第96節・反乱の代償
ロイはリーシェに声を掛けた後、すぐに言葉に詰まってしまった。
何を言うべきか?
先ほどのことを?
自分の悩みを?
リーシェに対する気持ちを?
分からない。
分からないけど何かを言わなければいけない。
「あの……」
「ねぇ……」
言葉が重なりお互いに沈黙する。
リーシェは此方に背を向けて夜空を見上げているため表情が分からない。
泣いて……いるのだろうか?
それとも怒っている?
「私は、大丈夫だよ。私たちだってもう大人だからロイが誰かと付き合ったからって友達じゃなくなるとか無いし。だから、本当に私はだいじょ━━」
「違う!」
自分でも驚くほど大きな声が出てしまった。
「すまない」とリーシェに謝ると慎重に、そして己の本心を自分自身確かめるように口を開く。
「俺はルシャの事をどうも思っていない。言い訳っぽくなるけどさっきの件もルシャが……。いや、すまん。はっきりと彼女を拒絶しなかった俺が悪いな」
あの時はどうかしていた。
まるで夢を見ていたかのような感覚で、リーシェが来なかったら本当に一線を越えていたかもしれない。
まったく自分が情けなくなる。
「信じてくれなくてもいい、いや、やっぱり信じて欲しいが……えーっと、俺が大切に思っているのはリーシェ! お前だ!」
勢いでなんだかすごい事を言ってしまったがもう後に退けない。
色々な覚悟を決めてリーシェの横に立つといきなりリーシェがクスクスと笑い始めた。
「お、おい。笑うことは無いだろう?」
リーシェは暫く笑うと涙を拭い、此方を向く。
月明かりに照らされた彼女の笑顔。
久しぶりにしっかりと見た彼女の姿はいつもより美しく見えた。
「なんか、やっと話せたね」
「……そうだな。なんでこんな簡単なことを躊躇っていたのか自分でもバカバカしくなる」
一度話したらスラスラと喋ることが出来た。
自分が思い悩んでいたことを全て吐き出すように話した。
そして言いたかったことを話し終えるとリーシェと共に月を見上げる。
「今でも悩んでいる。俺がお前の騎士として相応しいのか。俺でお前を守り続けることができるのか」
ユキノやミリのように特段戦闘技術が高いわけではない。
凡人より少し上。
そこに収まっているのがロイという男なのだ。
そんな男が神の子を名乗るホムンクルスや奴らの親玉相手に戦っていけるのか。
「私は……」
リーシェが静かに口を開き、横目で此方を見てくる。
「私はみんながいるからここまで頑張ってこれた。私の大切な人たち。私を守ってくれて、私が守りたい人たち。その中でもロイは特別なんだよ?」
「特別? 俺が?」
「うん」とリーシェは頷く。
そちて此方を向くとやや頬を紅くしながら笑みを浮かべる。
「私の騎士様。私の幼馴染。そして私の━━」
一瞬であった。
唇に何かが触れ、リーシェが一歩下がる。
事態に頭が追いつかず、ワンテンポ遅れてからリーシェが何をしたのかに気が付いた。
「お、お……おま!?」
顔から火が吹きそうになるくらい熱くなった。
リーシェも顔を真っ赤にして俯くと背中を向ける。
「返事はまだ聞かない!」
「は、はい!? いや、返事って!? いや、でも、その!?」
いろんな感情が爆発して大混乱だ。
一瞬脳裏に悪鬼のような表情を浮かべたルナミアが映ったがそれも彼方へと吹き飛んでいく。
そんな此方の様子にリーシェが笑ったため、少し仕返しをしてやろうと思った。
「リーシェ」
彼女の肩を掴み、引き寄せる。
そして至近距離でお互いに見つめあい、そして顔を近づけると……。
「リーシェ様!! たいへ……ん……です」
「!?」
飛び跳ねるようにお互い離れるが時すでに遅し。
半目になったユキノが此方を見ながら「へぇ? ほぉー?」と頷き、そして弱み得たりと言った笑みで近寄って来る。
「どうぞどうぞ私にお構いなく。さあ、続きを。なんなら今からベッドメイクをして来ましょうか」
「い、いいから!? そ、それよりも何かあったの?」
リーシェが慌てて話題を変えるとユキノは「そうでした」と手をポンと叩いた。
「しっぽりやってたお二人とも大変です。ルシャ様が……投獄されました」
※※※
ユキノから連絡を受け、牢屋に向かうと既に他の仲間たちやザイードやヴァネッサがいた。
牢の中には鎖で繋がれたルシャがおり、彼女は力無く項垂れている。
「……これは?」
ザイードに訊ねると彼は腕を組み、牢にいるルシャを見る。
「この女はディヴァーンが差し向けてきた刺客だ。どうやら最初は俺を狙っていたらしい」
ザイードがそう言うとヴァネッサが肩を竦め、何やら針のようなものを取り出した。
それを見たヘンリーが「ほお?」と針に興味を示し、ヴァネッサから針を受け取る。
「これは……呪具ですか。アルヴィリアで見るものとは違う術式が刻まれていますが」
「隷属の針。ディヴァーンの呪術師が使う呪具さね。コレで刺された奴の魂は刺した奴に囚われ、従わされる。そこの坊ちゃんが香の力に流されて楽しくヤッていたら今頃そいつの狗になっていただろうさ」
女性陣からの視線がロイに集まり、彼は「すまない……」と頭を下げた。
ザイードの話ではルシャを運んでいた輸送隊は予定にない、存在しない部隊であったという。
その事を不審に思った彼は"影"に助け出した人たちの調査をさせ、ルシャが他の奴隷とは違う、更に東から連れてこられたことを知った。
ザイードはルシャを監視することにし、そして今に至るという。
ルシャが敵の刺客。
それは私たちにとって驚くべき事実だ。
でもどうしてゼダ人のルシャがディヴァーンに……。
「全部あなたたちのせいよ」
俯いていたルシャが呟き、顔を上げる。
彼女は激しい憎悪が篭った視線をザイードに向け、鎖を鳴らしながら怒鳴る。
「あなたが! あなたたちが反乱なんて起こすからみんな酷い目にあった!!」
ルシャが騒ぎ始め、近くにいた看守が動こうとするがザイードはそれを手で制した。
「同胞のため? は! 笑わせるわ!! あなたたちは大義だの正義だのと自分たちの行動に酔っているんでしょうけれども参加できないゼダ人からしたら迷惑なのよ!! ねえ、知ってる? もっと東にいるゼダ人がどんな目にあったか。人としての尊厳を踏みにじられ、毎日か地獄のような日々。誰も助けにこない、助からない絶望感!! お前たちはたくさんの同胞をそんな状況に追い込んだのよ!!」
鬼気迫るルシャの表情に誰もが息を呑んだ。
ザイード以外。
ザイードだけは彼女から目を逸らさず、真っ直ぐに見つめている。
「私もそうだった。何度も死のうと思った。でも死ぬ勇気が無かった。どうにもならない状況に絶望していたらあの方が来たのよ。シャカーン様は仰ったわ。私にチャンスをくれるって。反乱軍のザイードという男を始末したら自由にしてくれるって。それどころか妾の一人に加えて下さると仰ったわ」
「ハッ! 乗せられたねぇ! シャカーンが約束を守るとでも?」
ヴァネッサの嘲笑にルシャは睨みを返す。
「それでもやるしかなかった! 私にはその道しか無かった!!」
本当はザイードに近づき、彼を籠絡するつもりだったらしい。
だがロイに助けられたことにより計画を変更。
ロイを操りザイードを殺すか反乱軍を内側から崩すつもりだったという。
ルシャは「もういいわよ……」と言うと再び俯き、疲れ果てたような笑みを浮かべる。
「煮るなり焼くなり好きにして。計画が失敗した以上、私はもう助からない。もう、どうだっていい」
ルシャの悲痛な笑みに一同は沈黙した。
反乱を起こせば誰かが犠牲になる。
その事実をルシャは身をもって示した。
ザイードは彼女を見てどう思うのだろうか?
己の行いを悔いるのか?
それとも……。
「好きにしろと言うならば貴様を好きにしよう。貴様は生きろ」
「……今更同情?」
「否である。確かにお前の言う通り俺のせいで多くの同胞が散った。だからこそ止まれん。今止まってしまったら同胞の犠牲が無駄になる。罪は背負おう。いくらでも憎んでくれて構わない。憎しみを糧に生き、俺が掴んだ未来を見届けろ」
ザイードの言葉にルシャは何か言い返そうとしたが顔を逸らして「なによ、それ」と吐き捨てるように呟いた。
そしてザイードは踵を返すと私を横目で見て「明日、出陣するぞ」と牢から出て行った。
ヴァネッサも肩を竦めるとザイードの後を追い、残された私たちも頷き合う。
今、ルシャにかける言葉は無い。
ユキノのが「行きましょう」と言い、私たちも牢から出るのであった。
※※※
朝。
砂漠を太陽が照らし、輝き始めた頃。
シャカーンは立ち並ぶ高層建築物を眺めていた。
黒の都。
太古の時代に築き上げられた文明。
ヒトは今とは比べ物にならないほどの知識と技術を持ち、繁栄していたという。
だがそんな太古のヒトも滅び、彼らが住んでいた都も砂に埋もれて朽ち果てている。
栄枯盛衰。
古のヒトが滅んだようにいずれは我々も滅ぶのだろう。
新しきモノを、新しき力を求めてそれを得た者が次の世代に滅ぼされる。
人の世とは闘争の連環によって成り立っているのだ。
「何が見えますかな?」
背後からヤクブに声を掛けられ、太陽を鷲掴みする様に手を伸ばす。
「我が闘争」
「ホッホッ。殿下の闘志がこの砂漠を焼き払うのが楽しみですなぁ」
「砂漠だけにあらず。我が闘争は全てを焼き払う。それは我が父たる大帝すら例外では無い」
「ほう?」
「ヤクブ老、父は何故恐怖と力を追い求めるか知っているか?」
「それはもう、大帝陛下は天下泰平の世を築かんとしているのです」
天下泰平。
鼻で笑ってしまう。
あの男が求めているのは泰平ではない。
停滞だ。
幼い頃より宮廷内の謀略に巻き込まれていた大帝はあらゆる存在を信用出来なくなった。
周りは全て自分を脅かす脅威。
故に大帝は望んだ。
圧倒的な力を。
脅威を凌駕する恐怖を。
あの男は弱き心を守るため全てを害する存在となったのだ。
そんな男が求める泰平の世とは何か。
それは脅威が全てなくなり、停滞した世界だ。
アレは人理を脅かす存在。
いずれは排除しなくてはならない。
「とにかく、大帝に人の世は任せられん。人の世を導くのは常に進み続ける苛烈な者のみ」
それは自分かそれとも別の誰かか。
もしかしたらこれから戦う男かもしれない。
ザイード・ヴェルガ。
同胞を率い、大帝に挑む男。
果たしてどのような男なのか。
「会ってみたいものだな」
「……あまり敵に入れ込みすぎませぬよう」
「安心しろ。我が戦に情けや妥協はない。立ち塞がるのならばことごとく滅するのみ」
さあ、まもなく大戦の始まりだ。
来るがいい反乱軍。
人理に従い共に争おう。
血みどろの戦いに興じ、犠牲の先に進もうではないか。
「ヤクブ老!! 兵たちに戦支度を!! 明日には敵が来るであろう!!」
天に向かって叫ぶとヤクブは静かに頭を下げるのであった。
※※※
ルシャが投獄された翌日に反乱軍は出陣し、そして一日行軍するとハシュマの井戸にたどり着いた。
既にディヴァーンの大軍が待ち構えており、遠くに見える黒の都からあふれ出るように布陣している。
私たちは反乱軍の本隊から離れた場所におり、砂丘の上から敵軍を眺めていた。
「こりゃあ嫌になるぐらいたくさんいますなあ……」
ヘンリーがうんざりしたようにため息を吐くとフゲンが「あれでも少ないほうさ」と苦笑した。
「アルヴィリアに侵攻してきた時はまさしく人の津波のようだったよ。大龍壁はそう簡単に破られないと油断していたからアッと言う間に切り崩された。特にそこの女戦鬼には辛酸を嘗めされられたもんだよ」
フゲンの言葉にヴァネッサはニヤリと笑い、「アンタたちの対応速度も悪くなかったさ」と返す。
「それで? 地下道というのはどこにあるんですか?」
ユキノの質問に答えたのはオークのン・ガゥだ。
彼は南を指さすと「塔が見えるだろ」と言う。
彼の指さすほうを見れば遠くに黒い塔のようなものが見える。
あれも遺跡だろうか?
「あれの近くに地下道の入り口がある。地下道は黒の都の色んな場所に通じているから奇襲し放題ってわけだ」
「敵本隊の位置は分かっておるのか? 出口を間違えて敵のど真ん中というのは遠慮してもらいたいものじゃが」
クレスの言うとおりだ。
此方は少数精鋭。
短期決戦で一気に敵の大将を叩かなければいけない。
「すでに”影”が潜入している。地下道で奴らと合流する予定さね」
”影”というのはシェクの砦で出会った黒衣の男たちのことだろう。
彼らは手練れ。
きっとシャカーンを見つけ出すだろう。
そう考えていると角笛の音が聞こえてきた。
ロイが「始まるな」とつぶやき、皆表情を引き締める。
一か八かの大戦が始まる。
ここから先は片道切符だ。
私たちは武具の点検を行うと地下道の入り口に向かって歩き始めるのであった。
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