第97節・ハシュマの戦い


 反乱軍はハシュマの井戸西部に布陣していた。

砂漠中に散っていた部族や亡命軍が集結し、旗印こそ違えど同じ信念で大敵を雌雄を決しようとしている。

数で劣る反乱軍は防御重視の陣形を取り、歩兵隊をいくつかの部隊に分け、方円の陣を組ませていた。


 対してディヴァーンは数の有利で敵を圧倒するつもりであり鶴翼の陣を展開し、両翼から反乱軍を心理的に圧迫していた。


 そんな反乱軍の最前列にスィーヤムは居た。

ザイードは約束通り投降した兵士たちに他の兵士と同等の装備を与えてくれた。

きっとこの戦いに生き残ったら反乱軍に加えてくれるというのも事実だろう。

だが……。


(無理だ……!!)


 戦う前から結果が見えている。

圧倒的な数の差。

どうあがいても敵に包囲され、蹂躙される。

反乱軍に味方するのは無謀であったか?

いや、これが最も確立が低いながらも生き残れる唯一の道だ。

もうここまで来たら後戻りできない。

覚悟を決めて徹底的に戦うしかない。


「ほう? いい顔をしてるな。ディヴァーン人」


「は?」


 突然声を掛けられ驚くと変な三人がいた。

小人に細身に太いの。

ちぐはぐな三人組がいつの間にかに隣にいた。


「だ、誰だ貴様ら」


「おっと失礼。我らザイード様にお仕えする三人衆。此方の小さいのがチッビ。恰幅がいいのがポッチャ。そして私は頭脳担当のガッリと申します」


 細身の男が頭を下げたため、「そ、そうか」と思わず頷いてしまう。

すると小人が「我ら三人衆が貴様らディヴァーン人部隊に助力してやる」と笑みを浮かべて言ったためこいつらが腕の立つ連中なのかと思った。

だが。


「暇そうにしていたからザイード様に前線に行けと言われたんだな」


「…………」


 恰幅の良い男は呑気に笑っているし、ほかの二人も変なポーズを取っている。

ザイードめ、まさか使えない部下を我々諸共処分するつもりでは……?

そう疑っていると兵士たちの前に軍馬に跨ったザイードが出た。


 ザイードを見ると兵士たちは皆息を呑み、姿勢を正す。

そしてしばらくの間、沈黙が場を支配するとザイードが静かに口を開いた。


「ここにいるものは皆、バラバラだ」


 砂漠に風が吹く。

色とりどりの軍旗がはためき、ザイードの言葉に同意するかのようであった。


「人種も、言語も、宗教も違う。中にはつい先日まで敵同士であったものも居る。だがそんな我らにも共通の信念がある。ディヴァーンが憎い。敵に勝ちたい。生き残りたい。今日、ここに諸君らが集まったのはあの大軍勢に勝利するため。ならば諸君らの願いを俺が果たそう!! 戦半ばで果てたとしても諸君らの無念を俺が背負おう!! 今日、この一戦で我らは本当の意味で同胞となる!! さあ、咆哮を上げろ!! 我らは砂に眠りし竜!! 奴らに竜の尾を踏んでしまったのだと思い知らせてやれ!!」


 兵士たちが力いっぱい叫ぶ。

自分も三馬鹿と一緒に拳を振り上げ叫んだ。

もうどうにでもなれ!!

ディヴァーンがなんだ!!

シャカーンがなんだ!!

生き残ることの邪魔をするなら大帝の子供であろうとも容赦はしない!!


 角笛が鳴り響くと反乱軍は一斉に動き始める。

方円陣の最前列の兵士たちが何重にも大盾を構え、その間に長槍を持った兵士たちが隊列を組む。

そして陣の中央には弓兵隊や魔術師隊が集結するのであった。


※※※


 反乱軍が動くのとほぼ同時にディヴァーン軍も全身を始めた。


 砂地を揺るがすような振動。

何万という歩兵が前進してくる音。

反乱軍の兵士たちは迫ってくる大軍を睨み、冷や汗を掻きながら固唾を呑んだ。


「どう来る……。騎兵か? それとも弓兵か?」


 誰かが呟いた。

此方が守りを固め、持久戦に持ち込もうとしているのは向こうも知っているはずだ。

ならば最初は弓や魔術による遠距離戦になるだろうか?


「おい……あれ……アイツら!!」


 兵士たちが近づいてくる敵兵を見て僅かに動揺する。

そしてすぐに動揺は怒りに変わった。


 敵兵はディヴァーン人ではない。

鎧すら、中には服すら身に纏っていない奴隷たちだ。

最低限の武器だけを渡され、此方に向かって前進してきている。


 ディヴァーンが奴隷兵を使うことは有名だ。

今回の戦でも奴隷兵を使役するだろうと予想はしていた。

だが実際に目の当たりにするとその悲惨さに目を逸らしたくなる。

恐らくあの奴隷兵たちは滅亡したジン国の者たちだ。

女子供や老人までも部隊の中に混じっている。


「あれを……討つのか?」


 兵士たちに迷いが生じる。

だがその迷いを断ち切ったのはある人物だった。


「哀れなり!!」


 嘗てジン国の大将軍であったイェン・ロウだ。

彼は歯を食いしばり、拳を強く握り目ながら「弓兵隊!! 構えよ!!」と指示を出す。


「よ、よろしいのですか!?」


「構わん!! 祖国の民の命を奪うこと!! 全て私が背負おう!! 貴様らは何も考えず、奴らを撃て!! 撃たねば我らが討たれるぞ!!」


「……かしこまりました!!」


 弓兵隊が一斉に弓を構える。

そして敵が射程内に入ると━━。


「放てぇ!!」


 矢を放った。

矢の雨が奴隷兵部隊に降り注ぎ、次々と奴隷たちが倒れていく。

その光景にロウは怒りの表情を浮かべながらも次の一斉射撃の支持を出した。


 再び矢が放たれると奴隷兵たちが悲鳴に近い叫びをあげて突撃をしてくる。

魔術師隊も魔術による攻撃を行い始め奴隷兵たちを吹き飛ばしていく。

すると奴隷兵たちの後方から数千もの騎兵が現れた。


 ディヴァーンが誇る軽騎兵。

それが奴隷兵を劣りにして一斉に襲い掛かってきたのだ。


※※※


「敵を囲めぇ!! 矢を射かけよ!!」


 ディヴァーンの軽騎兵たちは方円陣を組んだ反乱軍に襲い掛かった。

反乱軍を中心に反時計回りに動きながら騎射を行う。

反乱軍からも弓による反撃が行われるが機動力に優れる軽騎兵に矢を当てるのは至難の業だ。

軽騎兵隊は敵の反撃を避けながら騎射を続け、その間に奴隷兵たちが敵軍に張り付いた。

これにより反乱軍の連携に乱れが生じ始め、その隙を突く。


「西側の敵に乱れあり!!」


「よおし!! 投擲開始!!」


 号令により軽騎兵隊は丸い陶器の様なものを取り出した。

そして陶器から伸びている縄に火を着けると一斉に投擲を始め、反乱軍の大盾に叩きつけた。

すると陶器が突然爆発し、大盾を持った部隊が吹き飛ばされる。


 陶器に火薬を詰め込み、導火線を取り付けた兵器。

もともとはジン国で使われていた火薬兵器をディヴァーンでも取り入れたのだ。


「敵陣に穴が空きました!!」


 爆発により敵の戦列が大きく崩れている。

今ならば一気に敵軍に突入でき、内側から引き裂くことができるだろう。


「所詮は烏合の衆!! 脆いものよ!! 突入するぞ!! 中から食い破ってやれ!!」


 軽騎兵隊が一斉に陣形に空いた穴から突入を開始する。

敵は大盾を外に向けた機動力のない陣形。

一度中に入ってしまえば蹂躙できる。

その筈だった。

しかし。


「こ、これは!?」


 方円陣の中心には敵将も弓兵隊も魔術師隊もいない。

もぬけの殻だ。

内側にも大盾を持った兵士たちが整列しており、敵は軽騎兵隊が入ってきた穴をすぐに塞ぐと長槍を構えた。


「さ、誘いこまれたか!?」


 直後、内側に矢が一斉に放たれディヴァーンの軽騎兵たちは次々と斃れるのであった。


※※※


「ホッホッ。流石にやりますなぁ」


 黒の都にある高層建築物の屋上からヤクブは戦場を一望していた。

ここからならば戦況が全て分かる。


 先陣として投入した軽騎兵隊は壊滅寸前まで追い込まれており、奴隷兵隊も半壊している。

これは想定内だ。

反乱軍が手強いことは承知している。

恐らくこの戦い、両軍に多くの血が流れるだろう。


(さて、数では未だに此方が圧倒。敵は守りを固め、持久戦に持ち込むつもりのようだが……?)


 それでは勝てない。

反乱軍に援軍がない事は知っている。

ならば何故敵は守りを固めるのか?

恐らく奇襲を考えているのだろう。

主力を砂漠に引き出し、手薄になった本隊を機動力と突破力のある部隊で強襲する。

シャカーン殿下の首を獲れば勝てると思っている筈だ。


 だがそれは甘い考えだ。

黒の都には沢山の高層建築物がある。

その屋上に見張りを配置し、全方角を監視している。

そしてもし突破されたとしてもシャカーン殿下の護衛はディヴァーン最強の部隊だ。

我らに死角なし。

その筈だが……。


「だが妙に引っかかる……」


 あのザイード・ヴェルガがそんな安直な手を使うか?

奴らにはなにか秘策があるのでは無いだろうか?

そう、奴らしか知らない何かが。


 突如角笛が鳴り響き、第二陣が動き始めた。

両翼からは弓兵隊と魔術師隊。

そして中央からは金と黒の軍勢が行く。


 ディヴァーン最強の部隊。

不死隊。

反乱軍ら不死隊がなぜその名で呼ばれているのかを思い知るだろう。


「それにしても……」


 あの小娘はしくじったようだ。

折角高価な呪具を与えというのに無駄にしおって。

今頃は死んでいるかそれとも捕まったか?

まあどちらにせよあの小娘は全てが終わったら始末する予定であった。


 第二陣と反乱軍が交戦を開始した。

敵が動くならばそろそろだろう。


「さてさて。念のため警戒しておくかね」


 そう呟くと懐から種の入った袋を取り出し、黒の都に向かってばら撒き始めるのであった。


※※※


 地下道に入ると私たちは用意していたランタンに火をつけ歩き始めた。

地下道は他の遺跡と同様に未知の鋼で出来ており、時折照明の残骸らしきものが壁に取り付けられている。

この地下道はかつて物資の運搬に使われていたのではないかと言われているらしい。


「ふむ? ガドアに似ていますな」


「ドワーフの国はこんな感じなの?」


 ミリの質問にヘンリーは頷く。


「ガドアはもっと広いですがな。なにせ地下の大空洞に都があるのですから」


「へえ? 地下なんかに住んで暗くないのかい?」


 先頭を歩くヴァネッサが「アタシは耐えられないね」と肩を竦めるとヘンリーは「いえいえ」と天井を指差した。


「あるんですよ、太陽。正確には太陽として利用している大型の照明が」


 その照明も太古の遺物だという。

大型の魔導炉に繋がれた人工太陽は炉から送られてきた魔力により地上と変わらない明るさを地下帝国に齎している。

それ以外にもガドアには沢山の遺物が眠っており、昔は巨大な工事だったのではないかと推測されているらしい。


「発掘を行っている技師たちによると空を飛ぶ巨大な船も建造されていたとのことです」


「空を飛ぶ船、のぉ? ヴェルガですら到達しなかった技術じゃな」


 太古の世界。

二人の女神とヒトが共存していた世界。

それは実際に見たらどんな世界だったのだろうか?


「……ッ!!」


 突然視界が歪んだ。

何かが見える。


 地下道、地下道だ。

ここと似ていて、でも違う地下道。

そこを私は駆けていた。

誰かに手を引かれ、必死に逃げている。


『━━ナ!! 走って━━が━━後ろに!!』


 私の手を引く少女。

その背中はまるで……。


「おい! リーシェ!!」


「……ぁ」


 気が付くと目の前に心配そうな表情を浮かべたロイが立っていた。

他の仲間たちも私の方を見ており、私は慌てて「だ、大丈夫!」と首を横に振った。


「ちょっとぼーっとしただけだから」


「おいおい、勘弁しておくれよ? 戦ってる最中に棒立ちしていてもアタしゃあ助けないよ」


 ヴァネッサの言葉に「分かっている」と返すと歩き始める。

ユキノやミリはまだ心配そうに此方を見ているが本当に少しボーっとしただけだ。

そう、少し、何かを思い出し掛けたような気がしただけだ。


※※※


 地下道を進み続けているとヴァネッサが突然立ち止まった。

するとフゲンが「いるねぇ」と腕を組み、闇の中から黒衣の男が現れた。


「シャカーンの位置はすでに把握している」


 この声。

シェクの砦で会った黒衣の男だ。

彼は一瞬此方を見るとヴァネッサに「信用できるのか?」と訊ねた。


「昔やりあっているからね。腕のほうは保証するよ」


「そうか。ならばいい」


「で? 外の状況はどうなんだい?」


 ヴァネッサがそう訊ねると黒衣の男は「苦戦している」と答えた。


「ザイード様の作戦通り敵の主力を砂漠に引き出せた。善戦はしているがあまり長くはもつまい。シャカーンは黒の都の中心、大広場に布陣している。奴の右腕であるヤクブは外を警戒して下には気が付いていない。やるならば今だ」


 シャカーンの護衛として不死隊がいるがその半数以上は前線で戦っているという。

不死隊は手ごわいだろうがやるしかない。


「やるなら脇見せず、一気に大将首ね」


 ミリの言葉に私たちは頷く。

一点突破で敵将を討つ。

例え誰かが倒れたとしても立ち止まってはいけない。


「さて、こっからは本当に引き返せなくなるよ。アンタら覚悟はいいね?」


「姐さん! 任せてくだせえ! 俺たちゃオークの男!! むしろこんな戦に参加できて光栄でさあ!!」


 オーク隊が拳を振り上げ活を入れる。

私たちも彼らに続き、拳を振り上げるとヴァネッサは楽しそうに目を細めた。


「いいねえ、この感じ。ゾクゾクするよ。それじゃあ、アンタたち? 行こうか!!」


 ヴァネッサの言葉に私たちは「応!!」と返し、地下道の出口に向けて駆けだすのであった。

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