第98節・黒の都


 地下道から飛び出すと私たちは目に入ってきた光景に息を呑んだ。


 天まで伸びた長方形の建物。

それが沢山、そして均等に建築されている。

このような物がいったいどうやって建てられたのか。

太古の技術の凄まじさを改めて認識する。


「見惚れるのは後にしな」


 ヴァネッサの言う通りだ。

今はシャカーンを討つことだけを考えよう。


「周りに敵は……いませんね」


「そいつは重畳。見つかる前にさっさと行こうじゃないの」


 ユキノとフゲンの言葉に私たちは頷き慎重に歩き出す。

既に黒衣の男は潜伏している仲間たちと合流するために居なくなっており、オークたちが全方向を警戒しながら隊列を整える。


 静かだ。

遠くから戦の音が聞こえては来るが黒の都は不気味なくらい静まり返っている。


「嫌な感じだねぇ。頸のあたりがピリピリしやがる」


 フゲンの言う通り、嫌な予感がする。

だが今更引き返せない。

敵に待ち伏せされていると思うくらいの覚悟で……。


「ふぎゃ!?」


 ミリが転んだ。

砂地に顔から突っ伏し、ユキノが呆れたような表情で「この状況で転びますか? 普通?」とため息を吐く。


「う、うるさいわね! 足に何かが引っかかったのよ!!」


 ミリが転んだ場所には木の根が飛び出ていた。

よく見ればあちこちに木の根が見える。

こんな砂地に木があるのだろうか?


「いい感じに肩の力を抜いているところ申し訳ないけどそろそろだよ」


 ヴァネッサが指差し方を見れば開けた土地が見える。

あそこに敵の総大将がいる。

私たちは顔を引き締めると武器を構え、前進を再開するのであった。


※※※


 広場に出るとすぐに異常に気がついた。


 居ないのだ。

シャカーンどころか敵兵一人居ない。

これは……。


「場所を間違えたか? それとも敵が移動を?」


 ロイがそう呟くとヴァネッサが「影がしくじることは滅多に無いよ」と首を横に振った。


 ミリが「足跡があるわね」と広場の中心に向かい、砂に残された大量の足跡に触れると眉を顰める。


「まだ新しい。多分慌てて移動したんだわ。で、奴らが慌てる理由は━━ひゃ!?」


「ミリ!?」


 突如現れた木の根がミリの足に巻き付き、彼女を逆さ吊りにしてしまった。

ロイと一緒に根を斬り、ミリを救出すると私たちは未だに蠢く根から距離を取る。


「な、なんなのよ!?」


「どうやら囲まれたようだぜ? エルフの嬢ちゃん」


 フゲンの言う通りであった。

いつの間にかに私たちをディヴァーンの兵が取り囲んでいる。


(奇襲が読まれていた!? でもどうして!!)


 敵は地下道のことは知らなかった筈だ。

ならば……。


「全ては我が根が知らせたことよ」


 兵士たちの背後から二人の人物が現れる。

一人は異様な雰囲気を身に纏った老人だ。

そしてもう一人は圧倒的な存在感を放つ長身の男。

間違いない、この男がシャカーンだ!


「どうやって入り込んだかは知らないが全て無駄なこと。お前たちは既に死中にある」


 老人が指を鳴らすと地面が盛り上がり、次々と何かが起き上がった。

それは木の根だ。

根が互いに巻き付きあい、人の形を成していく。

そしてあっという間に数百を超える根の人形の軍勢が出来上がった。


「こりゃ、ピンチってやつか?」


 ン・ガゥが冷や汗を掻きながら斧を構えるとロイが鞘から剣を引き抜く。


「最初から簡単にいくとは思っていないさ」


 その通りだ。

それにこの状況は好機ともいえる。

目の前には敵将シャカーンの姿。

敵には囲まれているものの突破できればシャカーンを討てる。


 シャカーンは私たちが戦意を失わないのを見るとやや感心したように眉を動かし、それから片手を上げた。


「我が前に来ることができれば相手をしてやろう。━━やれ」


 その号令と共に敵が一斉に動き始めるのであった。


※※※


 黒の都の広場は一気に乱戦となった。


 四方八方から押し寄せるディヴァーン兵と根の人形を相手に私たちは分断されないように戦う。


 前方から槍を持ったディヴァーン兵が数人迫ってきたため槍の石突で砂をめくるようにして目潰しをすると踏み込む。

そして敵兵の一人を槍で貫くとそのまま腰を捻り、隣にいた別の敵兵を殴打した。

その間に別の敵兵が迫ってくるがユキノが側面から強襲し、数人の首を一気に引き裂く。


「後ろだ!!」


「!!」


 背後から現れた根の人形が腕を伸ばし、此方の背中を貫こうとするとロイが私の背後に立つ。

そして敵の腕を盾で弾くとそのまま敵を袈裟斬りにした。

私たちは無言で頷きあうと次の敵に向かって突撃をする。


 右のほうではクレスが魔術で敵を次々と吹き飛ばし、左の方ではフゲンが敵に斬りこみながらミリが弓で援護を行っている。

ヘンリーはオークたちと共に互いを庇いあって応戦し、数では負けているが互角以上の戦いが出来ている。

そしてそんな中、戦鬼が動いた。


 暴風だ。

鋼鉄の暴風が吹き荒れディヴァーン兵や、根の人形が砕けて飛び散る。

あまりの迫力に敵兵は気圧され動きが鈍くなっていると感じた。


 私が敵兵の一人を仕留めるとヴァネッサが数人を叩き潰しながら「大将首は貰うよ!!」と言ってきた。


「お好きに!!」


「ああ、お好きにさせてもらうさ!!」


 戦鬼が駆けた。

進路上の敵を吹き飛ばしながら一気にシャカーンに迫り、このまま敵将を叩き潰すかのように思えたが━━。


「!!」


 ヴァネッサが後ろに飛びのくと彼女の進路上に矢が降り注ぐ。

それと同時に新手が現れた。


 黒衣に金の髑髏の面を被った部隊。

まるで死神の様な部隊が現れ、ヴァネッサを囲んだ。


「噂の不死隊かい!!」


 ヴァネッサがそう言うのと同時に不死隊が踏み込む。


(速い……!!)


 通常のディヴァーン兵とは比較にならない動き。

人を殺すことに精通した者たちの身のこなし。

彼らが精鋭だというのは間違いないだろう。


 だが戦鬼はそれを上回った。

不死隊の動きに反応し、彼らを凌駕する速度で二対のメイスを振るい薙ぎ払う。

不死隊は戦鬼の反撃を避けるが数人が逃げきれずメイスの餌食となった。


「アレが敵じゃなくてよかったと改めて思うな」


 ロイの言葉に頷く。

戦鬼と聖女。

私が出来ればもう二度と戦いたくない相手だ。


 不死隊はヴァネッサから距離を取りながら再び踏み込むタイミングを計り、ヴァネッサもメイスを構えて敵の動きを注意深く伺っている。


「これは……」


 ヴァネッサが後ろに下がった。

なぜ戦鬼が突然下がったのか。

その理由はすぐに分かった。

死体が動いたのだ。

彼女が砕いた不死隊がゆっくりと起き上がり、砕けたからだがゆっくりと修復していく。

そして割れた面から見えたのは……。


「亡霊!!」


 干からびた骸の顔が、金の髑髏面の下から現れたのであった。


※※※


 ヤクブは不死隊が戦鬼を止めたのを見て満足そうに頷いた。


 あの戦鬼が一気に突破してきたときは少し肝が冷えたが流石は不死隊。

生者に死者は殺せない。


「ホッホッ。予備も全て出せい。敵を圧殺せよ」


 部下に指示を出すと予備として控えていた不死隊も投入される。

それにより敵が徐々に押され始め、広場の中心に向かって後退を始めた。


 不死隊。

ディヴァーンが誇る精鋭部隊の名である。

その正体は魔晶石により死者の魂を縛り、使役する不死者の軍勢。

不死隊は死なぬ。

ならば既に死んでいるから。

死んでいるものは殺せないため彼らは戦場において無敵の軍勢である。


(まあ完全な無敵ではないがな)


 不死隊はミイラと呼ばれる死体に魔晶石を埋め込め作られる。

手足が千切れようが首が飛ぼうが死なぬが胸の魔晶石を破壊されると活動を停止してしまう。

だが戦場において弱点を狙うのは困難であるし、死を恐れぬ軍勢は敵に心理的圧迫感を与える。


「だがあれはどうにかせんとのぉ」


 先ほどから雷撃が降り注ぎ、何体かの不死隊が消し炭になっている。

敵にかなりの腕の魔術師がいるのだろう。

敵魔術師を放置しているのは少々危険だ。


「殿下、私も出ましょう」


「好きにするが良い」


 シャカーンは腕を組みながら戦場を眺める。

表情には出ていないが上機嫌なのは分かった。

この男はああいった連中が好きなのだ。

苦境の中でも諦めず戦い続ける者が。

それと対峙し、殺し合うことが。


「……くれぐれも不用意に前に出ぬよう」


「……」


 返事をしないシャカーンにため息を吐くと護衛を数人連れて歩き出す。


「悪癖よな」


 シャカーンの闘争願望は果てしない。

彼の願いはいずれ彼自身を焼き尽くすであろう。

そしてそれがきっと彼の望みでもある。


 だがそれでは困るのだ。

大帝とていずれは死ぬ。

その時にディヴァーンを背負えるのはシャカーンしかいないのだ。


「さあて、我が国の未来のために消えてもらおうかね」


 そう言うと巨大な木の根を砂中から呼び出し、小さな魔術師に向かって放つのであった。


※※※


「ええい! ウネウネと気色悪いわ!!」


 クレスは押し寄せる根の人形を雷撃で吹き飛ばしながら眉を顰める。

戦況はかなり不利だ。

この魔導生物だけでも厄介だというのに不死の軍隊まで現れた。

仲間たちは奮戦しているが徐々に押し込まれている。

このままでは全滅してしまうだろう。


(……やはり”頭”を叩くか!!)


 シャカーンさえ討てばどうにかなる。

敵将を討つ役目であった戦鬼は不死隊によって徹底的に包囲されているため動けないだろう。

ならば雷竜王である自分が強引にでも敵を突破するしかない。

そう判断した直後、横から巨大な木の根が迫ってきているのが見えた。


「ちぃっ!!」


 舌打ちし後ろに飛びのくと先ほどまで自分が立って場所が木の根に穿たれる。

砂が舞い上がり、あたりを飲み込む。

即座に根に向かって雷撃を放ち、砂埃を払うと巨大な木の根の上から一人の老人が現れた。


「ホッホッ、見事な魔術じゃな。その年でそれだけの力を使えるとは見どころがある。どうだ? 我が許で修行をしてみぬか?」


「はん! 小童が!! 人を見た目で判断するでないわ!! 儂はお主よりもずっと年上じゃ!!」


 雷の槍を生み出し老人に向かって放つと老人は木の根を目の前に呼び出し盾にする。

槍が木の根を消し飛ばすと老人は「貴様……」と腕を組んだ。


「何者だ? 並みの者ではないと思っていたが貴様の魔力、異常である。貴様は何だ」


「クフフ、儂の凄さをいまさら聞かづいたのか? 聞いて驚け! 儂は雷竜王クレスセンシア!! 偉大なる竜の王じゃぞ!!」


 胸を張って名乗ると老人は「雷竜王だと?」と眉を顰めた。


「なんじゃ? まだ疑うか? ならば儂の力を受けてみるがいい!! まあ、儂の力を理解した頃には貴様は死んでおるだろうがな」


「……いや、信じよう。しかしそうか、雷竜王か。それは……良いな」


 老人が両腕を広げると彼の足元から次々と木の根が生えてくる。

恐らくこの男が契約しているのは大地の精霊アルラウネ。

それもかなり深い契約を結んでいるようだ。

決して油断できる相手ではない。


「魔術の道に足を踏み入れ数十年。ディヴァーンにおいて比類なき魔術師と称された。だが我はまだ満足していない。ああそうとも、我が魔道はまだ道半ば。雷竜王、貴様の魔術と相対し、そして御すことができれば我はもっと先に進める」


「はん! 儂を御すだと? 年を取りすぎてボケたか!!」


 老人が木の根を増やすのに合わせて此方も体に雷を纏っていく。

ディヴァーン兵たちが巻き込まれぬように離れていくのを老人は横目で見ると嬉しそうに頷いた。

そして指を鳴らすのと当時に木の根が一斉にこちらに向かってくる。

それを雷撃で迎撃し、焼き払うと足元の砂が盛り上がるのが見えた。


「!!」


 後ろへ跳ぶのと同時に木の根が砂の中から出現する。

根が後ろへ跳んだ此方を追って来たため着地と同時に上体を逸らし根を回避する。

すると次々と足元から根が現れたため力いっぱい跳んで上空に逃れた。


(砂の下に大量に仕込んでおるな!!)


 恐らくあの老人を中心に木の根が伸びている。

砂の下は全て敵の攻撃範囲。


ならば━━。


「━━全部吹き飛ばす!!」


 上空で地面に向かって両腕を突き出し、魔力を収束させる。

そして巨大な雷球を生み出すと放った。

雷球は老人にではなく下方の地面に激突し、砂地を抉る。

そして砂に深く埋まったところで大爆発させ、砂と共に木の根を全て抉り取った。


 予想は正しかった。

砂の下に大量の根が蠢いており、根は互いに巻き付きあうとまるで大樹の幹のようになる。

そしてそれを槍のように突き放ってきたため空中で体勢を変えて幹を避ける。

その時に幹を足で蹴って再跳躍すると手の中に巨大な雷の剣を生み出した。


 腰を思いっきり捻り、腕を振って雷の剣を横に薙ぐ。

剣は幹を焼き切り、そしてそのまま老人に叩きつけられた。


「ちっ!! 固いな!!」


 老人が咄嗟に何重もの根の壁を生み出していたため雷の剣は彼に直撃し無かった。

断ち切った幹が解れ、幾つもの根に戻ると空中に此方に伸びて来るのが見えたため雷の剣を消し、根に向かって雷撃を放って焼き払う。

そして地面に着地すると老人と向かい合った。


「ホッホッ、見事也見事也。流石は雷竜王。この程度では仕留められぬか」


 「では」と老人は一歩前に出た。

その瞬間、彼の足元から大量の根が現れ彼に巻き付く。


「さてアルラウネよ!! 契約に基づき我に力を貸したまえ!!」


 その言葉と共に老人の背後に巨大な花が現れた。

花の中心より花弁を押しのけて妖艶な女が現れ、彼女は此方を見ると『あら?』と不敵な笑みを浮かべた。


『久々に呼び出されて何事かと思えば雷竜王じゃないの? なるほどねえ? それで私の力が必要だと? 面倒だわあ。あの子、インドーラと契約しているのよ?』


「そういうな。雷竜王を仕留めた暁には彼奴の身体を貴様にやる」


『それは……魅力的ね。私、好きなのよ。若い娘の身体』


 アルラウネは大地の精霊の中でも上位の存在だ。

性格は明朗快活にして冷酷。

マンイーターと言われる眷属を人界に放ち、人を食らって己の力にする。

恐ろしい精霊の一人なのだ。


「まったく、相変わらず悪趣味じゃな! ティターンに言いつけてやろうか」


『精霊王様が堅物すぎるのよ。私たち精霊は人に力を貸してあげているんだからたまには返してもらわなきゃ、ね?』


 アルラウネが笑うと老人に巻き付いていた根が彼女に伸び、合体していく。

そして根と精霊は形を変え巨人になった。

巨大な木の巨人。

手足から触手の蠢く花を生やし、頭部はまるで血のように紅い葉が枝から伸びている。


「精霊との融合……厄介なことをしおる!!」


『これこそ我が魔術の秘儀!! さあ、雷竜王!! ディヴァーンの術師、ヤクブが相手をしてやろう!!』


 そう言うのと同時に木の巨人が拳を叩き込んでくるのであった。

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