気か? 正気か?」


「王国を長く安定させていたものが貴族制であるならば王国を腐らせていたのも貴族制。この国を新しくし、先に進むには民の声を政に反映させる必要がある。ですがあまりにも大きな変革は新たな争いを生むことも承知しています。故に私がまず目指すのは王家を残しつつ貴族と平民が政治をする場を設ける。つまり評議会の創設です」


 国家の象徴として王を残し、実際に政治を行うのは評議会だ。

貴族によって成り立つ貴族院。

そして平民の代表者たちから成り立つ庶民院。

この二つから評議会は成り立ち、両院から選出された議長の下で政治を行うのだ。


「……お前のやりたいことは分かった。ところでこの事を新生同盟の連中は知っているのか?」


「ヴォルフラム・ブルーンズや一部の将。あとクリス王子は知っています」


 「そうか、弟はお前に賛同したか」と呟くとエリウッド王は苦笑する。

そして「お前は━━」と口を開いた。


「お前は人を信じていないのだな」


 思わず息を呑む。

王の言葉を否定するのは容易い。

だが私はこの数年間の人々の行いを見てどう思った?

この数年間の己の行動を省みてどう思った?

私は何故"こんな結論"を導き出した?


「━━人の本性は獣と変わらない。身勝手で残酷。しかし人は獣と違い理性という鎖で己を抑えることができる。だから人が人らしく生きるために絶対的な法が必要になるのです」


 理性という鎖は脆い。

一時の感情などで簡単に引きちぎれてしまう。

だがそこに強力な法が加われば鎖は補強され、人は獣に堕ちにくくなるだろう。

そうでなければ私は━━。


「まあお前の人間嫌いは置いておくとしてその考えには一理ある。人は簡単に堕落する。故に我々は信仰や敬意、恐怖によって統治を行なってきた。法による統制もその一種だろう」


 「だが」とエリウッド王は続ける。


「さっきも言ったがお前のやろうとしてしていることは貴族制の崩壊。何百年も続いてきた伝統と文化の破壊。確かに国は変わり、良くなるかもしれない。だが変革は全ての人間にとって良いことでは無い。既得権益の喪失は多くの反発を生み出すだろう。下手をしたら今よりも更に酷い内戦になるぞ?」


「無論承知しています。だから可能な限り時間を掛けて諸侯の賛同を得る。それでも反発する者がいるならば━━━━あらゆる手段で排除するしかありません」


「ほう? 急に血生臭くなったな。より良き世を築くには流血も止むなしと?」


「失礼ながら今の王国は死にかけの病人と同じ。薬で治療をしても治らない腫瘍があるならば削ぎ落とすしかない」


 大多数を助けるために少数を犠牲にする。

変革の為には必要なことだ。

そしてその罪は私が背負い、地獄まで持ち込めばいい。

私より先の代に負の遺産を残してはならない。


「覚悟は固い、か」


 エリウッド王はそう呟くと立ち上がる。


「やはり我々は相容れないようだ。ルナミア・シェードラン。お前が未来へ行き、変革を求める者たちの指導者ならば私は現在を生き、安定を求める者たちの王だ。貴様がこの国を変えたいというならば我らを打ち倒してみせよ」


 王の強い瞳を睨み返し、私も立ち上がる。


「全力で。たとえ悪逆非道と謗られようとも王国を滅ぼさせていただきます」


 互いに頷き、踵を返そうとする。

きっとこれが私たちの最後の会話となるだろう。

だから訊きたくなった。

ずっと知りたかったあることを。


「陛下。もし良ければお答えください。先王ゲオルグを討ったのは本当に陛下なのですか?」


 私の問いにエリウッド王はわずかに目を見開くと苦笑しながら己の馬の手綱を握った。


「失礼な奴だな。戦の前で無ければ叩き斬っているところだ。……だがそうだな。敵であるお前には話しておこう。私は父上を━━」


※※※


 ヴォルフラム・ブルーンズは遠くを見つめていた。

ルナミアが会談に向かったあとクリス王子に状況を報告し、とりあえずやるべき仕事を全て終わらせた。

あとはルナミアが無事に帰還するのを待つだけのためこうして”忠臣”らしく出迎えようとしているのだが……。


(忠臣、か。我ながら変わったな)


 自分が忠臣などという言葉からほど遠いことは自覚している。

目的のために他者を切り捨て、策謀を巡らせる。

実の父親すら邪魔になれば幽閉した男だ。

冷酷無比。

悪逆非道。

乱世の梟雄。

様々な誹りを受け、それを否定しない。

だがそんな自分にも仕えてみようと思える人物が現れた。


 ルナミア・シェードラン。

英雄の末裔であり、そして王国に終わりをもたらす者。

あの日、彼女の目指す未来を聞いたとき心が大きく揺れ動いた。

王政を廃し、新たな世を築こうとする彼女こそ己の夢だと思った。


「だがそれは彼女を贄とするということ」


 ウェルナー卿が言っていたことを思い出す。

ルナミアを変革のための道具としか見ていないのならば許さない。

自分は確かに彼女を道具と考えていた。

己が望む世を到来させるための存在。

ただそれだけだと。

だが今はどうだろうか?

今ならば忠義に散ったランスロー卿の気持ちも分かるかもしれない。


「……馬鹿馬鹿しい」


「何が馬鹿馬鹿しいのかしら?」


 背後から声を掛けられ、振り返るとそこにはスキンヘッドの大男がいた。

確かコイツはルナミアに雇われている傭兵団の団長━━アーダルベルトだ。

ガーンウィッツの戦いの際に深手を負い療養していた。

数日ほど前に復帰し、傭兵団を率いてこの戦いに参陣したのだ。


「傭兵、お前には関係のないことだ」


「あら冷たいわね。てっきりルナミア様の事を心配しているのかと」


「確かに心配している……なんだその顔は」


 アーダルベルトが意外なものを見たといった表情を浮かべていたため眉を顰める。


「まさか宰相殿から心配という単語がでるなんて……明日は雨かしら?」


「私にも心配という感情はある。閣下の身に何かあれば軍は総崩れだからな」


 「素直じゃ無いわねぇ」と肩を竦めるアーダルベルトを横目で見ながら「それで? 何用だ?」と訊ねる。


「アタシもルナミア様の出迎えに来たのよ」


「殊勝なことだ。契約金の値上げでも期待しているのかね?」


「残念ながら違うわ。アタシはルナミア様を支えたいだけ。もうあの子の味方を出来る大人は指で数えられるくらいしかいないもの」


「……そうか」


 ルナミア・シェードランはまだ子供だ。

本来ならば彼女を大人が導き、支えなければいけない。

だが彼女の血がそれを許さない。

大人たちの上に立ち、人々を導くことを定められた娘。

恋や青春よりも先に血生臭い争いを知った子供。


「我々は地獄に落ちるかもな」


「……そうかもね」


 ルナミアに重荷を背負わせ、手を汚させているのが我々大人ならば彼女の罪は我らも背負わなければならない。

英雄を信奉するだけして我関せずというのはもっとも許されない行為だろう。


「傭兵にこんな事を言うのも変ではあるが……お前は死ぬなよ。閣下の為にな」


 アーダルベルトは此方の言葉に「努力するわ」と微笑む。


 地平線の先に黒い少女が現れた。

どうやら会談は無事に終わったようだ。

彼女に気が付いた兵士たちが「ルナミア様が戻られたぞ!」と集まってくると踵を返す。


「出迎えするんじゃなかったのかしら?」


「気が変わった。それに閣下も帰って早々に私の顔を見ては気分が害されよう」


 呆れたように笑うアーダルベルトを無視してその場を立ち去る。

そうだ。

私がすべきことは有象無象のように英雄に集ることではない。

彼女の影としてあらゆる悪事を行うことだ。


「……どんな手を使ってでも閣下には勝ってもらわねばならぬのだ」


 静かな決意を胸に秘め歩き続ける。


 全てが終わり、そして始まる決戦は目前に迫っていた。

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