第89節・シェク砦の戦い
数刻前。
シェクの砦から離れた砂丘にある軍団が集結していた。
深紅の旗を中心とし、さまざまな紋様の旗を掲げた軍団は旗と同様に様々な人種で編成されていた。
そんな集団の中にミリはおり、オークの部隊と共に遠くにあるディヴァーンの砦を睨みつける。
「肩の力を抜きなよ。戦前に気張ると本番でへばっちまうよ」
背後から声を掛けられ振り返ると腕を組んだ大女がおり、彼女に「気張るに決まっているじゃない!」とミリは前のめりに反論する。
「リーシェとクレスが危険なのよ!! 今直ぐにでも助けに行きたいわ!!」
「あー、分かったから目の前で騒がないでおくれよ。耳が悪くなる」
大女━━ヴァネッサは面倒くさそうにため息を吐いたため此方も眉を顰めて彼女から離れる。
「……ところであの砦にリーシェたちが居るって話、本当なんでしょうね? アンタたち、私を利用していない?」
「今更だね。ウチの密偵は優秀だよ。奴らが居るっていうなら確実さ」
反乱軍はだいぶ前からシェク砦内部に入り込み情報を集めていたらしい。
あの砦はディヴァーン軍の前線基地。
あれを陥すことはディヴァーンに打撃を与え、反乱軍の士気を高めることができる。
だが砦の守りは堅いためいままでは好機を窺っていたという。
「姐さん! ローム族の部隊も合流しました!!」
オークの一人がそう言うとヴァネッサは頷き「それじゃあ仕掛けるよ!!」と号令を出す。
反乱軍が一斉に動き出すと僅かに眉を顰めながら此方の横に立ちため息を吐いた。
「本当はもっと戦力を集めてから仕掛けたかったんだがねぇ。そんな悠長なことを言っていられなくなった」
「例の話よね?」
此方の言葉にヴァネッサは頷く。
ディヴァーン本国より大帝の子であるシャカーンが大軍を率いて向かって来ている。
本国の軍が到着する前にシェク砦のディヴァーン軍を排除しなければいけなくなったのだ。
「当然、勝てるから仕掛けるのよね?」
「そりゃそうさ。砦のディヴァーン軍は腑抜けているからね。アタシらが砦に攻め寄せりゃ大混乱に陥るだろうよ」
ヴァネッサの話ではここ数年、反乱軍は目立った行動をせずディヴァーン軍と遭遇しても"逃げ散る"ふりをしていたらしい。
それによりザドア砂漠のディヴァーン軍は反乱軍恐るるに足らずと油断し堕落した。
反乱軍は戦力を殆ど失わず、ザドア砂漠のディヴァーンを大幅に弱体化させたのだ。
「数年掛かりの策とかよくやるわ……」
「それだけディヴァーンという国は強大ってことさ。まともにやり合えば数の差で押し潰される。まあ、アタシは正面からぶつかり合うのも悪く無いと思っているけどね」
嘗てアルヴィリアに攻め込んできたディヴァーンはとんでもない大軍であった。
ベールン会戦にてどうにか撃退したもののディヴァーンの兵力はアルヴィリアを上回る。
そんな敵と反乱軍はずっと戦っているのだ。
「……苦しい戦いだったんでしょうね」
「そりゃね。だけど反乱軍に加わっているのは集団であれ個人であれ皆ディヴァーンに恨みがある奴らばかりさ。ディヴァーンという国を滅ぼせるならどんだけ苦しかろうと、どんだけ時間が掛かろうと構わないって訳さ」
ディヴァーンの占領地政策は凄惨だ。
それ故に彼らに恨みを持つ者は数多くいる。
ザドア以外の土地にも反乱軍は多数おり、各地で苦戦しながらも必死に抵抗運動を行なっているらしい。
「さて、アタシらの部隊が先陣を切るがお嬢ちゃんはどうする? 危ないから後発の部隊と一緒に行くかい?」
「馬鹿にしないで私だって修羅場は何度も潜り抜けているんだから」
「なら行くよ」とヴァネッサは歩き出し、自分もそれを追って歩き出す。
そしてそれから少しすると砦から火の手が上がり、反乱軍による攻撃が開始されるのであった。
※※※
砦に向かって一つの集団が凄まじい速度で進軍していた。
破城槌を担ぎ、まるで軽装兵のように砂地を駆ける緑の一団。
彼らはこれから死地に赴くと言うのにまるで童のような笑みを浮かべていた。
『オークのおとーこなーら、命張れー!!』
オークたちが突然歌い出し、彼らと共にいたミリは目を点にする。
『西から東へいくーさもーとめ! 今日ーもどーこかで野垂れ死ぬ!! ヘイ! ヘイ!!』
「え? なに? このノリ?」
『オークのおとーこなーら、命張れー!! すきーなあのこに振り向いてほしけーりゃ、大将首だ! 首を獲れー!! ヘイ! ヘイ!!』
ミリはオークたちに気圧されながらもとりあえず合いの手をいれることにした。
大声で歌いながらの突撃をしていたため反乱軍に気がついたシェク砦から迎撃のための矢が放たれた。
それに対して部隊の外周にいたオークたちが大盾を構え矢を防いでいく。
何本かの矢が盾の間を抜け破城槌を担いでいたオークに命中するが彼らは歌うことを止めず更に加速する。
そしてついに砦の正門間近まで迫るとン・ガゥが笑顔を浮かべながら拳を振り上げる。
「ミリの嬢ちゃん!! 気合いの入るシメ頼むぜぇ!!」
「えぇ!? 私!? えーっと……。ぶっ、ぶっ殺せぇー!!」
『ぶっ殺せぇ!!』
直後、破城槌が正門に激突した。
※※※
「消火を急げ!! 火薬庫に引火させるなっ!! 兵糧も直ぐに運び出すのだ!! 残りは正門に集まれ!!」
混乱に陥るシェク砦の中、スィーヤムは必死に指揮を執っていた。
あまりにも弛んでいる。
火災が起きてからしばらくの間、兵士たちは呆然としていた。
更に反乱軍の襲撃の際にも持ち場に移動せずあたふたとしていたのだ。
(人のことは言えんが酷すぎるだろうが!!)
この数年間、反乱軍から仕掛けてくることが無かった。
皆、奴らがこの砦を攻撃することはないと言う根拠のない安心感を持っていたのだ。
「おい! クマール将軍は!!」
近くにいた兵士を呼び止めると彼は「将軍はお楽しみの最中かと……」と困ったような表情を浮かべる。
あの醜悪な豚のことだ。
砦が攻められていることに気が付いていないかもしれない。
「将軍をお守りしろ!!」
「は、はい!!」
あんな豚でもこの砦の主だ。
死なれては困る。
兵士が慌てて駆け去るのを見届けるとスィーヤムは眉間を指で抑える。
敵の規模は不明だ。
だが反乱軍が何の勝算も無くこの砦を攻撃するとは思えない。
(まさか全反乱軍が結集しているのでは……!?)
だとするとマズイ。
もし反乱軍が総力を挙げて攻め寄せて来ているのならば砦を守りきれないだろう。
ならば砦を捨てて一旦後方まで退くか?
否。
そんなことをすればシャカーン殿下に処刑される。
やはりどうにか持ち堪えるしか……。
「スィーヤム隊長! 例のミカヅチ人はどうしますか!?」
「フゲンか? フゲンなら正門に待機させ……」
ハッとする。
この危機的な状況であの男は大人しくしているか?
奴が我々に従っているのは家族を守るため。
だが反乱軍が優勢であれば奴は此方に刃を向けるのではなかろうか?
「私は奴の娘の許に向かう!! 奴は正門に待機させ、なにがなんでも敵を押し返すように命じろ!!」
部下に指示をし終えると早足で砦に向かう。
フゲンが翻意を抱く前に娘を確保しなければ。
冷や汗をかきながら兵を押しのけ砦の中に入るのであった。
※※※
「このまま押し切れーっ!!」
砦に張り付いた反乱軍とディヴァーン軍の間では激しい攻防が繰り広げられていた。
後続の部隊も砦に張り付き、梯子を掛けるなどして城壁を乗り越えようとするがディヴァーン軍は胸壁から矢や岩で反撃を行う。
反乱軍の被害は拡大していくがそれでも攻勢を止めず、危機迫る勢いで砦の壁を登っていた。
正門を攻撃している部隊も負傷者を出しながらも破城槌による攻撃を行い続け、ミリは胸壁から攻撃してくる敵兵に矢を放っていた。
「あとどのくらい!?」
「もう少しだ!!」
ン・ガゥは仲間と共に破城槌を正門に叩きつけ、正門が歪んでいく。
彼の言う通りもう一踏ん張りで門を突破出来そうだが矢筒の矢が減って来た。
(節約……て訳にもいかないわよね!)
岩を持ち上げている兵士が見えた為、矢を放ち敵兵の首を射抜く。
そして反撃で矢が飛んでくると大盾を構えたオークの背中に隠れた。
「いってぇ!? 肩に刺さった!?」
近くにいたオークの肩に矢が刺さったためそれを引き抜くと弓に番え放ち返す。
「いきなり抜くか!? 普通!?」
「がまんしなさい! 男でしょう!!」
負傷したオークの太ももを軽く叩くと弓を構え矢を放つ。
それと同時に破城槌が正門に叩き込まれ、門が崩れ掛けた。
「次でやるぞ!!」
「おう!!」
オークたちが拳を振り上げ破城槌を力一杯叩き込もうとした瞬間、破城槌を担いでいるオークたちの頭上に岩が降り注いだ。
それにより何人かが頭を砕かれて倒れ、破城槌が前のめりに倒れる。
「マズイ!! 立て直せ!!」
オークたちは必死に破城槌を担ぎ直そうとするが敵は陣形が崩れた此方に向かって猛攻撃を仕掛けてくる。
矢や岩が雨のように降り注ぎ、オークの兵が次々と斃れる。
「あと少しだってのに!!」
負傷したオークを庇いながら矢を放つと背後から誰かが飛び出した。
それは戦鬼だ。
戦鬼が笑みを浮かべながら正門に飛び掛かり、二対のメイスを叩き込む。
砕けた。
ついに砦の正門が砕け、道が開けた。
「さあお前たち!! アタシに続きなっ!!」
ヴァネッサがメイスを振り上げると反乱軍が歓声を上げる。
ヴァネッサは敵を蹴散らしながら壁の内側に突入したため、オーク隊も慌てて彼女に続いた。
壁の内側ではヴァネッサに突破されたディヴァーン兵が慌てふためいており、オーク隊はそんな彼らを強襲する。
「いつもこんな感じなの!?」
接近戦用のショートソードを引き抜き、敵兵を斬り殺すとン・ガゥに訊ねる。
「応よ!! 姐さんといると命がいくつあっても足りねぇ!! だからやめられねーんだよ!!」
ン・ガゥが斧で敵兵の頭をかち割りながら笑顔でそう言ったため思わず苦笑する。
オーク族は戦を好む種族。
血の気が多い彼らを従えられるのは彼ら以上に血の気が多い戦鬼だけということか。
斃れていた敵兵の矢筒から矢を回収するとヴァネッサが切り拓いた道を進む。
そして彼女に追いつくと探していた人物を見つけるのであった。
※※※
スィーヤムはフゲンの家族がいる部屋の前まで辿り着くと見張りの兵を押しのけ部屋に入った。
薄暗い部屋には一人の少女がおり彼女は目を覆うように包帯を巻き、ベッドに腰掛けている。
「……どなた、ですか?」
「スィーヤムだ」
「スィーヤム……ディヴァーンの隊長でしたよね」
そう言うと少女はフラつきながらゆっくりと立ち上がる。
「私を殺しに来たのですか?」
「違う」
「ならば乱暴を?」
「そんな趣味は無い」
「では何を?」と少女は失った目でじっと此方を見つめてくる。
彼女に視力は無い。
だが心を見透かされているような感じがして思わず顔を逸らしてしまった。
「反乱軍がこの砦を襲撃してきた。戦況は我々が不利だ」
「そう、ですか。この音は戦の音。ならば父様も戦っていらっしゃるのですね?」
「そうだ。だがそうでなくなるかもしれん」
此方の言葉に少女は首を傾げる。
「我らが不利ならば貴様の父は裏切るかもしれん。だから……」
「父が裏切らないように私を人質にすると」
「そ、そうだ! それが貴様らの役割だ!!」
サーベルを片手に近づくと少女はゆっくりと歩き出し、此方のサーベルに手を添えた。
そして剣先を胸の辺りまで持って行くと見上げてくる。
「な、なにを……」
「私は父様の重荷になるつもりはありません。どうぞ殺してください。母様を殺したように私も殺してください」
「き、貴様、正気か!?」
少女は正気だと返した。
自分は武人の娘。
戦のために命を落とす覚悟は出来ていると。
(なんという子供だ!!)
恐らくこの少女の言葉に嘘偽りは無い。
こんな年端の行かない少女が父のため、戦のために死のうとしているのだ。
きっと母親が殺された時に覚悟が決まってしまったのだろう。
サーベルを持つ手が震える。
自分は悪党だ。
ディヴァーン軍の隊長として様々な悪事に加担して来た。
必要が有れば老人や女も殺した。
間接的に子供が死ぬこともした。
だが子供を直接殺したことは無い。
殺したいとも思わない。
それで善人になれるとは思っていない。
だが子供を殺せば悪党から畜生に、人でなくなってしまうと思っていた。
「クソッ! クソォ!!」
吐き捨てるように叫びサーベルを降ろす。
そして少女の腕を掴むと「俺は死にたくはない!」と怒鳴った。
「笑いたければ笑え! 俺は死にたくない! 生き残るためならば祖国すら捨てるゴミ屑だ!! だから一緒に来てもらう! 俺と共に砦から出て、死なないところまで逃げる!!」
「そのようなことが可能だとお思いですか?」
「で、出来る! 出来るに違いない!! そのために貴様が必要なのだ!! フゲンさえ手元に置いておけば……」
助かるとは限らない。
だがそれでもなにもしないよりもマシだ。
『正門が突破されたぞぉ!!』
外からの声に振り返る。
正門が突破されたのなら砦が落ちるのは時間の問題だ。
逃げるのならば急がなければ。
「どうする! 今ならまだ貴様の父を逃がせる。もちろん俺も一緒だが!! どうする!!」
少女は僅かに思案した後、頷いた。
それに「よし! よし!」と笑みを浮かべると彼女の手を引き歩き出す。
こうして一人の兵士が戦いから離脱しようと動き始めたのであった。
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