第91節・砂の指導者
シェク砦の戦いから1日が経ち、私たちはヴァネッサの部隊と共に反乱軍の拠点へ出発した。
部隊には私たち以外にも砦に捕まっていた女性たちやフゲン親子、そしてアルヴィリア語が話せるディヴァーン軍の捕虜がいた。
その中には私とクレスを捕らえたスィーヤムもおり、彼らは檻に入れられて移送されている。
私はラクダという変わった動物に乗りながら部隊の先頭集団におり前を行くフゲンの背中を見つめる。
妻が死んだことを知ってから彼はふさぎ込んでいた。
だがどうにか娘の前では明るく振舞おうとしているようであり、その姿は痛々しく見える。
フゲンが振り返ると己のラクダの速度を落とし、私の横に来る。
「アンタには謝罪していなかったな。俺のしたことを考えれば許されるとは思っていないが済まなかった」
「家族を人質に取られていたら仕方ないと……思う」
「それでもだ。俺は士道に、いや、人の道に外れたことをした。裁きが下るのならば甘んじて受けようと思う。だがあの子は別だ。あの子は何も悪いことはしていない。図々しいのは承知でお願いしたい。俺がもし死んだら娘のことを頼む」
「…………」
フゲンが深々と頭を下げてきたため私はどう返答しようか悩んだ。
彼に対して怒りや恨みを持っていないというのは本心だ。
別に罰しようなんて思っていない。
だがそれでは彼の中で気持ちの整理がつかないのだろう。
「死んだらなどと思っても口に出すでないわ。本当に娘のことを思うのならば生きることを考えろ。本当に罪を償いたいと思うのなら生き続けろ。死は贖罪でなく逃避じゃ」
私と同じラクダに乗っていたクレスは私の背後から身を乗り出すと鼻を鳴らす。
そんな彼女にフゲンは「手厳しいねえ」と苦笑すると空を見上げた。
「生き続けろ、か。妻を、ハツが死んだと知って俺は何もかもを失ったと思った。だが違う。俺にはまだ娘がいる。あの子は光を失ったが前向きに生きている。強いよあの子は。俺なんかよりもずっと」
後方の馬車にいるフユの方を見る。
彼女は馬車の中でレダや他のゼダ人の女性たちと何かを話しており時折笑い声が聞こえる。
「ならば娘を見習ってお主も強く在れ。他のディヴァーン兵どもは兎も角、貴様は処刑されるとは限らんじゃろう」
クレスがそう言うと先頭に居たヴァネッサが振り返り「そうだねえ」と笑みを浮かべる。
「ウチの大将はアンタみたいな男が好きだと思うよ」
反乱軍の指導者。
それが誰なのか大体予想がつく。
ペタン砦の戦いの時に求婚してきた変態男。
あれとこれから会うのだと思うと気持ちが沈んでくる。
「反乱軍ってどのくらいの規模なのかしら?」
そう訊ねたのは私と並走しているミリだ。
彼女の問いにヴァネッサは「そうさね」と言い、指を折って数える。
「拠点には五千ほど。砂漠の各地に散っている連中を集めたら……三万くらいになるねえ」
「三万って……。それで勝てるの?」
「勝てる、と言いたいところだけど次の戦は厳しいだろうね。次の相手はシェクの砦に居たような雑魚どもじゃない。ディヴァーン本国からくる精鋭、しかも第二後継者のシャカーン自ら軍を率いた大軍さ」
シャカーンという男は戦上手だという。
そんな相手にたった三万の兵で勝てるのだろうか?
「大体予想はしているだろうが次の戦、アンタたちにも戦ってもらうことになるだろうよ。命救ってやったんだから恩を返しな」
ロイたちを見つけ、ザド=ゼダルガに行きたいが致し方ない。
反乱軍に恩があるのは事実だし、彼らと友好関係を築けば目的地について何か分かるかもしれない。
そしてなによりもディヴァーンの非道を見過ごすことは出来ない。
「まったく……主様はお人好しが過ぎる。これでは目的を果たす前にいつか死んでしまうぞ」
「死ぬのは……嫌だなあ」
「ならば見捨てることも覚えろ」とクレスに説教されてしまう。
ルナミアならこんな時どうするだろうか?
クレスの言う通り目的の為に誰かを犠牲にするだろうか?
いや。
私の知っている義姉ならばきっと私と同じ選択をするだろう。
そんなことを考えていると砂漠から突き出た幾つもの大岩が見えて来た。
その岩と岩の間に砦のようなものがあり、ヴァネッサはアレが反乱軍の拠点だという。
私たちは目的地を見ると頷き合い、行軍の速度を上げるのであった。
※※※
反乱軍の拠点は砂漠から突き出た岩と岩の隙間に築かれた堅牢な城壁に覆われていた。
砦の外には数十もの野営地があり、砦の兵士が私たちを出迎えてくれた。
そして歓声の中、私たちは砦の門を潜ると驚く。
砦の中に遺跡があったのだ。
何百年も前のものだろう。
エルフラント神聖国の"聖域"で見た特殊な鋼で出来た町。
それを反乱軍は基地として利用していた。
「驚いたかい? 詳しいことは分からんがこの世界に女神が居た頃に作られた場所らしい」
ヴァネッサ曰くこの砂漠にはそう言った遺跡が多数あるのだと。
特に東部にある遺跡は"黒の都"と呼ばれ、こことは比較にならないほど大きいらしい。
私たちは広場に辿り着くと馬から降りる。
すると人混みを掻き分け探していた仲間が飛び出してきた。
「リーシェ様!」
「ユキノ! 無事でよか……わぷ!?」
両頬を抓られた。
ユキノは半目で「よくも心配かけやがりましたね」と睨んできたのでとりあえず謝罪をしておく。
するとヘンリーやヴィクトリア、そしてロイも人ごみの中から現れ私たちを見るとパアっと表情を明るくした。
「ロイ! 良かった、無事で━━」
「━━ロイ様?」
ロイの背後から見知らぬゼダ人の少女が現れたので足が止まる。
少女はロイにくっつくように立ち、ロイは慌てて彼女から離れる。
「え、えっと……。彼女は?」
「あ、ああ。この人はルシャ。ディヴァーンに襲われているところを━━」
「助けていただいたのです!」
ルシャという少女は私の前に来ると笑顔で手を差し出してくる。
「ロイ様の”お仲間”ですね? 私、ルシャと申します。ロイ様は私の命の恩人、英雄様です!」
「え、英雄?」
ロイの方を見ると彼は慌てて首を横に振っている。
何というか……押しの強い少女だがロイに感謝しているというのは本当なのだろう。
私はルシャと握手をすると彼女はロイに聞こえないように小声で「リーシェ様はロイ様の”お仲間”ということでいいですよね?」と訊ねてきた。
それに「う、うん」と頷くと彼女は「そうですかー」と笑顔のまま離れ、ロイの近くに行く。
「…………」
なんだろうか。
妙に心がざわつく。
私とロイは旅の仲間同士。
それは事実のはずだ。
だが……。
「リーシェ。あの小娘、私がシメてやろうかしら?」
「え? 悪い子じゃない……と思うよ?」
ミリにそう言うと彼女は何故か半目で私を見てきた後、大きなため息を吐いて「どうしたもんかしら」と項垂れた。
「兎に角、警戒しておきなさいよ? アンタとロイの関係がこじれると私にも影響あるんだから……」
「?」
ミリの言葉の意味が良く分からず首を傾げていると私たちを囲んでいた反乱軍の人々が一斉に道を作った。
そしてその道を護衛を連れたある男がやって来る。
「うわ、出た」
思わず眉を顰めてしまう。
ペタン砦で相対した男。
ヴェルガ帝国皇帝の末裔を称する変態……じゃなくて指導者。
ザイード・ヴェルガだ。
彼は一瞬だけ私の方を見るとヴァネッサに「シェク砦陥落、よくやった」と労いの言葉を掛けた。
「あまりにも簡単に落とせちまったから拍子抜けしちまったよ」
「そうなるように仕込んでいたからな。だがそれは同胞を犠牲にしての策だ」
そう言うとザイードは馬車から降りてきたゼダ人の女性たちの方に行き、彼女たちの前で跪いた。
反乱軍の指導者が跪いたことに周りの人々は動揺するがやがて固唾を呑んで彼を見つめる。
「お前たちを助けることは出来た。だが俺は確実な勝利のためお前たちを犠牲にすることを選んだ。助けを求める同胞を見捨てたのだ。俺のことを憎んで構わない。罵って構わない。俺はお前たちのあらゆる憎悪を受けるつもりだ」
そう言い、ザイードが頭を下げると女性たちは驚いたような、困ったような表情を浮かべた。
すると彼女たちの中からレダが現れ、跪いているザイードの前に立つ。
「アタシらは見捨てられたと思っていたよ。薄汚い牢の中で糞ったれ共に抱かれながら腐っていくのだと絶望したよ。たくさんの娘たちが死んだ。中には年端もいかない子供もいた。アンタはそういう連中を全て見殺しにしたんだよ」
レダの言葉にザイードは何も返さない。
ただ頭を下げ、彼女の、いや、彼女たちの怒りを身に受けている。
「正直に言うとアンタが……助けに来てくれなかった反乱軍が憎い。勝つためだと分かっていても憎い。腹の底から怒りが湧いてくる。だから━━━━勝っておくれよ」
レダはそう言うとザイードの前に跪き、彼と視線を合わせる。
「アタシたちを犠牲にしたのだから必ず勝っておくれ。じゃなきゃ死んだ子たちが報われない。アンタがアタシたちに悪いと思っているなら……償いたいって言うならこの砂漠からケダモノたちを一掃しておくれ。もう誰も酷い目に合わない国を作っておくれ」
レダの言葉にザイードは静かに頷くと立ち上がった。
そして大きく腕を広げると天に向かって叫ぶ。
「今、ここに誓おう!! 俺はこの戦争に勝利する!! 東より押し寄せるケダモノを悉く討ち滅ぼし、この地を安寧の地とする!! 同胞たちよ!! 埋伏の時代は終わりだ!! これより我らは天に向かって羽ばたく!! かつてそうであったように竜の翼を広げ、我らはこのエスニアに名を響き渡らせるのだ!!」
『反撃を!! 反撃を!!』
反乱軍が拳を振り上げ鬨の声を上げる。
敵は強大だ。
だが不安は無い。
なぜならばこの若き指導者を信じているから。
我らに敗北は無い。
そういった強い意志が響き渡った。
(驚いた……)
ザイードという男。
第一印象は最悪であったが人々の中心で拳を振り上げる姿はまさしく帝国の遺児だ。
彼ならば本当にヴェルガ帝国を再興させるかもしれない。
そう思わせる力強さがある。
ザイードは人々の声に応えるように頷くと私の前にやって来る。
「このあと軍議がある。それにはお前も出てもらう」
「私が? 何のために?」
「お前は女神の器。レプリテシアの力を継ぐもの。お前が軍に加わると他の首長たちに知らせれば大いに士気が上がるだろう。それに━━」
「それに……?」
「将来の我が妻を紹介せねばな!」
「見直して損した」
ザイードは「ハッハッハッ!!」と笑いながら去っていく。
私はその背中に命一杯抗議の視線を送るのであった。
※※※
軍議までは少し時間があるため私たちは反乱軍が用意してくれたテントの中で休憩を兼ねてこれまで起きたことを報告し合うことにした。
船に現れた男のこと。
砂漠に転移してからディヴァーンに襲われたこと。
シェク砦での戦いのこと。
そしてフゲン親子のこと。
一通り話し終えると今度はロイたちが反乱軍から得た情報を教えてくれた。
目的地であるザド=ゼダルガは砂漠北部にある大遺跡であり、歴史から消された女神であるレプリテシアを祀った神殿であるという。
今はディヴァーンの勢力下にあるため私たちだけで近づくのは無謀である。
ザド=ゼダルガに行くならば反乱軍と協力し、この地にいるディヴァーン軍を一掃する必要があるだろう。
「なんというか……私たちの旅ってスムーズに行かないわよね」
ミリが椅子に座りながらそう言うとヘンリーが確かにと頷く。
「西から東への大冒険! 立ちはだかる敵を倒してすすむ英雄譚! 物語として読むには楽しめますが当事者になるとたまったもんじゃありませんな」
私も自分がこんな波瀾万丈な人生を送るとは思ってもいなかった。
だが己の苦難を嘆いても仕方がない。
人生前向きに生きるべきだろう。
「と、いうわけで前向きにディヴァーンと戦うとして勝てると思う?」
私の言葉に一同は沈黙した。
「……見たところ反乱軍の練度と士気は高いです。ですが相手が強大過ぎる」
ユキノがそう言うと皆頷いた。
シャカーン率いるディヴァーン軍の戦力は十万を超えているという。
どんなに反乱軍が強くても圧倒的な物量の前には歯が立たないだろう。
「あのザイードとかいう男、勝算はあるのか?」
「流石に何もないってことは無いと思うけど……」
ロイは「そうか」と目を逸らした。
なんだろうか……。
再開してからロイが少しよそよそしい感じがする。
私は彼に何かしただろうか?
「まあ戦いのことは軍議に参加してから考えましょう。私個人として心配なのは……」
ヘンリーが視線を送った先には隅っこに座るヴィクトリアがいた。
「え? 私ですか? 私なら大丈夫です! 皆さんの足を引っ張らないようにこう……えいやー、グサーっ! て感じに戦います!!」
「クフフ、良い意気じゃ」
クレスに「はい! 頑張ります!!」とヴィクトリアは元気に返事をするが出来れば彼女を戦いに参加させたくない。
キオウ家まで彼女を護衛する筈がアルヴィリア王国超えてザドアの大砂漠に連れてきてしまった。
更にディヴァーンとの戦にも参加させたなんてクルギス伯爵に言ったら私は絞首台行きになるかもしれない。
なにより彼女のような娘が血生臭い世界に足を踏み入れる必要は無い。
そんなことを考えていると「ちょっといいかい?」とテントにフゲンが入って来た。
「何用じゃ? というかお主、歩き回ってていいのか?」
クレスの質問にフゲンは頷き、「俺は捕虜じゃなくて客将として扱われるらしい」と苦笑する。
「ザイードという男、大した御人だよ。俺はディヴァーン兵として反乱軍の兵を斬って来たっていうのに今後味方になるのならば赦そうって言われちまった」
「じゃあこれからは反乱軍に加わるの?」
ミリの言葉にフゲンは頷く。
「反乱軍には加わるがザイードの旦那を主君とはしない。俺にとって主君とはリョウマ様ただ一人だ」
フゲンの言葉にユキノは大きく頷いた。
するとフゲンは彼女に「お? こんなとこでミカヅチ人に会えるとは思ってなかったぜ」と笑みを浮かべる。
「おっと忘れてた。軍議が始まるそうだ。アンタらから数人軍議に参加してくれとザイードの旦那が言っていたぞ。特にリーシェ嬢ちゃんは旦那直々のご指名だ。あと、だ。一つ頼みがある」
そう言うとフゲンの後ろから目に包帯を巻いたフユが現れた。
「軍議の間、俺の娘を預かってくれないか? こん中で一番信頼できるのがアンタたちだからな」
ヴィクトリアは立ち上がるとフユに近づき、彼女を驚かさないようにそっと手に触れた。
「ヴィクトリアです! よろしくお願いしますね!」
「あ……。はい、よろしくお願いします!」
フユが微笑み、ヴィクトリアは彼女の手を引くと椅子に座らせる。
その様子をフゲンは嬉しそうに目を細めて見つめると「じゃあ行くか」と言った。
私はその言葉に頷き、クレスやヘンリーと共にテントから出るのであった。
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