第99節・不死の狩場


 戦場に一陣の風が吹いていた。


 黒髪の侍だ。

侍が━━修羅がディヴァーン軍に斬りこみ、刀を振るうたびに鮮血が吹き上げる。

一太刀一殺。

目にもとまらぬ居合によりディヴァーン兵たちは次々と首や腕を刎ねられ斃れていく。

既に何人斬り捨てただろうか?

覚えていない。

覚える必要もない。

ずっと感情を押し込めてきた。

自分は侍であっても人斬りではない。

刃を振る理由を忘れるな。

だが━━。


「━━どうにも、止まらないもんだ」


 妻を殺された憎悪が、娘の光を奪われた怒りが、キオウの仲間たちの無念が心を支配していく。

こいつ等は畜生だ。

畜生に容赦をする必要はない。


 目の前に一人のディヴァーン兵が現れた。

他の兵士たちよりも上等な鎧を着ているため恐らく敵の指揮官か何かだろう。

だがそんなことはどうでもいい。

目の前に立つならば叩き切るのみ。


「!!」


 ディヴァーン兵が此方に気が付き慌てて剣を構えるが遅い。

既に刃は鞘から抜かれディヴァーン兵の首に叩き込まれた。

敵は驚愕の表情を浮かべたまま首を刎ねられ斃れる。

それを見た他のディヴァーン兵が腰を抜かして逃げていくのが見えた。


 首を無くした死体を見下ろしながら刀の血を振り払うと苦笑しながらつぶやく。


「虚しいもんだな。斬っても斬っても怒りは収まらない」


「故に修羅は人を斬り続けるのです。満たされない心を満たそうとするために」


「アンタにも経験が?」


 背後に立っていたユキノの方に振り返ると彼女は首を横に振った。


「私は何も考えていなかったので。でも修羅に落ちた人間は何人も見ています。そしてその修羅を討ち取ったことも」


「なら俺が修羅に落ちたら討ってくれないかね」


 そう言うとユキノは「お望みとあらば」と目を細めるがすぐに口元に笑みを浮かべた。


「フゲン様はきっと大丈夫です。貴方にはまだ守るものがありますから」


「……確かに、そうだな」


 そうだ。

自分には守るべきものがある。

光を失っても前を向いて生きている娘。

あの子のためにも死ねないし、修羅なんてものになってはならない。


「ならお互い大切なものを守りきるためにこの状況をどうにかしようか」


「ええ、そうですね。死者に殺されるのはお断りします」


 ディヴァーン兵が退き、此方に不死隊が向かってきている。

精鋭を差し向けてくれるとは光栄なことだ。

刀を鞘に仕舞い、構えると口元に笑みを浮かべた。


「忍のお嬢さん、フォローを頼めるかい?」


「畏まりました。フゲン様は思う存分敵をた叩き切ってください。脇は私がお守りします」


 互いに頷きあうと同時に動く。

そして侍と忍が不死隊に斬りこんでいくのであった。


※※※


 襲い掛かってくる不死隊をどうにか迎撃しながら私は周りの状況を確認した。

私とロイはシャカーンの近くまで迫ったが敵の猛攻撃を受けてこれ以上進めないでいる。


 ヴァネッサも私たちよりもずっと多くの敵に囲まれ突破できないでいる。

そしてクレスは木の巨人と交戦しており、ミリやヘンリーそしてオークの部隊は陣形を組んで敵を迎撃している。

最後にユキノとフゲンだが二人は敵に斬りこみ、少しずつ敵の数を減らしてくれていた。


 サーベルを持った不死隊に襲い掛かられ、リントヴルムの柄でサーベルを受けるとそのまま敵に蹴りをいれる。

そして敵が体勢を崩すと直ぐにリントヴルムで敵の胸を突いて魔晶石を砕いた。


(完全に不死身じゃないのはありがたいけど……!!)


 魔獣と同様に魔晶石を破壊する以外倒せないのは厄介だ。

クレスの魔術で吹き飛ばしてもらうのが一番なのだろうが彼女はいま手が離せないだろう。

どうしたものかと考えているとロイが「後ろだ!!」と叫んだ。


 咄嗟に前に飛ぶと背後に戦槌が叩き込まれる。

慌てて振り返るとそこには大男が立っていた。

不死隊と同じ金の髑髏面を被り、此方の二倍ほどの身長がある大男。

不死隊にはこんな奴もいるのか!!


「ウ、ウォォォォ!!」


 大男が唸り声をあげ再び戦槌を振り上げる。

それに対して冷静にリントヴルムを構えると敵の様子を伺った。

そして敵が戦槌を振り下ろすのと同時に踏み込む。

敵の攻撃を搔い潜り、側面に抜けると心臓めがけてリントヴルムを突き放つ。

槍の先端が胸を貫くかのように思えたが━━。


「━━硬い!!」


 何かに弾かれてしまい攻撃は失敗する。

敵が腰を捻り、横に戦槌を薙いできたため足を強化して一気に後ろに跳んで距離を取った。

ただでさえしぶといのにこの巨体。

どうやら倒すのに苦労しそうだ。


「そっち! 大丈夫か!!」


「うん! ロイはどうにかシャカーンを!!」


「やってみるが……なかなか厳しいな!!」


 大男が突進してきたため此方も敵に向かって突撃を行う。

敵は怪力ではあるが鈍重だ。

冷静に対応すればどうにかなるはずだ。


 再び敵が横薙ぎの攻撃を放ってきたため思いっきり跳躍を行い、敵の頭上を飛び越える。

そして背後に回りこもうとすると敵の背中から木の根が伸びてきた。

根はこちらの右足に巻き付き、思いっきり振り回すと地面に叩きつけてくる。

咄嗟に受け身を取ったためダメージは少ないが眼前に戦槌が迫ってきていたため慌てて横に転がって避ける。

それから足に巻き付いている根を斬りはらうと直ぐに立ち上がり構えなおした。


「えぇ……そういうのもありなの?」


 大男の背中から生えた幾つもの木の根。

恐らく先程リントヴルムを弾いたのもあの根だろう。

亡者に根が寄生しているのか根が亡者を操っているのかは分からないが厄介だ。

だが幸い死ににくい敵と戦うのは慣れている。

この大男を仕留めて早くシャカーンを討とう。

そう考えると大男に向かって突撃を開始するのであった。


※※※


 十数名ほどの影たちは建物の中から戦況を伺っていた。

ディヴァーン軍に此方の動きを読まれたのは予想外である。

砂の下に張り巡らされた根。

それに気が付けなかったのは大失態である。

奇襲部隊は完全に包囲され、窮地に追いやられいる。


「どうする?」


 影たちがリーダー格の影に訊ねた。


「…………」


 奇襲部隊に助太刀をすべきか?

否。

それは影の戦にあらず。

この状況を招いたのは我らの甘さ故。

ならば挽回せねばならぬ。

たとえどんな犠牲を払ったとしても。


「シャカーンを討つ」


 奇襲部隊が奮戦しているお陰でシャカーン周辺の敵兵が少ない。

今ならば斬りこめる。

もちろん此方も無事では済まないだろうが。


「……よいのだな」


 影たちの言葉にリーダー格の影は頷く。

一斉に動き出した。

建物から建物へと敵に見つからないように移動し、シャカーンの背後に回り込んでいく。

そして敵将の真後ろにある建物にたどり着くと━━。


「━━行くぞ」


 駆けた。

建物の陰から影が飛び出し、一気に敵に迫る。

此方に気が付いたディヴァーン兵が慌てて動き始めるが一気に敵を突破しシャカーンに肉薄した。


(仕留める!!)


 サーベルを引き抜き、背を向けている敵将に飛び掛かる。

刎ねろ。

首を刎ねて落とせ。

サーベルの刃は敵の首に叩き込まれる瞬間、シャカーンが動いた。


「ッガ!?」


 此方に振り向きもせずに手に持っていた大鉈のような武器を振った。

直ぐにサーベルで大鉈を受けようとするが刃を砕かれ、大鉈が横腹を裂いて腹の半ばまで達する。

口と腹から大量の血を吹き出し、必死にもがくが最早どうにもならない。


(こ奴……後ろに目でもあるのか……!!)


 シャカーンがゆっくりと振り向き、虫の息の此方に獣のような目で睨んでくる。


「貴様らの奇襲に気が付かぬとでも思ったか?」


「無念、也」


 ほかの影たちも敵の反撃により次々と討ち取られていいる。

奇襲は失敗だ。

シャカーンを討ちとることができず、奇襲部隊を助けることも失敗した。

己の失態を挽回できなかった。

だが━━。


(……ただでは……死なぬ……!!)


 主のため、同胞のために最期まで己の命を使うのが影の責務。

シャカーンが討てぬのならば後の者の為の道を切り開く。


「貴様!!」


 残った力をふり絞り、己に巻き付けていた爆弾に火を着ける。

シャカーンが大鉈を振り、下半身がちぎれて吹き飛ばされた。

そして敵兵のど真ん中に落ちると目を見開き、笑みを浮かべた。


「道は、拓いた!!」


 直後、爆弾が爆発しディヴァーン兵を多数吹き飛ばすのであった。


※※※


(……自爆か!!)


 ロイは影の一人が自爆したのを見た。

なんという執念。

既に致命傷であったのに最期の力を振り絞って敵を巻き込む自爆をしたのだ。

そのお陰でシャカーンへの道が拓けた。


(今なら行ける!! だが……!!)


 リーシェが苦戦している。

自分は彼女の騎士だ。

今すぐにでも彼女を助けに行くべきだ。


「……いや、違う」


 共に戦う仲間が己を犠牲にして道を切り拓いてくれた。

彼の犠牲を無駄にしてはならない。

この絶好の機会を逃してはならない。

リーシェの騎士として自分ができることは━━。


「……」


 リーシェと一瞬目があった。

彼女は此方を見ると力強く頷き、それに対して此方も頷き返す。

そうだ、自分はリーシェの騎士だ。

ならば主を信じて勝利の為に戦うべきだ。


 目の前にいた不死隊をたたき切ると一気に敵を突破してシャカーンの前に立つ。

するとシャカーンは無言で大鉈を構え、此方に向かって突き立てた。

成程、雑兵相手には名乗るつもりはないということか。

だがそれでも構わない。

此方も相手が誰であろうと勝つ。

勝ってリーシェを守る。

それだけだ。


(来る!!)


 シャカーンが動いた。

踏み込みと同時に大鉈を横に振り、此方を叩き切ろうとしてくる。

それに対して此方は盾で大鉈を受け流した。

大鉈が盾の表面を滑り、火花が散る。


(盾ごと腕を持っていかれそうだ……!!)


 なんという怪力。

まともに盾で攻撃を受けていたら大変なことになっていただろう。


 敵が攻撃を空振った隙に敵の胸を狙って突きを放つ。

すると敵は右足を軸に身体を逸らし此方の剣を避けた。

そしてそのままの勢いで大鉈を再び振ってきたため横に跳んで反撃を躱す。


 シャカーンの間合いに入らないようにゆっくりと距離を取ると敵は「貴様」と口を開いた。


「名を名乗るが良い」


「……ロイだ」


「ロイよ、貴様は反乱軍ではないな? 貴様の放つ気を読めば分かる。奴らが放つ憎悪が貴様には無い。何故貴様は我に歯向かう?」


「愚問だな。俺には守りたい奴がいる。だから戦う。それだけだ」


 此方の回答にシャカーンは少し沈黙すると大鉈を構える。

先ほどよりも闘気が鋭い。

どうやら本気を出してきたようだ。


 額に汗を浮かべながら敵の動きを警戒し、少しずつ敵に近づく。

そして敵とほぼ同時に踏み込み、互いの武器を激突させあうのであった。


※※※


 クレスは予想以上に苦戦していた。

アルラウネと融合したヤコブは木の巨人となり、長大な両腕を振って攻撃してくる。

敵の腕が地面に叩きつけられるたびに砂が舞い上がり、大地が揺れて転びそうになる。


『ホッホッ。いつまで避け続けられるかな?』


『雷竜王、こーんなのもあるわよー?』


 砂の下から大量の根が現れ、此方に巻き付こうとしてくる。

それを雷撃で焼き払いながら後退すると舌打ちした。


(少々相性が悪いか……)


 敵は何百もの根が巻き付いた鎧を身に纏っているような状況であり、此方の雷撃が通じない。

幸い動きは鈍いため攻撃の回避は容易だが逃げ続けているわけにもいかないだろう。


「なら、仕掛けるしかないかのう!!」


 狙うは敵の顔。

木の巨人には目のような空洞が二つある。

そこに雷撃を叩き込めれば奥に引きこもっているあの糞爺を消し炭にできるだろう。


 そう判断すると両腕を広げ、小さな雷球を幾つも生み出した。

そして駆けだすのと同時に雷球を放つ。

雷球は敵にではなく敵の足元の地面に叩き込み、砂が一斉に巻きあがった。


『あら? 目潰しのつもり?』


 巨人が腕を振り、砂が吹き飛ばされる。

目潰しになったのは一瞬だけ。

だがその一瞬で十分だ。


 敵の足元まで接近すると敵はこちらを叩き潰そうと左腕を振り下ろしてきた。

それを横に跳んで裂け、地面に左腕が叩きつけられるとの同時に再度跳躍をする。

そして左腕の上に着地すると一気に駆け上った。


『ぬう? 狙いは我か?』


 巨人が左腕を振って此方を振り落とそうとしてくる。

既に十分登ったため左腕を蹴り、跳んだ。

敵の頭上に出て巨大な雷の槍を生み出すと敵の目に狙いを定める。


(よし!! ヤれる!!)


 魔力を収束させ必殺の一撃を放とうとした瞬間、巨人が動いた。

巨人の肩から生えている大きな花から花粉のようなものが吹き出され、直撃してしまう。

そして直ぐに異変が生じた。

身体が痙攣し、しびれ始める。

これは……。


「……ま、麻痺毒か!!」


 どうにか槍を放つが手元が狂い敵の頭部に激突して爆ぜる。

そしてそのまま落下すると空中で敵に殴打され、地面に叩きつけられた。


(これは……不味いことになった……!!)


 体が痺れてうまく動かない。

全魔力を使って急いで解毒を行っているが敵は待ってくれないだろう。


 すでに敵は追撃の為に両腕を振り上げており、あれを回避できる状態ではない。

解毒されるまで耐えるしかない。

そう覚悟を決め、歯を食いしばる。

そして腕が振り下ろされ、叩き潰されそうになった瞬間━━。


「よう。随分としんどそうじゃないかい?」


 巨人の両腕が止まった。

否、止められたのだ。


「お主……」


 戦鬼だ。

戦鬼が二対のメイスで巨人の両腕を受け止め、不敵な笑みを浮かべているのであった。

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