第93節・禁忌の知識


「人造の神……。そんなことが可能なのか……」


 ロイの言葉にアリマ婆は頷く。


「ホムンクルスというのは太古の技術だ。太古のヒトが労働力として生み出した肉を持った人形。一説によればヒトはホムンクルスを生み出したことにより女神の領域へと足を踏み入れ、悪しき心が芽生えたというね。まあ兎に角、ホムンクルスの技術は帝国によって復活し、夥しい量の犠牲者を出しながら人造神を完成させた。だがこの人造神にも欠点があった」


 アリマ婆がクレスの方を見るとクレスは腕を組み、僅かに眉を顰めながら口を開く。


「力の劣化。そして寿命じゃな」


「その通り。完成した人造神はオリジナルよりも力が数段劣っていた。そして何よりも肉体が女神の力に耐えられず寿命が短いという欠点を抱えていた。何度か"試作"が行われ、寿命に関してはある程度改善されたが力の劣化は改善出来なかったのだ」


※※※


 人造神の劣化した力ではアルテミシアに対抗しきれない。

そう判断した帝国の研究者たちはもう一つの計画を実行に移した。

竜王を超える竜王。

絶対的な破壊の力。

そう、人造竜王バハムートを生み出す計画である。

人造女神と人造竜王。

この二つの力をもって女神アルテミシアに対抗しようとしたのだ。


 まず試作として二体の人造竜を生み出した研究者たちはバハムートの製造に着手。

バハムートは大戦末期にどうにか完成した。

だが人造竜王は精神面で非常に不安定であり、最初の起動実験で暴走したため封印された。

そしてついにアルテミシアが再臨し、帝都にまで反乱軍が押し寄せた時、バハムートの封印が解かれ人造女神と共にアルテミシアと戦ったのだ。


 その結果、アルテミシアは人造女神と相打ちになったが帝都は陥落。

皇帝ダスガールヴ・ヴェルガも戦死し、長きにわたってエスニアを統治してた帝国は滅んだのだ。


※※※


「さて、ここまでが帝国の歴史だが何か質問はあるかい?」


 アリマ婆が「はあ、疲れた」と首を横に振るとロイが「一つ良いですか」と手を上げた。


「さっきの話で人造女神には寿命が短いという欠点があると言いましたね? リーシェは……レプリテシアの力を宿しているコイツは大丈夫なんですか?」


 ロイの言葉で私に注目が集まる。

レプリカが短命だったというのは驚きだ。

ならば自分もそうなのか?

もしそうだとしたら少し……、いや、かなり嫌だ。


「私も知りたいです。私は長い生きできないのですか?」


 アリマ婆に訊ねると彼女はゆっくりと首を横に振った。


「今のお前さんなら大丈夫だ。お前さんに宿っているのはレプリテシアの欠けた力の一つ。その程度だったら普通に生きられるだろう。だが━━」


 アリマ婆は身を乗り出してくる。


「これから先。お前さんがレプリテシアの力を求めるのならば保証はできない。女神の力を女神以外が扱うなど本来は不可能な事。その不可能をあらゆるものを犠牲にして可能にしたのが人造女神だ。お前さんがレプリテシアに近づけば近づく程、お前さんは人から離れていく。その結果が命を失うのか、それとも別の何かになるのかはアタシには分からん」


 私は息を呑む。

レプリテシアの力を代償無しで扱えるとは思っていなかった。

だが改めて言われると流石に足が震える。


「女神の力なんて必要ないようにすればいいのよ! リーシェがそんなモノに頼らなければならないような状況にさせない。その為に私たちがいるんでしょう?」


 ミリの言葉に仲間たちが頷く。

そんな仲間たちを見てザイードは「さて、そうはいくかな?」と呟いた。


「どういう意味だ?」


 ロイが眉を顰めるとザイードは鼻を鳴らす。


「女神の力を得ずにこの先戦い抜けると本気で思っているのか? お前たちは既に知っているはずだ。そこの娘を狙う連中を。この世界の裏で暗躍する”敵”を。奴らは人智を超えた力を持ち、俺たち人間のことなど歯牙にもかけない。そんな連中相手に今のままで勝てると思っているのか?」


「ああ、思っているさ。俺たちはリーシェを守る。たとえ敵がどんなに強大であってもだ」


「手も足も出なかったくせに良くそんなことが言えるな。貴様の甘い考えがかえってあの娘を死に追いやるかもしれんぞ?」


「お前っ!!」


 ロイがザイードに掴みかかろうとしたため私は慌てて彼を止める。

他の仲間たちもザイードを睨んでいたが彼は「事実を言ったまでだ」とそっぽを向いてしまった。

そんな私たちの様子をアリマ婆は見つめていると「まあ落ち着きなよ」と口を開いた。


「先のことなどまだ分からん。そこの坊主の言う通り女神の力などいらないかもしれない。だがザイード坊の言う通り女神の力が無ければ皆破滅するかもしれない。だからだよ? その時が来たら後悔の無い選択をおし」


 もしかしたらその時というのは迫ってきているのかもしれない。

人として”蛇”やあの男と戦うのか?

それとも……。


「さて、話が脱線しちまったね。それじゃあ続きを話そうか。ここからは今のアタシたちの話だ」


※※※


 ヴェルガ帝国崩壊後。

ゼダ人は二つの道を歩んだ。


 一つは帝国崩壊後に出来たアルヴィリア王国で虐げられながらも暮らす道。

もう一つは全てを捨てて王国から去る道だ。


 後者を選んだ者たちは自分たちの発祥の地であるザドアの大砂漠に戻ることにした。

この地は生きていくには過酷だが王国や、それ以外の帝国から分裂した勢力が手を出しにくい場所だ。

ゼダ人たちは砂に埋もれた遺跡を再利用し、幾つもの部族の分裂して砂漠全域に住むようになった。

そしてそれからまた長い時が経つと砂漠のゼダ人たちの間にある勢力が現れた。


 彼らは自分たちを帝国の後継者だと名乗った。

ゼダ人は再び立ち上がり、嘗ての栄光を取り戻すのだとそう宣言したのだ。

勿論多くのゼダ人は彼らに賛同しなかった。

当然だ。

西のアルヴィリアは大国となり帝国に匹敵する繁栄を得ている。

対して自分たちは砂漠で隠れ住む少数民族。

アルヴィリアを打倒し、帝国を復活させるなど不可能だ。


 だが同時に多くのゼダ人は彼らの言葉に惹かれていた。

エスニア大戦で負けてからのゼダ人に対する迫害は凄まじいものであった。

まるで家畜のように扱われ、殴られようが蹴られようが誰も助けない。

むしろ嘗て支配者だったゼダ人が袋叩きにされるのを他の種族は楽しんでいたのだ。

ああ、どうして自分たちはこんな目に合うのだろうか?

そんなに罪深いことをしただろうか?

否、否である。

自分たちは確かに戦争に負けたがこのような扱いを受けるような事はしていない。

この状況を受け入れてはならない。

そう考えた。


 帝国の後継者はじわじわと数を増やし、そしてザド=ゼダルガを本拠地としたのだ。

彼らは帝国復活という狂気に囚われ道を外れていった。

そしてついにある考えに辿り着いたのだ。


 かつて帝国は人造女神を生み出し、反乱軍に、女神アルテミシアに対抗しようとした。

ならば自分たちもそれをやろう。

帝国が生み出した人造女神を超える真なる女神を生み出そう。

そう考えたのだ。


 だが彼らがどうやってその知識を得たのかは分からないが人に女神の力を植え付けるという狂気の実験を始めた。

砂漠中の村から女神の巫女と言って素質のある若い娘を集め人体実験を繰り返した。

当然のことながら人の身で女神の力に耐えることが出来るはずもなく巫女は殆どが死んだそうだ。


※※※


「それじゃあ……私もその巫女の一人だった……?」


 アリマ婆は答えない。

ただじっと私の瞳を見つめてきた。


「忌々しい話だ。俺の両親も━━いや、父は後継者の一人だった。皇族の血を継いでいた父は帝国の再興という狂気に呑まれ己の娘すら贄にした。俺の妹は幼い頃に巫女として連れて行かれ、そして二度と戻って来なかった」


「まさか主様が妹だとかぬかさんじゃろうな?」


「残念ながら我が妹とは似ても似つかない」


※※※


 人造女神を生み出す実験は失敗を繰り返したがついに成功した。

それがお前さん、リーシェ・シェードランだ。

帝国の後継者たちは歓喜のあまり三日三晩祭りを行った。

まるで自分たちが犯した罪を忘れようとしているかのように。


 成功体が誕生したことにより帝国の後継者たちはついに表舞台に乗り出そうとしたがその出鼻を挫かれた。

ザド=ゼダルガの研究所が襲撃されたのだ。


 襲撃者は黒き衣を纏い、蛇の面を着けた者たちであった。

当時ザド=ゼダルガにいた研究者たちはほとんどが殺され、帝国の後継者たちも主軸となっていた者たちが死んだことにより逃散した。


 一晩で女神の神殿は血で染まり、夥しい量の死体が積み重ねられた。

死体の中には"実験体"たちもいたため人造女神計画は失敗に終わったのだと思った。


 その後、ザドアの地にディヴァーンが現れゼダ人たちは抵抗か恭順。

どちらかを選択しなければならなくなった。

そしてそこにいるザイード坊が皆をまとめ上げ、ディヴァーンに従うことにしたのさ。


※※※


 話を終えるとアリマ婆は「ふぅ、疲れた」と大きなため息を吐く。


 私は「実験された子たちに生き残りは……?」とやや声を震わせながら訊ねるとアリマ婆は首を横に振る。


「残念ながら見つかっていない。遺跡の中に隠れてやり過ごした子がいるかもしれないが中に入れないから調べようが無い」


「中に入れない、というのは?」


「"蛇"に襲撃された後、遺跡の奥から強力な結界が発動した。いままで何人もの魔術師が結界を破ろうとしたが失敗に終わっている」


 ユキノの問いに答えたのはザイードであった。

彼曰くザド=ゼダルガに張られた結界は女神の力を流用したものであり、ディヴァーンもこの結界を破ろうとしたがびくともしなかったらしい。


 ディヴァーンは遺跡奥に眠るレプリテシアの力を欲し、今もザド=ゼダルガには遺跡発掘を行っているディヴァーンの部隊が常駐しているという。


「なるほど、だから我々だけで行くのは無謀だということですな」


 ヘンリーの言葉にザイードが頷くとミリが「でもどうすんのよ?」と首を傾げた。


「遺跡には結界があるんでしょう? それをどうにかしなきゃ私たちも中に入れないんじゃ……」


「その点についてはそいつが行けば大丈夫だろう。リーシェ、お前はあの遺跡に呼ばれたのだろう? ならば行けば門が開かれる。あの中でお前を呼んだ何かが待っているのだろう」


 私を呼んでいる人物。

それはレプリカだろうか?

いや、彼女は消滅した。

ならばザド=ゼダルガの地には私やレプリカに繋がる存在がいるはずだ。

その人物に会えば私の知りたいことの全てが分かるのだろうか?


「さて、アタしゃあ話し疲れたよ。そろそろ老人を休ませてはくれんかね?」


 アリマ婆の言葉に私たちは頷くと彼女に礼を言い図書館から出ようとする。

するとアリマ婆はクレスに「雷竜王。お前さんだけ少し残ってくれんかね?」と言ったため、クレスが「先に行っておれ」と立ち止まる。


 私はクレスに「テントに戻ってるね」と言うと図書館から出る。

外はすっかり暗くなっており、暑かった砂漠は一気に鳥肌が立つような寒さに変わっていた。

満点の星空を見上げながら私はこれから目指す場所を思い浮かべ、自分たちのテントに戻るのであった。


※※※


「さて、話とはなんじゃ?」


 クレスは近くの本棚にもたれかかりながら腕を組むとアリマ婆をじっと見つめる。


「雷竜王。お前さんはあの子の正体を分かっているんだろう?」


「…………」


「沈黙は同意ということ」


 そう言うとアリマ婆はリーシェたちが去っていった方を向いて目を細めた。


「言わないのは同情からかい?」


「……それもないとは言わん。だが儂はどうやって生まれたかなど知らなくても良いと思っていた。貴様が言ったように知らないほうが幸せなこともある。儂は主様に幸いであって欲しい。可能なら女神だの”蛇”だのと言った痴れ者どもの争いに巻き込まれず平穏に暮らしてほしいと思っている」


 だが運命がそれを許さない。

リーシェ・シェードランという少女は何かに導かれてこの地にやって来た。

そして全てを知った時、彼女は傷つくだろう。

傷つき、それでも足を止めずに選択するだろう。

自分は主様が選んだ道を共に行くつもりだ。

主様が茨の道を進むのならば共に傷だらけになって進む。

そう決めている。


「お前さんも難儀だねえ。止めたいが止められない。これから先の道が更に険しいことを知っていてもあの子を引き戻さず共に進むしかない」


「儂らはそういう風に生み出されたからな」


 そう、二体の人造竜はレプリテシアの後継者に仕える存在。

魂に使命を刻まれ生み出されたモノ。

そこに自分の意志はない。

ただ忠実に己の主に従う。

その筈だった。

だが二体の竜王は長く生きたことにより自我を得た。

意志を持った。

今、リーシェと共に歩んでいるのは間違いなく自分の意志によるものだと胸を張って言える。


「おそらく主様を強引に連れて遠くの地に逃げることもできるのだろう。じゃがそれでは問題を先延ばしにするだけ。きっと”敵”は主様を追ってくるだろう。それからまた逃げてもいずれは追いつかれる」


「だから思い切って踏み込もうと?」


「そうじゃ。世界の裏側で人の命を、運命を弄び神を気取っている連中がいるが奴らに思い知らせてやる。儂の主様は貴様らなんかに好き放題されるような人間じゃないぞ? 必ず引きずり出し、成敗してやると」


 クレスが強気な笑みを浮かべるとアリマ婆は満足そうに「そうかい」と何度も頷いた。

そして椅子からゆっくりと立ち上がると本棚に並んでいる本を指でなぞり始める。


「ならもう少し長生きしようかね。この本棚に新しい本が並ぶの待つのさ」


「ほう? どんな本じゃ?」


「そうだねえ……。運命に立ち向かい、神々の時代からの因縁に終止符を打った少女の物語。英雄の”叙事詩”。そんなのはどうだい?」


 アリマ婆の言葉にクレスは頷き、踵を返すと図書館から去るのであった。

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