第50節・予想外の提案
「大事な戦の前に……申し訳ありません」
クリス王子がベッドに腰掛けながら力無く笑みを浮かべると私は「いえ」と首を横に振った。
彼の顔色は見るからに悪く、休養が必要なことはすぐに分かった。
申し訳なさそうにしている王子を気遣い、護衛の騎士たちにテントから退出するように指示を出した。
するとクリス王子の護衛であるレゾも王子を一瞥した後、テントから出て行く。
そして二人だけになると私は椅子を運んできて王子と向かいあうように座った。
「ご存知かもしれませんが僕は幼い頃から身体が弱かった。最近は調子が良かったので少々油断していたようです」
「申し訳ない」と改めて謝罪する王子に私は首を横に振る。
王子には私がやりきれない仕事を肩代わりしてもらっていた。
彼の身体のことを気遣わずに無理をさせていたのは私だ。
「少し昔話をしても?」
頷くとクリス王子は天井を見上げ、言葉を選ぶように語り始める。
「実を言いますと僕は妾の子なんです。王家は血を絶やさないために複数の妻を持つことを義務付けられています。父はあまりその風習が好きでは無かったようなのですが仕来りを守るために妾を一人作った」
クリス王子の母君は可憐で優しい人だったという。
彼女はオースエン大公の従兄妹であり、舞踏会でゲオルグ王が一目惚れした。
病弱であった彼女を娶ることに周囲は反対したがゲオルグ王は反対を押し切り、己の妾とした。
「周りの心配の通り産まれてきた子も病弱でした。ですが父も兄も母と僕に優しく接してくれた。明るい兄に僕はいつも手を引かれ、いろいろな体験をしました」
クリス王子はその頃のことを思い出したのか楽しそうに微笑んだ。
「ですが幸せはそう長く続かなかった……」
ある日を境にクリス王子の母君は日に日に衰弱していき遂に世を去った。
悲しみに打ちひしがれるクリス王子をさらに追い詰めたのはエリウッド王子の母、つまり正妻だ。
彼女は前々から王の寵愛を受ける妾のことを目の敵にしていたらしく、その敵意はクリス王子にも向けられた。
正妻は城の従者や騎士を味方につけてクリス王子を追い込んだそうだが、クリス王子が病に倒れた夜にテラスから転落して死んだ。
「あとから知ったことですが義母上は若い騎士と密会していたそうです。何があったのかは知りませんが城の中庭に二人の転落死体があったそうです」
王妃と若い騎士の密会は王家によって無かったことにされ、正妻の遺体は故郷であるガルグルに送られて埋葬されたという。
ともかく若くして母親を失った兄弟はより強い絆で支え合い、王も息子たちを大切に扱った。
「……正直いまでも兄が父を殺したなんて信じたくない。きっと何か理由があったのだと僕は思っている」
「クリス王子……」
「僕は兄を殺したくない。決戦前にこんなことを言うべきではないのは分かっていますが、それでも兄は僕にとって唯一の肉親なんです」
兄弟を想う気持ちは痛いほど理解できる。
両親が逝き、兄弟二人だけ。
自分の兄を討つことに躊躇いを持つのは当たり前だ。
「エリウッド陛下については出来る限りのことはします。今はそうとしか……」
可能ならばエリウッド王の身柄を確保したいし、無用な流血は避けたい。
だが戦の最中に手加減することなどできない。
仮に捉えたとしても状況によっては処断せざるおえないだろう。
「そう言っていただけるだけでも有難いです」
結構長く話してしまった。
そろそろ戻らないとヴォルフラムが喧しいだろう。
そう考えて椅子から立ち上がろうとするとテントの中に兵士が入って来た。
「お話中失礼致します! 閣下、王国軍より使者が参りました!」
「……使者?」
クリス王子と顔を見合わせると首を傾げた。
決戦前に何用だろうか?
もう話し合いができる時期は過ぎている。
しかしエリウッド王からの使者を無碍にする訳にはいかないだろう。
「すぐに行くわ。ではクリス王子、私はこれで」
クリス王子に会釈をすると私は兵士と共にテントを出る。
そして使者に会うために本陣のテントに向かうのであった。
※※※
「ぜっーたいにっ! 罠ですわ!!」
軍議が始まるのと同時にエリザベート・メフィルは騒ぎ出した。
彼女はローズレッドのドレスアーマーを身に纏い、腰に手を当てながら「ふん!」と鼻を鳴らす。
「いや、そう決めつけるのは早くないか?」
エドガーがそう言うとエリザベートは「話しかけないでくださいます?」と一蹴した。
エリザベートはもともと男嫌いだが兄を討ったエドガーのことは特に毛嫌いしている。
エドガーもエリザベートの気持ちはよく分かっているためそれ以上は踏み込まず、横目で私を見てくる。
「一対一の会談。受けるにはリスクが高すぎるわね」
王軍からの要求は私とエリウッド王による一対一の会談であった。
場所は両軍の真ん中あたりの草原。
そこに護衛を付けずに来いと言っている。
普通に考えれば罠だろうが……。
諸将も反対する者が多い。
決戦前にリスクは冒さず無視すべきだと言っている。
「これは好機とも考えられますな」
ヴォルフラムの言葉にダニエル子爵は「と、言うと?」と首を傾げる。
「エリウッド王が一人でノコノコと現れるならば待ち伏せして討ってしまう手もあるということだ。王を失えば敵は動揺し、戦を有利に進められるだろう」
皆沈黙する。
勝つためとはいえ王を闇討ちしたなどという汚名は着たくない。
そもそもだが━━。
「━━勝つことだけが目的なら闇討ちもまあ一つの手でしょう。でも私たちは勝ったあとのことも考えなければいけないわ。決戦前に王を闇討ちすれば中立を保っている貴族や民は私たちを認めないわ」
内戦を終結させる際に新たな火種を生み出してはいけない。
もうこんな戦いはうんざりなのだ。
それはきっとエリウッド王も同じはず。
(……そうか。だから……)
エリウッド王が会談を申し込んできた理由が分かったような気がする。
ならば私が取るべき選択は一つ。
「会談の申し出を受けましょう」
「閣下……!!」
諸将が一斉に騒がしくなる。
私は彼らを「鎮まりなさい」と制すると強気の笑みを浮かべる。
「汚名を着たくないのは向こうも同じ。いや、立場が揺らぎきっている王家の方がそう思っているわ。ならば堂々と会談を行い、私たちの正当性を主張してやりましょう」
万が一があった場合はクリス王子やヴォルフラムに従う様に指示を出す。
私が罠に嵌り、死んだ場合はそのことを利用して王家の正当性が無いことを王国中に広めればいい。
民を敵に回した王家はもはや崩壊するしかないだろう。
「各将は出陣の準備を。会談が終わりしだい戦になる可能性があるわ」
会談をすることに不満がありそうな諸侯を強引に解散させるとヴォルフラムがため息をついた。
「火遊びはやめていただきたいものですな」
やれやれと首を横に振るとヴォルフラムも退出する。
彼のことだ。
私の考えには気付いてくれているだろう。
では私も準備をするとしよう。
きっとこれが最初で最後のエリウッド王への拝謁だ。
王の敵として相応しく、堂々と行こう。
※※※
王軍の陣では集結した部隊が出陣に向けて慌ただしく動いていた。
軍の士気は非常に高く「逆賊討つべし!!」という声が時々聞こえてくる。
そんな中、エルメドール卿は配下の兵士たちに指示を出し終えて少しの間休憩をすることにした。
近くの木箱に腰かけると「どうした? 浮かない顔だな?」と声を掛けられる。
「……陛下の事が心配でなあ」
そう答えると声を掛けてきた初老の男性━━ファルジアン卿は「ああ、成程」と苦笑した。
「敵将ルナミア・シェードランとの会談。こういうところは父君そっくりだな」
「まったくだ」と頷く。
敵と一対一で会談をすると聞いたときは驚愕のあまりひっくり返りそうになった。
他の将と共に反対したがエリウッド王は聞き入れてくれず、聖女レグリアも王に賛成したため先ほど彼を一人で送り出してしまった。
「陛下も陛下だが、それに乗ったシェードラン大公も豪胆というか……。向こうの将も大慌てしただろうよ」
敵が王を待ち伏せしている可能性は高い。
だが王は「闇討ちを選んだのならばその程度の女だったということだ」と笑って見せ、まるでシェードラン大公を信用しているかのような雰囲気であった。
「凡人には英傑の考えていることは分からんな。ところで我が友よ。ここに来てていいのか? そちらも戦支度があるだろう?」
「戦支度ならば倅に任せている。儂はお前やレグリア殿などに挨拶をしておこうと思ってな」
「あの小僧が良く参陣する気になったものだ」
ファルジアン卿の息子はよく言えば慎重な、悪く言えば気の小さい男だ。
彼はこの内戦に対して消極的な考えを持っており、ファルジアン家存続のために中立を宣言すべきだと父親に具申していたそうだ。
「ルナミア大公の行ったバードン派の一掃。あれで考えが変わったそうだ」
バードン伯爵らに対する粛清は中央にも衝撃を齎した。
シェードラン大公とバードン伯爵が対立していたことは知っていたが穏健と知られていたシェードラン大公が粛清に踏み切ったのは予想外だったのだ。
粛清は徹底的に行われ、数日の間に夥しい量の血が流れたと聞く。
「……この冬のように寒い時代だ」
「…………」
「シェードラン大公はまだ二十歳にもなっていない娘であろう? 俺の娘と同じくらいの年の子供が大人たちの上に立ち、背負わなくても良かった罪を背負わされている。本当に嫌な時代だ」
シェードラン大公だけではない。
エリウッド王もまだ若い。
この内戦に参加している騎士や兵士たちもそうだ。
若者たちが平和を奪われ、殺し合いを続けている。
「ならば終わらせんとな。どんな形であれ、だ」
ファルジアン卿の言葉に頷く。
王国は疲弊しきっている。
これ以上の内戦が長引けばこの国に住むすべての人間が破滅するだろう。
「では我々は老骨に鞭を打って戦うとしよう。この一戦が全てを終わらせると信じて」
此方の言葉にファルジアン卿は頷き、共に地平線の先を見つめる
この先では英傑たちが会談を行っているはず。
二人の指導者はいったいこの国をどのように導こうとしているのだろうか?
アルヴィリアという国にどのような未来が待ち受けているのだろうか?
願わくば冬が終わり、春が訪れんことを。
そう祈りながらファルジアン卿と共にその場を立ち去るのであった。
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