第100節・毒樹の巨人
ハシュマの井戸での戦いは反乱軍が圧倒的に不利な状況であった。
兵力を生かし、波状攻撃を仕掛けてくるディヴァーンに対して守りを固めてどうにか持ちこたえているが被害は時間と共に増加していく。
さらに不死隊まで投入されたことにより既に方円陣は崩れかけていた。
スィーヤムは前線で必死に他の投降兵たちの指揮を執っていたがもともと士気が低かった投降兵は逃散し始め、最早部隊として機能していない。
(やはり無理があったのだ……!!)
シャカーン率いる大軍にこんな戦力で勝てるはずがない。
別動隊がシャカーンを強襲し討つ計画だが未だにディヴァーン側に変化がないということは失敗に終わったのだろう。
押し寄せてくる敵をサーベルで切り裂きながら舌打ちする。
奇襲が失敗したのならば勝ち目はない。
このまま敵の大軍に押しつぶされてしまうだろう。
ならば今からでも逃げるか?
いや、もう遅い。
戦場から逃げた投降兵は結局ディヴァーンの軽騎兵に追撃され悉く討たれている。
残っても死。
逃げても死。
最悪だ。
「くそ! くそが!! 死にたくない!!」
こんな砂漠で死にたくない。
どんなにみじめでも生き残りたい。
涙目になりながら武器を振るい、敵の返り血を浴びて真っ赤に染まる。
目の前に不死隊兵が現れた。
ディヴァーンの死なずの兵。
本当に死ななないなんて思わなかった。
槍を持った不死隊兵が此方に襲い掛かり、突き放たれた槍をサーベルで受ける。
すると敵はそのまま手首を捻って此方のサーベルを弾き飛ばした。
思わず尻もちをついてしまい、目の前に槍を構えてた敵が仁王立ちすると己の死を悟って目を瞑った。
「ぬん!!」
風が吹いた。
不死隊兵が横に薙ぎ払われ、腰を断たれて吹き飛ぶ。
何が起きたのかと呆然としていると横に偃月刀と呼ばれる幅広の刃を持つ槍を持った男が立っている。
「投降兵の指揮を執っている者だな?」
男にそう言われ頷くと彼はこちらを引き起こした。
「既に部隊は崩壊、か。あそこの三人は?」
男が指さすほうを見れば三バカが敵に斬りこみ、なぎ倒している。
あの三バカ、本当に腕が立つのか……。
「や、奴らはザイードの部下だ。投降したディヴァーン兵はもうほとんど残っていない……」
まだ一部の投降兵は戦ってくれているが彼らが逃げ出すのは時間の問題だろう。
「お主はなぜ逃げぬ?」
「……逃げても死ぬからだ。今、逃げ出しても逃げ切れるわけがない。だったら戦って粘るしかないだろう。奇跡が起きるかもしれないしな」
そう答えながらサーベルを拾うと男は「ほう」と立派なあごひげを擦りながら頷いた。
「貴様は他のディヴァーン兵よりはマシなようだ。祖国を滅ぼしたディヴァーン人は憎いが共に戦うのならば同胞だ。この戦、共に生き残ろう」
「勝てると……思っているのか?」
此方の質問に男は頷く。
そして前方を指さした。
「見よ。敵の動きが変わった。あれほど激しい波状攻撃を仕掛けて来た敵の動きが鈍くなった。恐らく指揮する者に何かあったのだ」
確かに第五波あたりから敵の動きが鈍い。
奇襲は成功したのか?
それとも何か別の思惑が?
とにかく今は……。
「死にたくなかったら戦うしかない、か」
「左様。僅かな望みでも勝利を信じ戦い続けるのみ!!」
そう言うと男は部下たちと共に突破してきた不死隊に斬りこんでいった。
その背中を見送るとサーベルを強く握りしめ、歯を食いしばった。
戦う。
戦ってやるさ。
死にたくないから小物なりに必死に戦ってやるさ。
そう覚悟を決め、腹の底から声を出し、必死に叫ぶと敵に向かって斬りこむのであった。
※※※
不死隊の大男との戦いは予想以上の苦戦を強いられていた。
大男自体の動きは鈍く、隙が大きいがその隙を身体から生えている触手が補っている。
戦槌を避けたかと思えば触手が放たれ、それを避けると次の攻撃が迫っている。
そしてどうにかして反撃を叩き込んでも核を破壊しない限り有効打にはならない。
(時間は掛けたくないけど……!!)
ロイの加勢に行きたい。
だがこの敵を放置するわけにはいかない。
頭上から振り下ろされた戦槌を敵の脇をすり抜けるように避けると側面から四本の触手が迫ってきている。
それをリントヴルムで全て弾きながら背後に回り込むと背中から心臓めがけて槍を放った。
だが敵は前に大きく踏み込むことによって穂先が心臓の核に届かないようにする。
敵がリントヴルムが刺さった状態で身体を強引に捻ってきたため、振り回されてしまった。
そして槍が身体から抜けて吹き飛ばされるとの同時に背中の触手が一斉に迫ってくる。
それを横に転がって避けて直ぐに立ち上がるが目の前に戦槌が迫ってきているのを見ると咄嗟にリントヴルムの柄で受けて再び吹き飛ばされた。
地面を激しく転がり、近くの建物の壁を突き破ると建物の柱に叩きつけられる。
口から血を吐き出し、大きく息を吸うと受けた傷の回復に魔力を回す。
「……結構、つらい!」
リントヴルムを杖にして立ち上がると自分が空けた穴から外の様子が見える。
大男は此方に向かって突撃してきていたため急いで構えなおすと目を細める。
そして敵が壁を突き破り飛び掛かってきたのと同時に横に跳んだ。
戦槌が柱を砕き、建物の天井が崩れる。
それによって敵が崩れた天井の下敷きになるがこの程度では僅かな時間稼ぎにしかならないだろう。
『主様!! どこじゃ!?』
頭の中に突然クレスの声が響いてきたため驚いて転びそうになる。
『ク、クレス?』
『主様……儂とこうして繋がって喋れること忘れておったな……?』
ワスレテマセンヨ。
遠くでクレスがため息を吐いているのを感じながら私は動き始めた瓦礫を警戒する。
『今どんな状況?』
『良くない。赤毛の坊主がどうにかシャカーンに喰らいついているが苦戦しているようじゃ。儂も麻痺毒のせいでいったん下がっておる。そちらに合流するつもりじゃがどこにおる?』
「えっと……」
建物から外の様子を見る。
シャカーンがいるのが確か西の方。
だとすると私がいるのは……。
『南西の高い建物の中……っと!?』
『どうした!?』
瓦礫から大男が飛び出し、此方に襲い掛かってきた。
後ろに飛び退き距離を取ると敵の様子を伺う。
大男は下敷きになった際に身体を損傷しており、頭は砕けて代わりに木の根が人間の頭蓋を模している。
核を破壊しなければ身体を修復されそうだ。
『ちょっと厄介な相手と戦ってる! 気が散るから会話おしまいね!』
横薙ぎに放たれた戦槌をしゃがんで避けると立ち上がる勢いでリントヴルムをしたから突き放つ。
穂先は心臓を狙うがそれよりも早く槍に根が巻き付き、そのまま投げ飛ばされてしまった。
空中で受け身を取って壁を蹴ると敵に向かって突撃する。
そんな此方を迎撃するために根が放たれたため空中で根を弾いていき頭にリントヴルムを叩き込んだ。
そしてそのまま敵の背後に着地すると直ぐに振り返る。
敵も頭をたたき砕かれた衝撃でのけ反りながら振り返り、お互いに向かい合うと戦槌を構える。
そして私めがけて大きく踏み込もうとした瞬間━━。
「ドラゴンキック!!」
突如現れたクレスのドロップキックを脇腹に喰らい、大男は吹き飛んだ。
「ナイスタイミング!」
「じゃろう? もっと褒めてもいいのじゃぞ?」
得意げなクレスの横に並ぶと起き上がる大男を睨む。
クレスも合流してくれたしそろそろ決着を着けたい。
この頑丈な敵を倒す手段。
それはあの根ごと敵の核を吹き飛ばす。
「クレス、アイツの身体を吹き飛ばせる?」
「ふむ……。我が竜砲ならば。じゃが━━」
クレスが横目でこちらを見てくる。
私はクレスと魔力を共有している。
彼女が大技を使うということは私の魔力が大幅に消費されるということだ。
長期戦になるならば温存すべきだろうが……。
「いいよ。やっちゃって。此奴を倒さないとどうにもならないから」
「あい分かった。ならば敵を外に連れ出してくれ。ここでは建物が崩れて下敷きになってしまう」
クレスの言葉にうなずくと私たちは二手に分かれる。
大男がどちらを追うか悩む素振りを見せたため私は「こっちだよ!! ノロマ!!」と挑発した。
すると大男は唸り声を上げて私に向かって突撃してくる。
それを見て口元に笑みを浮かべると私は壁の穴から外に飛び出した。
そして敵が私を追って来るのを確認すると━━。
『━━クレス!!』
『任せい!! 久々の我が竜砲、その威力を見よ!!』
クレスが建物の中から現れ、口を大きく開ける。
そして体内の魔力を凝縮すると口から細い閃光を放った。
閃光に巻き込まれないように横に跳ぶのと同時に敵を細い閃光が貫いた。
閃光は時差で莫大な量の雷となり、大男を一瞬で消し炭にしていく。
大男の体内にあった魔晶石が散ると飛び散った根も急速に枯れ、灰になっていく。
(あ、危なかった……)
砂の上を転がりながら私はほっと息を吐く。
あと僅かにでも避けるの遅れていたら私も跡形もなく消えていた。
これがクレスの力。
雷竜王の一撃。
『クレスって……』
『ん?』
『凄かっただね』
『馬鹿にしておるのか!! 凄いに決まってるおるだろう!!』
頭の中でクレスがガミガミと言い始めてきたため遠距離の会話を切る。
さて、これで此方の手は空いた。
あとは……。
「ロイは大丈夫かな」
そう思いながら立ち上がると肩を怒らせたクレスが近づいてくるのが見える。
あれは暫く小言が続きそうだ。
苦笑しながら私は彼女と合流し、予想通り小言を受けながら仲間たちに合流すべく敵に斬りこみ始めるのであった。
※※※
数分前。
木の巨人の攻撃を戦鬼が受け止めていた。
巨人の凄まじい力に対して足腰に力を籠め歯を喰いしばる。
そして全力で敵の両腕を弾き飛ばすとゆっくりと息を吐いた。
「呆れた……。お主、本当に人間か? 実は人の皮を被ったオークではないだろうな?」
「助けてやったってのに酷い言いようだねえ。アタしゃあ正真正銘の人間さ」
「助けてもらうつもりなんて無かったわい!!」
雷竜王がプイとそっぽを向くと苦笑する。
それから体勢を立て直しつつある巨人を見て右手のメイスを肩に担いだ。
「見たところ此奴とアンタの愛称は悪い。ここはアタシが引き受けようかい?」
雷竜王が何かを言おうとするが直ぐに口を窄み、それから頷いた。
「儂は解毒しながら主様のところに向かう。そやつの麻痺毒、気を付けるのじゃぞ」
「あいよ」
雷竜王が花粉のような毒にやられるのは見た。
恐らくこの巨人の身体から生えている花は全て毒を噴射できるのだろう。
吸わないように気を付けて戦わなくては。
雷竜王が駆けだすと巨人が彼女を追おうとしたため進路を阻むように仁王立ちする。
すると巨人の中から老人の唸り声が聞こえ、此方に強い敵意を向けてきた。
『魔術師同士の至高の争いを邪魔するか』
「至高、ねえ? 戦いに至高も糞もない。殺すか殺されるか。それだけ。そして今からアタシはアンタを殺す。その見た目ばっかり派手な木の鎧を砕いて叩き潰してやるよ」
『やだこの女。品がなーい。ヤコブ、さっさと殺しちゃいましょう?』
巨人から老人以外の声が聞こえてきたことに一瞬眉を顰める。
ヤコブという老人以外にも誰かがいるのか?
まあ、どうでもいい。
敵ならばまとめて叩き潰すだけだ。
『戦鬼よ。お主に思い知らせてやろう。人の域を超えた素晴らしい力を!!』
巨人が拳を振り上げてきた。
そしてまっすぐに振り下ろされた拳を見ると直ぐに横に跳ぶ。
地面に叩きつけられた拳から無数の根が迫ってくるがメイスでまとめて吹き飛ばした。
着地と同時に再び跳躍し、両腕のメイスで振り下ろされた巨人の腕を殴打する。
すると殴打した部分が砕け、巨人が『なんと!?』と驚愕の声を上げた。
メイスで殴打した衝撃を利用して再度跳ぶ。
そして巨人の股下に着地すると敵の左足をメイスで穿った。
(流石に固いねえ……!!)
一撃では表面を砕くのみ。
ならば砕き続ければよい。
両腕のメイスを高速で振り、一点集中の連続打撃。
風圧で周囲のものが吹き飛び、左足を砕かれた巨人が傾き始めた。
『ちょっとお!? なんなの、この筋肉達磨!!』
『動じるな!!』
巨人の股下に花が咲いた。
直ぐに花から毒花粉が吐き出され、急いで息を止めながら後方に跳ぶ。
着地目標の地面から木の根が現れているのを見ると空中でメイスを地面に叩きつけ、方向転換をして別の場所に着地した。
「せっかく砕いたってのに、もう修復してるのかい」
巨人の左足はすでに修復されており、敵は此方に拳を突き出してきた。
それと同時に再び足元から根が現れ、両足に巻き付いてきたため舌打ちするとメイスで拳を受ける。
強烈な打撃に腕が悲鳴を上げるがどうにか堪え、受け止め切った。
すると拳から小さな花が無数に生え、毒花粉を噴射してきたため息を止めて足元の根を強引に引きちぎると敵から距離を取る。
「次から次へと気色が悪いねえ……!?」
身体が痙攣した。
手足に上手く力が入らない。
これは……麻痺毒?
だがどうして?
此方は毒を吸っていないはずだ。
『ホッホッ、毒を吸わねば大丈夫だと思ったのかね? 我が毒は皮膚からも体内に入り込む。毒を浴びた時点で貴様の負けは確定していたのだ』
舌打ちする。
少々迂闊であった。
麻痺毒が少しずつ身体を侵しているのが分かる。
このままではいずれ動けなくなる。
ならば短期決戦に持ち込むしかないだろう。
動ける内に敵を仕留めるのだ。
『貴様の考えていることは手に取るように分かるぞ? 動ける内に我を殺す気であろう。だが━━』
『━━そんな甘くないのよねえ!!』
巨人の全身に花が咲き毒花粉を噴射する。
毒の鎧だ。
敵は何人たりとも寄せ付けない毒の鎧を生み出したのだ。
「こりゃあ、厄介だ。雷竜王に任せた方が良かったかもねえ」
かなり危険な状況だが思わず笑みが浮かんでしまう。
戦いとは追い込まれれば追い込まれるほど面白くなる。
ここからどうやって勝つか、それを考えるだけで熱くなってくる。
戦いに高揚している此方を巨人は見下ろすと『狂戦士め』と吐き捨てるように言った。
『貴様は獣よ。ディヴァーンに、シャカーン殿下に御せぬ獣は不要!!』
巨人が拳を放ってきた。
拳は途中で幾つもの小さな拳に分かれ、高速の連続打撃を放ってくる。
それをメイスで全て弾き、巨人と此方の間に突風が吹き荒れる。
メイスが拳を弾く度に木片が飛び散り、砂が吹き飛ぶ。
『貴様……風圧で!?』
「ようは毒が触れなきゃいいんだろう!!」
敵の攻撃を弾きながら風圧で毒花粉を吹き飛ばす。
これで此方に毒は来ない。
だがこのままでは千日手だ。
いや、既に毒に侵されている以上持久戦は不味い。
どうにかしてここから反撃に転じなければ。
『恐ろしき戦鬼よ!! だが!!』
突然敵の腕が四つに割れて広がった。
そして此方を覆うように袋状になり━━。
『吞み込んでくれる!!』
その言葉と共に敵の腕に包まれ、呑み込まれるのであった。
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