第88節・砦の反撃者


 どうやってここから脱出しようか?

そう考えている内に目的地に着いてしまった。

そこは砦内にある大きな物置であり、昔は武具やらを保管していたようだが今は別の場所に移し、”お楽しみ部屋”として使っているらしい。


(取り敢えず先手を取るか……) 


 レダに頼んで今日の”お相手”の人数を聞いてもらったところ十二人らしい。

まず初手で一人を叩き、そのまま二人くらい仕留められるだろう。

あとは敵が状況を理解するまでにどれだけ減らせれるかの勝負だ。


 レダが”頼むから余計なことをしないでくれよ?”と目配せしてくるが申し訳ないけどそれは無理だ。

部屋に入れと後ろから命令されたため扉を開けて真っ暗な部屋に入ると足が止まる。


 部屋に入った瞬間嫌な匂いがした。

鉄のような、濁った匂い。


(これは……血?)


 兵士たちがさっさと進めとせかしてくるため警戒しながらレダと共に奥に進む。


「いつもこんなに暗いの?」


「いいや? そんなことはないけど……」


 何か妙だ。

嫌な気配がする。

私たちと共に来た兵士たちもいつもと違う部屋に戸惑いゆっくりと部屋の中に入った瞬間、闇の中で何かが動いた。


「━━レダ! 後ろに!!」


 レダを咄嗟に庇うように立つと兵士の一人が突然悲鳴を上げた。

彼の首は鋭利な刃物で裂かれ、血が噴き出している。

それを見た別の兵士が慌てて腰に提げていた剣を鞘から引き抜こうとするが背後から心臓を刺され絶命した。

そして最後の一人は部屋から逃げ出そうとするが影が飛びかかり首を刎ねられ殺されてしまった。


「な、なんだい!? 何が起きてるんだい!?」


「分からない! でも危険な奴がいる!!」


 闇の中を縦横無尽に駆け回る何かが居る。

一瞬で三人が殺された。

相手はかなりの手練れだろう。


(どうする……! 部屋から出るか!?)


 いや、下手に動けば影に殺される。

私は神経を研ぎ澄ませ、全方位を警戒していると部屋の扉が閉じられた。

そして視界が闇に染まるとレダが「アタシら死ぬのかい!?」と私にしがみ付いてくる。


(……いつ仕掛けて来る!?)


 冷や汗がにじみ出る。

闇の静寂の中、レダの怯えた息遣いや己の鼓動の音が響く。

そして何か物音が聞こえた瞬間、私はその方向に踏み込んだ。

敵は視認できない。

だがそこにいるはずだ。

影に向かって拳を突き放つと私の横を影がすり抜けた。

そして影は私の背後に回り込み「待たれよ」としわがれた声で話しかけてくる。


「!!」


 私はすぐに声の方から離れると部屋の明かりが一斉につきそれが現れた。


 部屋の中で倒れた兵士たちの中心に立つ小柄な黒。

全身を黒い外套ですっぽりと覆い、顔も同様に布で覆って隠している。

僅かな隙間から白目と紅い瞳だけが見え、異様な雰囲気を醸し出していた。


「我ら敵あらず」


 男はそう言うと両手に持っていた二対のサーベルに付着していた血を振り払い、袖の中にしまう。


「……貴方は?」


「我ら王の影なり。汝らは虜囚か?」


 私はレダの方を見ると彼女はゆっくりと頷く。


「まあ、そんな感じ。これから暴れて逃げようと思っていたけど」


「アンタ、やっぱり余計なことを考えていたんだね……」


 レダが呆れたように眉を顰めたため「まあまあ」と宥める。


「私はリーシェ。この人はレダ。他にもいっぱい掴まっている人がいる」


 男は「リーシェ?」と呟き私に近づいてくると顔を覗き込んできた。

彼の眼光は鋭く、思わず後退ってしまう。


「汝、リーシェ・シェードランか?」


「え? ええ。そうだけど……」


「は!? シェードランって……! アンタ、あれ冗談じゃなかったのかい!?」


 「どうもシェードランです」と言うとレダは「こんなのが貴族……」と驚いていた。

こんなのとはなんだ、こんなのとは。


「やはりそうか。我らが同胞が貴様の仲間を預かっている。間もなく同胞と共に砦を攻めるはずだ」


「仲間……ミリのこと? それに砦攻めって?」


 男の話ではミリはあの後反乱軍に拾われ共に行動しているらしい。

そして私がディヴァーンに攫われたことを知り、反乱軍と共にこの砦を攻撃するという。


「既に他の影が動いている。間もなく砦の中と外、両側で戦が始まるであろう。汝らはその隙に逃げよ。特にリーシェ・シェードランには王と会ってもらう」


 王というのは反乱軍の指揮官だろうか?

そんな人物が私に何の用だろうか?

だが今はそれよりも……。


「まだ逃げることは出来ない。捕まっている人たちを助け出さないと」


「……汝には関係の無い者達であろう?」


「関係ないとかそういう問題じゃない。私は私が助けられる限りの人を助けたい。ただそれだけ」


 そう言うと影は暫く沈黙しそれから指を鳴らす。

するとどこに潜んでいたのか彼と同じ格好をした男たちが次々と現れ私たちを囲むように集まって来る。


「同胞を助けよというのは王の命である。影を捕虜の場所に送ろう」


 「行け」と命じると何人かの影が部屋から颯爽と出ていく。

そして残った者達をリーダー格の影が見渡すと「始めるぞ」と言い一斉に動き出す。

兵士たちが斃れている部屋に私とレダだけが取り残され、私は「さてと」と言うと近くで斃れている兵士の持っていた剣を手に取った。


「これから暴れるけどレダはどうする?」


「どうするって……アタシに戦えっていうんじゃないよ?」


 「だよね」と言うと兵士の腰からナイフを取りレダに渡す。


「護身用。無いよりましだから」


「こんなもん使う事が無いことを祈るよ。で? シェードラン様? こっから先の計画は?」


「リーシェでいいよ。計画は……ないかな? 反乱軍が砦を攻めるならそれに合わせてこっちも手あたり次第暴れる。反乱軍がこの砦を奪取すれば私も他の奴隷も皆助かるから」


「はぁ……。明日の朝日は拝めそうに無いね……」


 苦笑するレダに私は「大丈夫。守るよ」と言い笑みを浮かべる。

こんなところで死ぬ気はないし、彼女や他の奴隷たちを死なせるつもりもない。

砂漠のゼダ人たちに酷いことをしてきたディヴァーンにキツイ灸をすえてやろう。


「……騒がしくなって来たね」


 レダの言う通り部屋の外が騒がしい。

どうやら影たちが行動を始めたようだ。

ならば私たちもそれに続くとしよう。

そう考え、私たちは準備を終えると廊下に飛び出すのであった。


※※※


 廊下に出るとあの影と名乗っていた連中が派手に動いていることを知った。


 砦の内側から次々と火の手が上がり、戦いの音が聞こえて来る。

更に正門の方にディヴァーン兵が集まり慌てて隊列を組んでいた。

恐らく砦内の動きに合わせて反乱軍が仕掛けたのだ。


「大変なことになっているねぇ……。で? 手当たり次第ディヴァーン兵を殺すのかい?」


 敵を混乱させるならそれも一つの手段だがまずはクレスとの合流を目指そう。

彼女はクマール将軍の部屋に連れて行かれたはず。

そこに向かい、途中で敵に出会ったら排除していこう。


(剣は……そこまで得意じゃないけど)


 一応それなりに扱えるようにはしてある。

敵に奪われたリントヴルムや鎧も奪還しなくては。

そう思っていると廊下の角からディヴァーン兵が二人現れた。

私はすぐに一人目に飛びかかり叩き斬ると突然のことに驚いたもう一人の敵兵に蹴りを叩き込む。

そして敵兵を壁に叩きつけると彼の首に剣を突き刺し引き裂いた。


「アンタ貴族じゃなくてお抱えの殺し屋だったりしないかい?」


 手際よく敵を始末したことにレダが呆れたようにため息を吐くと私は「私の義姉の方がもっと凄いよ」と笑みを浮かべる。


「シェードランってのはおっかないねえ」


 怒ったルナミアがおっかないのには同意する。

始末した兵士から投擲用のナイフなどを回収するとレダと共に慎重に廊下を進み続ける。

時折兵士たちが慌ただしく行き来するため物陰に隠れながら将軍の部屋へと安全に向かうルートを探った。

それにしても……。


「今更だけどこの格好で戦いたくないなぁ……」


「我慢しな。見せても減るもんじゃ無いだろう?」


 奴隷服の下には何もつけていないため激しく動くと色々見えてしまいそうだ。

だがそんなことを気にしては戦えないため敵は全て殺す。

見た奴も必ず殺すということにしよう。


 途中何度か敵に発見され、それを倒しながら進み続けていると階段に出た。

偉い奴は高いところが好きなはず。

そう思い階段を上がると敵の集団と遭遇してしまった。


「!?」


 敵の指揮官らしき男が私たちの姿を見ると急いで指示を出し、盾とショートスピアを構えた兵士たちが突っ込んでくる。


 先ほど回収した投擲用ナイフを投げ、敵の肩に命中させると突撃してきた敵の陣形が崩れた。

その隙に踏み込み剣を叩き込む。

此方の剣を敵は盾で防ぐがそのまま背後に回り込むと脚を強化し、渾身の後ろ蹴りを叩き込む。

すると敵はくの字に折れ曲がって吹き飛び、壁に顔面から叩きつけられた。


「!!、!!!、!!」


 ディヴァーンの指揮官が何かを叫ぶが「御免、何言っているか分からない!!」と飛びかかり袈裟斬りにする。

指揮官を討たれたことにより残されたディヴァーン兵が慌てて逃げ出したため、近くに落ちていたショートスピアを拾って逃げる敵兵の背中に投げつけて一人始末した。


「……逃げられた、か」


 恐らく敵は仲間を呼ぶはず。

ならばすぐにこの場を離れたほうが良いだろう。

そう考えていると兵士が逃げたほうが騒がしくなり、先ほど逃げ出した兵が吹き飛んで廊下を転がった。


「おや? 主様も暴れておったか」


 クレスだ。

何だが醜悪な鉄球を担いだクレスが私の姿を見るとパアっと表情を明るくし近づいてくる。


「クレスは無事……みたいだね」


「当り前じゃ! 儂を誰だと思っておる!! だがまあ受けた精神的苦痛は後で主様にしっかりと何らかの形で償ってもらわんとな」


 「善処します」と苦笑するとクレスは「で?」と廊下の窓から外を見た。


「何が起きておる?この砦は何者かに襲撃を受けているようじゃが。あとなんでそ奴と一緒におる?」


 クレスに反乱軍がこの砦に攻撃を仕掛けたこと、既に反乱軍の間者が砦に忍び込み内側から攻撃を行っていること、そして私たちに何が起きていたのかを話すと彼女は「ふーむ」と腕を組み眉を顰めた。


「反乱軍の攻撃。儂らにとって吉と出るか凶と出るか。とにかく反乱軍の動きに合わせて此方も行動するとしよう」


 クレスの言葉に頷くと私は「ところで……」と先ほどから彼女が担いでいるモノに視線を移した。


「これ、なに?」


 それは肉の塊であった。

醜い豚のような男が鎖で縛られ、白目を向いている。

というかこの男、クマールじゃないか?


「うむ! 人質にと思ったが思ったよりも頑丈で良い武器になってな!! こやつを振り回しているとディヴァーンの兵士どもは逃げ回るのじゃ!!」


 ディヴァーンの将軍を肉鉄球に……。

レダは後ろで絶句しているし私も思わずこの醜悪な将軍に同情してしまう。


「クレスって割と酷いことをするよね」


「何を言うか! こやつは同情する価値もない外道じゃぞ!!」


 外道なのには賛同するがこう、もうちょっと扱い方というか……。

そう思っていると正門の方から凄まじい音が鳴り響いた。

どうやら反乱軍が正門を突破しようとしているようだ。


「主様よ。思い切って中庭に打って出てみるのはどうじゃ?」


「同じこと考えてた」


 私たちは顔を見合わせると不敵な笑みを浮かべる。

そしてその様子を見たレダが「アンタらといたら命がいくつあっても足りないよ」と肩を落とすのであった。


※※※


 クレスと共に中庭に飛び出すと私たちはあっと言う間に包囲された。

だがクレスがクマールを見せびらかすように目の前に放り投げるとディヴァーン兵たちは一斉に動揺する。

そしてクレスがディヴァーン語で何かを叫ぶと私たちを包囲していた敵は後退り始める。


「なんて言ったの?」


「将軍の命は我らの手にある。将軍を助けたければ下がるがいい、と」


 なんというか、まるで私たちが悪党みたいだ。

だがクレスの言葉はかなり効果があったらしく、数で圧倒的に勝る敵は先ほどから焦った様子で話し合っている。


「ディヴァーンという国の弱点じゃな。奴らには絶対的な階級制度がある。下の者は上の者に服従し、己の命よりも上官を大事にする。故にこうして頭を押さえてしまえば奴らは身動き出来なくなるというわけじゃ」


 クレスは彼らを蟻や蜂と例えたがそれは言い得て妙であろう。

指導者を失った敵はどうしたらいいのか判断できずに混乱している。

だがそんな混乱している敵の中に一人、冷静な人物がいた。


「おいおい、面倒なことをしてくれたな」


 フゲンだ。

兵士たちを押し退けてフゲンが私たちの前に立ちはだかる。

私とクレスはすぐに身構え、フゲンを睨みつけた。


「そこの豚将軍に死なれたりすると俺の家族が危ないんでね。悪いがアンタらには牢に戻ってもらうよ」


「……それは出来ない。私たちには目的があるから」


「むしろお主が此方側に来たらどうじゃ? お主の家族も一緒に助けてやろう」


 クレスがそう言うとフゲンは肩を竦め、刀の柄に手を添えた。


「家族の安全が確保されているならその案に賛同したかもしれんがね」


 フゲンが目をスッと細めると空気が一気に重苦しいものに変わった。


「成程。主様が遅れをとるわけじゃ。儂は魔術を使えず、主様もあの槍を持っていない。やや分が悪いか?」


「でもやるしかないよ。これだけ暴れたら生かしてはくれないだろうし」


 「そうじゃな」とクレスは口元に笑みを浮かべると豚鉄球を構えた。

フゲンはこの将軍を殺せない筈。

ならば上手くクマールを盾にするか?

いや、そんな手が通じるほど敵は甘くは無い。

妙な小細工をせず全力でぶつかるべきだろう。


 私はゆっくりと息を吸い、ショートスピアの先端を敵に向ける。

そして互いににじり寄り踏み込もうとした瞬間、正門が砕けた。

それと共に門の外から何かが砦の中に突撃してきた。


 それはディヴァーン兵を次々と吹き飛ばし、薙ぎ倒し、叩き潰し、あらゆる障害を力押しに突破しながら此方に向かって来る。

そしてフゲンがそれから逃れるように横に大きく跳ぶと私の前で大きな影が止まった。


「貴女は━━!!」


「よお、お嬢ちゃん。久しぶりだねえ。あれから強くなったかい?」


 銀の短い髪に鋼のような褐色の肉体。

燃え盛る闘志を紅い瞳に宿した戦鬼。

ヴァネッサ・ハーデルが私の目の前で二対の巨大なメイスを担ぎ仁王立ちをしていたのであった。

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